第二十三話 オタクと人形ちゃんの朝
左側が妙に暑くて目を覚ます。
日がまだ上っておらず、部屋の中が少し青い。そんな時間に目が覚めてしまった。
時計を見ると、朝五時を指していた。僕は約二時間ほど寝ていたらしい。
あれだけ昼間に寝たんだから、これだけしか寝れなくて当然かと思い、僕に抱き着いて寝ている友人をボケっと眺める。
これで、アリスさんの寝顔を見るのは三回目だな、と、そんなどうでもいいことを考えつつ、彼女の頭に右手を伸ばしゆっくりと撫でる。
無防備に眠る彼女は、いつものような感情を殺した無表情ではなく、子供のようなあどけなさがあって、物凄くかわいかった。
そんなことをしているうちに少しずつ日が上がってきた。
カーテンの隙間から漏れる光が彼女の顔に当たり、アリスさんは目を覚ます。
「おはよう、よく眠れたかい?」
「おはよう…ん…」
眠そうな顔で挨拶を返して、僕の腕の拘束をほどき、体を起こし眠そうに目をこする。
僕も体を起こして、んーっと言いながら背中を伸ばす。
そんな僕をアリスさんは、ふぁー、と小さくあくびをしながら、いつもとは違うトロンとした目でじっと見てくる。
…なんか、嫌な予感がする。
「えへへ…拓斗くんだ…」
「ちょっ」
胸にいきなり飛び込んできた。というか、倒れるように抱き着いてきた。
僕の胸に頬を押し付けてすりすりしたり、クンクンと匂いを嗅いだりする。
寝起きのため少し汗臭いとおもうから匂いを嗅ぐのはやめてほしいのだが、その行動をしているアリスさんがあまりにも可愛すぎて僕は言い出すことはできなかった。
「えへぇ…いい匂い…本物みたい…」
「…ほんものですよー?目を覚ましてー…?」
拘束されていない右腕を頭に置いてポンポンとする。
その動作に違和感を覚えたらしく、
「うへぇ…?」
と、変な声をだして、ピタっと動きが止まる。
ゆっくりと頭を動かして顔を上げて、僕のことを見てくる。
その目は…驚愕したように見開いていて、そして、羞恥によって頬を少しずつ真っ赤に染め上げていく─。
あ、こいつ、寝ぼけてやらかしたのを少しずつ理解していって、理解すればするほど羞恥が襲ってきたんだなとわかりやすい反応をしてくれた。だから、学校での完璧超人はどこ行ったんですか。
「…おはようございます」
「おはよう。どうする?もう少しこの体勢でいる?」
「はぃ…」
そういって、首から耳まで真っ赤にして僕の胸にその顔を隠すように顔を押し付けてきた。
僕は、とりあえず頭に手を動かして彼女が落ち着くまで頭を撫でた。
***
「「ご馳走様でした」」
そう言って、僕らは朝食を食べ終わる。
時計を見ると朝の八時を指していた。
アリスさんは蒸し暑くなる前に帰ると言って、帰宅準備を始めた。
「よし、これでいいかな…?忘れ物は…ないね…よし」
三十分ぐらいたったころ、ソファーの後ろで帰宅準備をしていたアリスさんからそんな声が聞こえた。
「それじゃあ、そろそろ帰るね」
「玄関で見送るわ」
帰宅準備が終わったらしく、スーツケースを持って立ち上がった。
そう言って、僕もソファーを立ち二人で玄関に向かう。
「それじゃあ、お邪魔しました」
そう言って、ぺこりと頭を下げるアリスさん。
その姿を見て、この二日間、色々あったなと遠い目をする。
「おう、またな」
「はい、また明日」
ん…?明日?
その言葉に疑問を覚えて、僕はそこまで古くはないけれど、少し遠い記憶扱いになっている記憶を呼び覚ます。
確か、ほぼ二日置きに遊ぶことが決まっていて─、そうだ、明日アリスさんの家に行くんだ。
そんな重大イベントを今思い出す。危ない、完全に忘れてた。
「忘れてないですよね…?」
「は、はい」
ニコッと笑いながら問いかけてくる彼女にそう返答するしかなかった。
というか、目が笑ってないですよアリスさん、怖いっす。
「そうそう、この前テレビゲームというものを買ったので一緒に遊びましょう」
「お、二人でできるやつっぽいし、何買ったかは聞かないでおくわ。楽しみにしとく」
「はい、私も楽しみにしてます」
そう言って、お互いにっこりと笑う。
最初、アリスさんは表情筋死んでたのに、最近はよく笑うようになったなとこうやって笑っている姿をみると思ってしまう。
「それじゃあ」
そう言って、僕に一歩近づいてギュッっと抱きしめる。
僕も彼女の後ろに手を回し軽く抱きしめる。
数十秒ほど抱き合って、離れる。
「また、明日。絶対来てね…?」
「また明日、絶対いくよ」
「うん」
その回答に満足したのか、満面の笑みを浮かべるアリスさん。
「じゃあね」
「じゃあね」
そういって、お互い軽く手を上げて振る。
そうして、アリスさんはエレベーターに乗って下に降りてい…あれ?上がりに乗ってるじゃん。何やってんだあの人。
と、最後の最後にドジって苦笑いする結果になったけれど、まぁ、彼女らしいと言ったら彼女らしいので、まぁいいかと思ってしまった。
こうして、長い長い夏休みのイベントの一つ目が終了したのだった。
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