第50話 ウザったい時代だと思わんかね

「俺はこの世界が嫌いだ」


 ランザ・スペイシーが切々と語りだしたので、ルイードは檻の前に座り、しおしおの葉巻を取り出して火を点けた。


 曰く───自分は「オオシロ・ナオキ」という名前であり、こちらの世界で二十余年過ごしていても未だに「ランザ」と呼ばれることには違和感を持っている。


 曰く───この世界は文明が低すぎる上に、医学もないので生きていくことに強い心配がある。


 曰く───貴族だの領主だの身分制度だのと、大昔に廃れてしまった仕組みで社会が動いていて、身分上の者からの理不尽はまかり通ることが理解できない。


 曰く───八男だからという理由で一切家督を継げない「長男至上主義」が解せない。


 曰く───出来る仕事が少なすぎる。師弟制度とかギルド制度が面倒くさい。コンビニバイトすらないのか。


 曰く───この世界は女がみんな欧米北欧顔でゲンナリする。好きなのはヒロ・セスズみたいな顔。それに女なのに化粧っ気がなくて髪もボサボばかり。かと思ったら貴族は男も女もけばけばしく化粧していて気持ち悪い。


 曰く───生態系を無視した化け物もうろついていて恐怖でしかない。恐竜とか悪魔とか魔族とかもいると聞いているし、銃火器か戦車か戦闘機がないと安心して暮らせない。


 曰く───


「あー、わかったわかった。自慢はもういい」


 ルイードはランザの独白を遮った。


「正直言うと、【稀人】の殆どはこちらの世界に来るとそうなる」

「え……そ、そうなのか?」

「ああ。稀人ってのは『なんとなくこちらの世界がわかってる』感のあるヤツが多くてな。おめぇの世界じゃラノベ?アニメ?マンガ?エーガ?とかいう娯楽が流行してるんだろ? そこに描かれた空想の異世界、つまりこの世界に憧れたヤツが転移したり転生するわけだ」

「そうだったのか……。た、確かに俺もファンタジー映画は好きでよく見ていた! だけどここは……」

「そう。ここはおめぇら稀人が考えた甘っちょろい世界じゃねぇ。そりゃ空想じゃなくて現実なんだから当然だ」


 この世界は地球で言えば近世と中世が混ざっている。


 文明的には「奴隷」「封建国家」「ヴァイキング」「十字軍」などの五世紀から、「ルネサンス」「大航海時代」「絶対王政」の十八世紀後半までと幅広く、それこそ国家や地方によって文明のレベルに大きな差異がある。


 今の地球はテレビかインターネットで遠い国の文明がすぐに伝わるし、物流も整っているので優れたものは世界中に広まって文明の均一化が図られている。だが、こちらの世界にそんな通信はないので情報が入りづらく、文明の均一化が出来ていないのだ。


 だから国によっては「野宿する文明」の国もあれば「建築技術が発達して限りなく近代に近い高度文明」の国もある。法律がしっかりしている国もあれば、王様のわがまま一つで法が変わる国もある。ましてや法律が遵守されている国は一握りと言っても良いくらいだ。


 現代ニッポンからやってきたランザ・スペイシーからすると、それは「恐ろしいほど遅れた世界」であり、赤子として転生してきた時から今の今まで、ずっとこの世界の暮らしにくさに苦しんでいたのだ。


「水洗トイレはないしケツを拭く紙もないんだぞ!? 台所に蛇口はないし、湯を沸かそうと思ったら火を熾すところから重労働だ! 調味料も乏しいし、飯は毎回まったく同じイモとスープばかり! 外に出ればどんなに悪人だろうと強いやつが正義! こんな無茶苦茶な世界でやってられるか!」


 こちらの世界では便所は桶を使い、水は井戸から毎回汲み上げる。生活魔法が使える者以外は火熾しの大変さをよく分かっているし、調味料は贅沢品だ。まして毎回違う食事を用意されるのは王族くらいのものだ。


