247 魂の邂逅3

 ギリリ、ギリリと首を締めあげる音がする。

 女の顔は青くなるが、その表情は笑ったままだ。

 不気味だった。


「あの人は死んだけど、魂はどこにも行ってない……だから私は、私の務めを果たしたわ」


 首を絞められているというのに、苦しむ素振りを見せずに声を出している。


「死なんて直ぐに超越できる時代が来るわ。でも、私がその時代を迎えられるか分からない。だから、待ってたの。いつか来る誰かを待ってた。絶対に来ると信じていた。確信してた」


 頼むからもう喋るな。

 そう思うも、なぜか首を絞めきれないカスパールは、言葉の続きを聞いてしまう。


「私だったら、過去に戻ってあの人の愛した人を殺すわ。あなた、そうだったんでしょ? くす、あなたって私と似てるわよね。分かってる、あの人の愛を独り占めしたくて、ここまでやってきたのよね? 」


 長く首を圧迫された女は、顔は青くなり言葉は濁っていく。


「いいわ、私の命をあなたにあげる。だから──」


 それでも、その目と言葉の力強さは変わらない。


「──私も連れていけ。あの人の愛を、二人で独り占めしましょう」


「ほ、ほざけ! そんなの独り占めとは言わん!」


 その首に絡めた手に、更に力を込める。

 不思議と、カスパールまで苦しくなってきた。


「くす、大丈夫、ちゃんと独り占めだから安心して。あぁそうだわ、私の名前、聞かれてたわよね」


 なぜだか、目線を外すことができなかった。


「教えてあげる。私の名前はカスパール。これからよろしくね、あなたは……えっと、誰だったかしら」


「……は? 何を言っている……?」


 女もまた、両手で首を絞めてくる。


(いや、違う。絞めているのは本当にわしか? 違う、絞められているのがわしか?)


 カスパールは、目の前で何が起きているのか分からなくなっていた。

 それほど、目の前の女は異常で特殊なのだ。

 もしくは、カスパールがそうなのかもしれない。


「嬉しい、嬉しい。あの人の好みの見た目で良かった。これでもっと、愛してもらえる。私だけを、愛してもらえる。だって私は、カスパールだから」


「ち、違う! 何を言っておる! わしがカスパールじゃこのたわけが!」


「ありがとう! ありがとう名前も知らないあなた! カスパールを助けてくれてありがとう! カスパールをあの人のもとに送ってくれてありがとう!」


 お互いの握る手に、更に力がこもる。

 女の喉は強く圧迫され、言葉は出なくなった。


 ありがとう! ありがとう! ありがとうあなた!

 カスパールを助けてくれてありがとう!

 これでまたあの人に会える! 愛してもらえる!

 だって、私はカスパールだから! ありがとう!!


 なのに、その狂気に歪んだ顔から、心の叫びが聞こえてくる。


「こいつ……本気で……っ!」


 カスパールは思った。

 ”嫉妬の大罪人”になったのは、自分だけのせいではなく、目の前の女のせいなのかもしれない。

 この女が、自分を呼んだのではないか。


 ありがとう! ありがとう名前も知らないあなた!

 カスパールはあなたの分まで、幸せに生きるわ!

 あの人の隣にいられるなんて、なんて幸せ! ありがとう!!


 心が飲まれる。

 魂が蝕まれる。

 本当に、カスパールは目の前の女だと思えてくる。

 自分の存在が分からなくなってくる。


 ありがとう! ありがとう!

 あの人に会える! あの人が待ってる!

 私を待ってる! カスパールを待ってる!

 ありがとう! ありがとう!


「……違う。アンリが待っておるのはわしじゃ」


 蝕まれていく魂に、一筋の光が灯る。


「わしだって、アンリに会いたい……」


 それは、純粋な愛だった。


 いつかベアトリクスと、愛の重さの競い合いをしたことがある。

 その類の本気の勝負が、今なのだろう。


 ありがとう! ありがとう! ありがとうあなた!

 私はカスパール! 助けてくれてありがとう!


「わしがカスパールじゃど阿呆。アンリは過去の女になど興味ないわ」




 二人は首を絞め合いながら、ひたすらに愛の重さを競った。

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