第45話 ウザい帰路の出来事

 オータム男爵を陰ながら打ち倒したルイードとシルビスは、当初の目的である「イケメン三人衆がオータム男爵から命を狙われなくて済む」という結果を土産に帰路についた。


 ルイードの子分となったイケメンたちを殺そうとした男爵は、間接的に反撃を喰らってすべての財産を失った挙げ句、数々の悪事が明るみになって幽閉された。


 ここまでの結果になると考えていた行動だったのか、それとも偶然が重なった結果なのか……シルビスにはわからない。


 だが、一つ言えることは「この帰路には不服だ」ということだ。


「なんで帰りは飛竜に乗らずに歩きなんですか! 歩きすぎて死んじゃいますよ!」

「まだ帝都を出たばっかじゃねぇか。泣き言が早すぎないか?」

「せめて駅馬車くらい乗りましょうよ!」


 ルイードはシルビスを無視して歩き、シルビスも頬を膨らませて精一杯の不満をアピールしながらついてくる。だが、約三分後にはまた唇を尖らせて不満を言い出す。


「……てか、歩いて帰らないといけないくらい散財したってことですよね!? 孤児院の子どもたちのデビューにいくら使ったんですか!?」

「んー? 白金貨100万ジアが五十枚ってところだったな」

「はぁぁぁぁぁぁ!? 五千万ジア!?」


 中流庶民のが二億ジアと言われているので、その四分の一もの大金を惜しげもなく投資し、まったく回収せずに帰ろうとしているのだから、シルビスでなくとも悲鳴を上げるだろう。


「いやいや、アイドル冒険者のデビュープロモーションだぞ? 格安だろ!」

「それくらい出すのは常識ですみたいな言い方しないでくださいよ! 投資したら回収するもんでしょうが! 全額寄付とか善人が過ぎますよ! バッドマンだってそこまではしません!」


 バッドマンとは、【稀人】が持ち込んだ異世界の寓話で、表向きは大金持ちの男が夜な夜な悪人を殺して快楽を得る「バッドマン悪い男」になるという話で、シルビスの思い描くダークヒーローの根幹を成している話だ。


「あのな、前にも言ったが俺は魔王退治でくさるほど褒美の金をもらってるし、その道中で魔物や魔族を倒した報奨とか素材売却でもギルドから大金をせしめてる。ぶっちゃけ、五千万ジアなんてはした金だ。だからこういう時にバァとぶちまけてねぇと、使い切れねぇんだよ」

「……だったら一の子分の私に給金を払うべきでしょ」


 シルビスは一歩も引かないどころか突然話題をすり替えて給料交渉を始めた。アイドル冒険者のプロモーション費とはまったく話がつながっていないのだが、さも当然のように言われたのでルイードは眉を動かす。


「月に大金貨10万ジア三枚でいいですから!」

「いいですからって、おま……成人したばっかでそれだけ稼ぐって王宮魔術師でもいねぇよ。てぇかチンピラ冒険者が子分に給金払うって聞いたことがねぇぞ。むしろ子分は俺様の名前を使って威張り散らすんだから、上納金を払うもんじゃねぇのか?」


 シルビスは「ぷすーぷすー」と口笛のマネをしながらごまかす。


 あわよくば大金を持っているルイードから金をせしめようとしたが「本当は自分が払う立場」だということも分かっていたのだ。


 しかし、他の五等級冒険者からするとシルビスは破格の待遇を受けている。


 基本的にルイードは普段からシルビスの食事代や宿代を払ったり、安物だが装備品の購入費用や補修費用も提供している。その支援はまるで「貴族のパトロンがついている冒険者」と言っても過言ではないくらいなのだ。


 よく知らない冒険者たちからは

「大して強くもないくせにどうしてこいつが」

「うまくチンピラ冒険者にひっつきやがって」

「どうせ体を使ってるのよ。娼婦と同じよ」

「結局誰かから金を巻き上げてるんだろ。最低だ」

 と嫌味や皮肉を言われることもあるが、シルビスは全く気にしない。


 それはルイードがただのチンピラでないことを誰よりもよく知っていたし、ルイードがいやらしい目つきで自分を見たことがなく、エロいことはないと理解しているからだ。


『エロいと言えば……』


 シルビスはハッと思い出した。


「そういえばルイードさんって巨乳好きなんです?」


 彼女の頭の中では理路整然と順序建てた思考結果の質問だったが、プロモ費やら給金の話から突然おっぱいの話をぶっこまれたルイードは目を剥くしかない。


 しかもここは帝都の目と鼻の先にある街道なので、行商人や旅人がたくさん行き交っている。すれ違う人々は「巨乳」というワードだけで振り返り、シルビスの胸元を見て「ロリ巨乳、さもありなん」と言わんばかりにルイードを見ていく。


