210 レイジリー王国

「ここがレイジリー王国か……なんだか随分と寂しいなぁ。うちの十分の一もないんじゃない?」


 アンリ、シュマ、カスパールの三人は、竜の姿となったダハーグの背に乗り、地上を見下ろしている。


「何を言うか。確かに大きさで言えばエリュシオンが上じゃが、人口ではレイジリー王国のほうが何百倍も上ぞ」


 横に乗っていたカスパールからの指摘に、アンリは苦笑いを浮かべる。


 レイジリー王国。

 それは、アンリの前世で言えばインドネシアに位置している国だ。

 だが、技術的特異点シンギュラリティの影響を受けた戦いに巻き込まれたのか、現存している島はジャワ島、ボルネオ島、スマトラ島の三島のみとなっている。

 元々は1万島を超える島嶼とうしょ国家であることを知っているアンリからすれば、先ほどの寂しいというのは”過去と比べて”という意味だった。


 カスパールへの説明が面倒くさかったアンリは、別の話題へと変えることにする。


「この国からの間者の人達は、何も教えてくれなかったんだよね?」


「えぇ、そうなの兄様あにさま。聖女様にも手伝ってもらったし、男の人にも聞いたけど駄目だったわ。だから、当人達がそもそも何も知らなかったと思うの」


 シュマの答えに、カスパールは首を傾げる。


「そんなことがあるか? 何も知らない者が、わざわざ危険な間者など……それに、何も知らないのであればどうやって情報をレイジリー王国に流すつもりじゃった。そもそも、誰かに依頼されなければ間者などせんじゃろうが」


 シュマとアリアにより、エリュシオンに来た間者は皆拷問され情報を引き出された。

 だが、この国の間者からは、”レイジリー王国から来た”ということは聴取できたが、それ以外の肝心な情報は一切謎のままだった。

 秘蹟ひせきの魔眼や”色欲”の効果でも情報を引き出せないとなると、間者の口が堅かったというより、シュマの仮説を信じるほうが現実的だろう。


「あるいは……捕まったら記憶が消されるようになってたとか?」


「随分と便利な能力じゃな」


「あはは、大罪人だったらそれぐらいできるんじゃない?」


 アンリの仮説を、カスパールは納得できないでいた。


「大罪人の能力は確かに強力じゃが、いくらなんでもそこまで痒い所に手が届くかのぅ……王の能力ではなく、お主の魔法のような別の方法のほうがまだ納得できるわい」


「まぁまぁ、折角面会の約束を取り付けたんだから、とりあえずは国王と会ってみようよ。浅い歴史のエリュシオンに時間を割いてくれるなんて、大罪人の割に優しい人じゃない。いや、僕もシュマもだし……実は大罪人って良い人ばっかりなのかな? あはは、まぁ予定通り、国王の能力を見てみよう」


「うふふ、私は賛成。分からないことを悩んでも、意味がないと思うの。それならその分、貴重な時間を別のことに費やすべきよ。”時は金なり”、兄様あにさまが好きな言葉よね」


「ふむ、まぁよいか。時間が貴重ということにはわしも賛成じゃ。しかし、”時は金なり”とは? いくら金を積んでも、時は買えぬじゃろ」


 カスパールの視線を感じたアンリは説明を始める。


「いやその言葉はね、時間はお金と同じぐらい大事だよって意味で……あぁ、機会損失って意味でも捉えていいんだっけ」


 機会損失とは、利益を得るチャンスがあったのにも関わらず、その機会を失ってしまうことだ。

 購入したい顧客がいるが在庫が無い。製造機の故障によりいつも卸している商品が製造できない。等、様々なケースがあるだろう。


 アンリはカスパールとシュマに説明している内に、今の自分達が機会損失の状態になっていることに気付いた。


「ダハーグ、僕たちを降ろしてよ。ここからは歩いていくからさ」


 アンリの命令によりダハーグが高度を落としていく中、カスパールは嫌そうな顔をしている。

 快適な空の旅が、地道な徒歩の旅に変わるからだ。


「ここから王都まではまだ距離があるが、歩いていくのか? いくらなんでも、このような辺境に降りなくとも……」


 悪態をついているカスパールに、アンリは先ほどの話の続きをする。


「あはは、ほら、歩いた歩いた。前に話したでしょ? 僕はレイジリー王国に生息するレッドドラゴンを捕獲したいんだよ。でも、神竜姿のダハーグがいたら、いくら屈強と言われてる彼らでも、襲ってくるどころか逃げちゃうでしょ? この辺はレッドドラゴンの巣が近いって話だから、こうやってか弱い人間が3人で歩く必要があるんだよ」


「あぁ、前に店で食べて、お主がえらく気に入っておったな。それにしても、ドラゴンの捕獲などレイジリー王国を属国にしてからではよいではないか。わざわざ今しなくとも……」


「あはは、それこそが”時は金なり”さ。今利益の好機が転がっているのに、わざわざ見逃すのはどうかと思うな。あぁ、でも勝手にレッドドラゴンをこの大陸から根絶やしにしたら、国王から怒られたりするのかな? 先に仁義を切っといた方がいいのかなぁ」


「はぁ……そんなの、感謝されるだけじゃから気にせんでいいじゃろ」


 意思を変えるつもりのないアンリに、カスパールはため息をついて諦めた。

 雑木林に入り足元が悪くなってくるが、これ以上の反対は言わずについていく。

 だが、悪態は無くならない。


「全く、犬コロやヘルはなんで留守番なんじゃ。わしがこんな思いをしてるというのに」


「あはは、時空扉魔法ゲートでいつでも呼べるからね。折角だし、今は”永遠の炎”のメンバーで楽しもうよ。あぁ、シュマは授業の関係で優先することがあれば、そっちに行ってもらっていいからね」


「わしも普段なら白ワインとオリーブを満喫してるころじゃが……いや、なんでもない」


 妹ばかりを優遇するアンリを許せない気持ちが半分。

 もう少し自分を特別扱いしてほしい気持ちが半分。


 ままならないと天を仰いだカスパールに、ふとした疑問が沸き起こった。


「……そも、空も中々見えぬ林の中で、レッドドラゴンはわしらを発見できるのか?」


 アンリとシュマが首を傾げている中、別から解答が返ってきた。


 それは、大きな咆哮だ。

 完全にこちらを獲物と見定めたレッドドラゴンが4頭、凄まじい勢いで迫ってきていた。

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