 さらに役人は金を渡せばいくらでも不正を働くし、身分制度がある以上は確かな正義は守られない。街中に監視カメラがあるわけでもないから、バレない犯罪は犯罪にならない。それこそ強くて犯罪を恐れない者が強者である世界なのだ。


「こんなところじゃ長生きできない。だから俺はヤケになって強い側に回ろうとした」

「ふーん? ニッポンという所で楽な暮らしをしていたが、意図せず苦労する暮らしを強いられてしまい、自暴自棄になって強い悪者になって生きようと思った、と?」

「そういうことだ……」

「はぁ。いい加減この世界に慣れて、この世界で生きていく楽しみを見つけろ。悪人なんて最後は身内に殺されて野垂れ死ぬのが関の山だぞ?」

「チンピラで悪人冒険者の貴様にそんなこと言われたくな───熱いんぎゃあああ!」


 鼻の頭に葉巻を押し付けられてランザ・スペイシーは石畳の上を転がった。


「貴様ぁぁぁ! どうやったら檻の隙間からそんなに的確に俺の顔に根性焼きできるんだよ!!」

「根性焼きっていうのか、これ」


 まだ消えていない葉巻の先っぽを見てルイードは満足そうだ。


「まぁ、こんな風に楽しく生きる道を探せば、少しはいい人生が歩めるぜぇ?」

「楽しくだと!? お前にはわかるまい! 貴族の八男という立場が!」


 ランザ・スペイシーは檻を握って強く叫んだ。


「家督のない八男なんてゴミ扱いだ! タダ飯食えるだけありがたいと思えみたいな扱いをされるんだぞ!? 自分たちで作った子どもに愛情一つ見せないんだ! そん───また熱いんぎゃあああ!」


 喚いていたら再びルイードから燃えた葉巻の先端を押し付けられ、ランザ・スペイシーは檻の中で転げ回った。


「ったく、うるせぇから喚くな。牢屋じゃ声が響くんだよ」


 衛兵詰所にある石造りの牢獄は、わざと声が反響しやすいようになっている。これは捕らえた者たちが何を話していてもわかるように、それと音を立てて脱獄できないようにという工夫の賜物だ。


「断っとくが、そりゃおめぇの家庭が特殊だっただけだ。他の一般家庭じゃ子は宝だぜ。それによぉ、おめぇは侯爵家だってことで随分と楽な人生を歩いてきたんじゃねぇか?」

「な、なんのことだ?」


 ランザ・スペイシーは目を泳がせた。


「大体さぁ、お前みたいな分類Gの稀人はクソだって相場は決まってんだ。どーせてめぇは屋敷の下働きに無理難題言ったり無茶苦茶に扱ったりしてただろ? あとは暇つぶしに領民をいじめてた系だ」

「……分類Gってなんだよ」

「おうおう、俺様にはわかるぜぇ? お前みたいなみみっちぃ稀人はくさるほど見てきた。なぁにがこの世界が嫌いだよ。ちゃっかり貴族の身分を満喫してこの世界を楽しんでるじゃねぇか」

「そ、そんなことは……」

「人間ってのはな、毎日ちゃんと食えてるだけで幸せだ。下働きでこき使われないことが幸せだ。身分上のやつからいじめられないことが幸せだ。そういう小さな幸せの上に人の人生ってのは成り立ってて、それが当たり前なんだよ」

「そ、それは……」

「まぁ、てめぇがこれまでどんな人生を歩んでいのたかは知ったこっちゃねぇ。だがこれからも生きていくのなら、稀人として良い子ちゃんであってくれねぇと俺が困るんだよ」


 ルイードが睨みつけるとランザ・スペイシーは何故か顔を赤くした。


「お、俺はここから出されて、さ、再教育されるのか」

「なんで顔を赤くするのか知らねぇが、てめぇを再教育するのはここじゃねぇ。てめぇの実家に行こうじゃねぇか」

「え……」


 ランザ・スペイシーは今までで一番青ざめた顔をした。

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