248 判断1
「…………ここは?」
いつの間にか意識を失っていたカスパールは、薄く目を開ける。
視界に入った天井がよく知ったものだと分かり、ホッとしてため息が出た。
無事、元の世界に帰ってきたのだ。
「キャス、大丈夫? 心配したよ、黒幕がダールトンだったなんて……あの時──」
──アンリの言葉を聞くや否や、その胸に飛び込んだ。
「わぷっ!? どうしたのキャス? いつになく積極的だけど」
もうすぐ15歳を迎え成人となるアンリは、5年前のアンリよりも幾分かしっかりとしていた。
それでも、特に鍛えていない体は細く、ひ弱に見えるがそれがまた愛おしい。
「おい、ご主人様から離れろダークエルフ」
アンリから離れないカスパールを、ベアトリクスが力づくで引き離す。
温もりを失ったカスパールが感じたのは、強い恐怖と安堵だった。
「戻ってこれた……危なかった……わしがわしで無くなるような感覚……魂を簒奪されるような感覚……もう、あそこには行かん」
ぶつぶつと呟いているカスパールは、無意識ではあるがアンリの袖にかかった手を離さない。
それが気に食わないベアトリクスは、拳を握り睨みつけていた。
「キャス、大丈夫? 助けに行けなくてごめんね。でも無事で良かった。ヤールヤとオズさんがキャスを担いできた時は本当に驚いたけどね」
「オズが? あの場所にオズがおったのか?」
「あぁ、ダールトンが死んだ後に君達を見つけたらしいよ。ヤールヤは傷だらけだったから、彼の回復魔法が役に立ったって」
その言葉に釣られてカスパールは視線を送ると、ヤールヤは顎をコクンと動かし肯定を示した。
「あの後にオズが来たか……くく、随分といいタイミングで来るんじゃな」
「あはは、まぁまぁ、助けてもらったんだし、ありがたいことじゃないか」
当のオズの姿は見当たらない。
きっとまたどこかで、別の冒険者を助けているのだろう。
「さて、キャス、少し真面目な話があるんだけど」
その言葉を皮切りに、部屋の空気がぴんと張り詰める。
アンリの目が真剣なものになったからだ。
咎められているわけではないのに、なぜか謝罪をしてしまいそうになる。
この場にはアンリとカスパールの他に、ベアトリクス、ヤールヤ、ジャヒーがいるが、彼女らも顔を青くしていた。
「メルキオール、キャスが寝てる間に言ってたこと、もう一度教えてくれるかな」
「了解ですマスター、報告します。カスパールのマイクロチップから流れてくる信号に違和感がありました。サンドボックスで遊ばせてみたところ、特有のパターンを察知したので、別サンプルと照合しました」
カスパールは理解した。
咎められるなんてとんでもない。自分は今から魔女狩りにあうのだ。
「別サンプルはマスターとアエーシュマです。マスターのものとは少し違いましたが、アエーシュマのパターンとはほぼ同一です。総合的に判定します。カスパールは大罪人となりました」
重苦しい部屋の雰囲気が、更に鉛を帯びたようになった。
「未だにダハーグに埋め込めないのは問題だけど、このチップに本当に意味があったことが分かって嬉しいよ」
アンリはカスパールの瞳を覗き込み、質問する。
「キャス、君は何の大罪人になったんだい?」
カスパールの喉は渇く。
そこいるアンリは優しいアンリではなくて、永遠を目指しているアンリだった。
アンリが掴もうとしている”傲慢の大罪人”に、もし自分がなったのだとしたらどうなるのだろうか。
殺される前に、一度ぐらいは抱きしめてくれるだろうか。
それとも、これまでの時間は全くなかったことになるのだろうか。
怖かった。
”傲慢ではない”と伝えたい。早く伝えたい。
だが、”傲慢”と口にした瞬間に首を刎ねられるのではないかと、恐怖が襲った。
”嫉妬”だと言えば許してくれるのか、焦りで処理が追い付いていない脳では判断できなかった。
「ねぇキャス、教えてよ。君は大罪人なんだよね?」
怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い。
真っすぐにアンリに見つめられることが、とても怖くて──
──そして嬉しくて、震えた。
「くふ、くふふふ」
聞きなれない笑い声をあげたことにより、注目していた一同は眉を顰める。
「くふふふ、わしをそんなに見つめてくれるなど、いつぶりよなぁ。あぁ、喜んで、命を差し出そうぞ。お前様のために死ねるなんて、なんて本望。お前様のために、お前様のために……あぁ、わしはずっとそのために生きておったのかもしれん。絞めて……首を絞めてみてもいいんじゃぞ?」
カスパールが壊れた。
女性陣の認識はそうであり、口元をひきつらせている。
だがアンリは気にも止めず、再度確認を行う。
「キャス、君は何の大罪人なんだい?」
「”嫉妬”。お前様にたかる蟲共が、どうしても憎くて憎くて」
「”嫉妬”ねぇ……どんな能力なの?」
アンリに聞かれ、カスパールは能力の説明を行う。
アンリの袖を握っていたカスパールの手は、いつの間にか両手になり、アンリの腕を強く抱き締めている。
皆が嫉妬の能力を聞くことに集中していたため、ベアトリクスは文句を言うことはできなかった。
「並行世界へ旅ができる……凄いね。メル、補足はあるかい?」
「申し訳ありませんマスター。”嫉妬”が発動した記録がないため、能力について全くの不明です」
「初の大罪人ってわけ? 激レア? あはは、なんだか得した気分になるね。それにしても……うーん、とりあえず、キャスの教えてくれた能力が全てだと思おうか。さて、どうしたもんかな」
アンリは考える。
カスパールを今ここで殺すべきかどうかを。
悟られないように努めてはいたが、その冷たい瞳を見て、皆はアンリの悩みを察するのだった。
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