195 親の心子知らず
「な、何を、何をしている、あの馬鹿はっ!!」
カスパールは激昂していた。
現在モニター越しに施設の様子を見ているのは、ナイトの遺伝子を提供したカスパールと、アムルの遺伝子を提供したベアトリクス。そして、事の顛末が気になっているアリアの3人だった。
「わ、わしがなんのために助言したと思っておるのじゃ……」
ルール違反を隠す様子のないカスパールは、怒りに体を震わせている。
対して、ベアトリクスはどこか居心地の悪さを感じていた。
カスパールとベアトリクスの仲の悪さは、アンリの身内であれば誰もが知るところだ。
ベアトリクス自身、カスパールとは絶対に理解し合えないと結論付けているし、カスパールにしてもそうだろう。
しかし、自分の息子ともいえるアムルが、あぁまで高飛車な態度をとっているナイトにも笑顔を向けていることに居たたまれなくなった。
そしてその甲斐があったのか、ナイトの態度にも変化が生じ、彼らは間違いなく友情を育んでいる。
「あの子たちのほうがよっぽど大人だ……わん」
若干の反省をしつつも、ベアトリクスには今更仲良くしようという気などない。
それでも自分の器の小ささを知るには、十分すぎる映像だった。
「情けないっ!
カスパールは自分達の姿など目に映っていない。
ただ、自分の息子ともいえるナイトの行動を恥じ、折角アンリから名前を貰ったのに失敗作とさえ思っていた。
カスパールの余裕の無さの原因は、メルキオールからアンリの前世を聞いたからだ。
アンリがこれまで女性を愛したことがないのは、単純に愛という感情が欠落しているが故だと思っていた。
しかし、アンリの前世を聞き、アンリは結婚していたと知った。
これに、カスパールはかつてないほどの衝撃を受けた。
アンリは人の部分があったのだ。人を愛することを知っていたのだ。
ならば、今の愛してもらえない自分は、前世の嫁に負けたことになる。
その容姿からこの手の争いで負けたことのないカスパールは、初めての屈辱に顔を歪めている。
「一番になれよナイト……せめて、今世ではわしがアンリの一番に……っ!」
カスパールの本心が、つい言葉として出てしまった。
それにアリアは反応する。
「カスパール様? それは一体どういう意味でしょうか? ”今世では”などと……それではまるで、前世を知っているように聞こえるのですが」
当然の指摘に、興奮していたカスパールだが一気に血の気が引いた。
メルキオールにアンリの前世を教えてもらったとはいえ、この話はアンリのトップシークレットのはずだ。
もし自分から周囲にその話が洩れたら、どのような仕打ちが待っているのか想像もできない。
そういった恐れもあれば、折角掴んだ自分だけのアンリ情報を、他人に渡してなるものかという独占欲も大きかった。
どうしたものかと、短い間で脳を酷使したカスパールだったが、思わぬところから救いの手が伸びた。
「放っておけ聖女よ。この興奮具合に意味の分からない発言。分かるだろ……薬の副作用だ……わん」
ベアトリクスは勘違いしていた。
魔王ジャイターンの戦いで夢マタタビを服用したカスパールは、その魅力に取り憑かれ中毒になっていると思っていた。
自分も経験したからこそ分かる。
あれは、一度吸うと戻れないヤバイ代物だ。
アンリは”地獄への片道切符”と言っているが、ベアトリクスは”天国への翼”だと認識していた。
そのため、カスパールも自分同様夢マタタビにはまり、今のおかしな言動も薬の副作用だと思っていた。
「な、なるほど……か、カスパール様、自分を軽蔑しなくてよいのですよ。アンリ様が作られた粉ですもの。駄目と分かっていても吸ってしまうのは、なんら不思議なことではありません」
アリアもまた、勘違いした。
カスパールとしては秘密がバレそうな”マズイ”であったが、アリアはベアトリクスからの説明を受け、夢マタタビを服用していることへの”マズイ”だと誤認識した。
そのため、カスパールへ慰めの言葉を贈る。
「あ、あぁ……そうじゃな」
カスパールは自分が助かったことにホッとする。
ホッとしたもの柄の間、段々と腹が立ってきた。
(あの粉を……わしがまだ吸っていると……?)
カスパールは確かに一度夢マタタビを服用した。
だが、本当にそれっきりで二度目を使うことは無かった。
(ふざけおって……このわしを汚いワンころと一緒にするでないわ!)
ベアトリクスが思っているよりも、カスパールは強い女だった。
芯が強いとも捉えられるが、本質がそうとは言えないかもしれない。
相手が変われば、感情も発言もコロコロ変わる。
相手が同じでも、タイミング次第で対応が変わる。
要は気分屋で、感情の起伏が激しかった。
それは、芯が強いというよりは、我が強いと言った方が正解なのかもしれない。
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