「てめぇこんガキゃあ! 俺になんか怨みでもあんのか!」

「怨みがないって言ったら嘘になりますけど、怨みってほどではないっていうか? ……じゃなくて答えてくださいよ。巨乳好きって本当ですか? 前に受付統括のカーリーさんがそんなこと言ってましたよね!?」

「そんなことよく覚えてるな! あれはカーリーなりの冗談に決まってんだろうが」

「じゃあ巨乳好きなんですね」

「なんでそうなるんだよ!」


 突然早足になるルイードに小走りでついていくシルビス。胸は大きくても身長は小さいノーム種の女性は歩幅が狭いのだ。


「あらぁ~? もしかしてルイードさんってウブなんです? おっぱいとか聴くと恥ずかしかったりするんですかぁ~?(ニマニマ)」

「馬鹿言うな。娼館通いしてる俺様がそんなことくらいで恥ずかしがるわきゃねぇだろうが………ん?」


 そんなくだらない会話をしている二人の横に馬車が並んだ。


『ふん。男爵の残党が俺たちの存在を嗅ぎつけたか』


 家紋は剥ぎ取っているが、これはオータム男爵が使っていた馬車だとルイードは見抜いて立ち止まった。すると馬車も止まり、すぐさま御者台から執事服の男が降りてきた。


「お引き止めして申し訳ございません。私はあなたさまに因果を受けたオータム男爵に仕えておりました、ジョナサンと申します」


 初老の執事は深々とお辞儀してきたが、決して視線をルイードから離さない。


「……」


 さすがのシルビスも空気を読んでウザい口を開かない。この男が凄腕の暗殺者だということは、修道院襲撃の様子を見て知っていたからだ。


「そのジョナサンがこの俺様に何の用だ? 意趣返しかぁ? やってやんぞシャバ僧が! 吐いたツバをなんとかだぜゴラァ(棒どころか言えてない)」

「とんでもございません!」


 ジョナサンは深々と頭を下げるばかりか、そのまま華麗に土下座を始めた。


 レンガ造りの帝都内と違って、街道は土を均しただけの道だけに、馬車の轍で出来た凸凹は所々ぬかるんでいる。それをまったく気にせずジョナサンは土下座して執事服を汚した。


 修道院を襲撃し、そこの子どもたちから性別を転換されて老婆にされたジョナサンは、(オータム男爵から奪い取った)大金を孤児院に寄付することで心からの反省を示した。


 反省が認められて性別を戻してもらえたジョナサンは、その場にいた修道士、いや、かつての部下たちから今回の立役者がルイードたちであると聞いて、すぐさま追いかけてきたのだ。


「なにとぞ謝罪させていただきたく馳せ参じた次第でございます……」

「うん、許す! だから立って!」


 ルイードは周りを見てあわあわしている。街道を行き交う人々からすると、どう見ても初老の執事を土下座させるチンピラ冒険者の図にしか見えないのだ。


「ほら、シルビスからも言───あのアマァ!」


 シルビスはいつの間にか街道の端っこに避けて、他人のふりをしている。


「ルイード様!」

「ひ、ひゃい」

「此度のことは神がけがれた私を罰したと思っております。そして、あなた様はその神の使徒だと」

「はぁ!?」

「孤児院の修道士になった我が部下たちはもとより、老いた修道女や子どもたちまでもが、そう申しておりました」

「んなわきゃねぇだろ!! 俺はチンピラ冒険者で……」

「神の使徒wwwww」


 離れたところからこちらを指差してシルビスが爆笑している。


「あのおっさんが使徒wwwww なんの神様? おっぱい? おっぱい神の使徒wwwww」


 初老の紳士を土下座させているように見え、巨乳の女の子からおっぱいおっぱい言われながら大笑いされる。これ以上目立つことがあるだろうか。


「どうかルイード様の側仕えにこのわたくしめを置いていただけませんでしょうか。老いた身ではございますが、命を賭してお仕えさせていただければ……」

「おっぱい神の使徒wwwww おっぱいの使徒wwwwww」


 ルイードは「どうすりゃいいんだよこれは」と前髪ごと目元を抑えた。





(第四章・完)

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