166 後日談

「よくぞ成し遂げた! 皆の者、アフラシアの英雄を称えよ!」


 アフラシア王国の王座の間にて、膝をついているアンリに盛大に拍手が送られる。

 王の命令だからではなく、皆が純粋にアンリを称えていた。

 それだけ魔王が強大で危険な存在だと、皆が知り得る情報が出回っていたのだ。


「まさか全ての民を鏖殺おうさつするとは……その悪逆非道ぶり、まさに魔王というべきか。ペリシュオンなどどうでもいいが、我がアフラシアに被害が及ぶ前によくぞやってくれた。して、その箱はなんだ?」


 当然、アンリが「全ての民を虐殺したのは私です」と自白するわけはない。

 むしろ、ゴールドリームで形成した”愉悦倶楽部”のルートから、魔王がペリシュオンの民を根絶やしにしたと嘘の情報まで流していた。


「実は、王様に手土産を持ってきました。喜んでくれるといいのですが」


 アンリの発言を聞き、近衛兵が二人がかりで大きな箱を王の近くに運ぶ。

 その箱から出てきたのは、両角が折られた魔王ジャイターンの首だった。


「なんと大きな……」

「あれが魔王か……醜悪だな」

「恐ろしい、今にも動き出しそうだ……」


 巨大な魔王の首を見て、全ての貴族が嘘の情報を信じてしまう。

 そしてそれを討伐したアンリに感服し、更なる拍手を送るのだった。


「くく、なかなか粋な物を持ってきよるな。喜べザラシュトラ。褒美として、Sランク冒険者の更に上、SSランク冒険者を設けるよう冒険者組合に働きかけてやろう。無論、貴様が初のSSランク冒険者だ」


 アンリとしては心底どうでもいいが、なんとか笑顔を顔に張り付けて感謝する。


「えぇ、ありがとうございます王様。私だけでなく、他の冒険者の意欲も掻き立てる、素晴らしい試みかと存じます」


「うむ、精進するようにな。さて、こちらの用は終わりだ。行け、ザラシュトラ。貴様にも用があるのであろう?」


 アフラシア王の返事を聞き、アンリは踵を返す。


「えぇ、それでは失礼します。もう一つのご褒美を受け取りに行かねばなりませんので」


「くく、余からの褒美ではない。貴様が自分で掴み取ったものだ」


 王座の間から退出するや否や、アンリは直ぐに次の目的地を目指すのだった。



 ◆



「見渡す限りの焦土……まさに死の地と言うほかないのぅ」


 アンリ達はペリシュオン大陸の中心に来ていた。

 冥府の感謝祭ハーデース・ジャシャンにより、アンリ達を除けば生物の気配がしないペリシュオンは、異界のようにも感じられる。

 カスパールの呟きに、アンリは真面目な顔で答えた。


「仕方ないよキャス。確かに難しいかもしれないけど、僕たちが諦めたらこの地は本当に死んでしまう。花を植えよう。この地の幸せを取り戻すんだ」


 どの口が言うのだと、カスパールはギョッと驚くが、他の皆は感銘を受けているようだった。


「あぁ、嗚呼、素晴らしいですアンリ様。はい、そうです、私は信じております。お優しいアンリ様が私達に与える試練は、必ず乗り越えられるものなのでしょう」


 特に聖女アリアに至っては、感極まったのか涙を流しながら祈りを捧げている。

 元は十字の紋章を刻んでいた聖女の額当てだったが、今では不気味な一つ目になっていることに気付いたカスパールはげんなりした。


「はぁ、またおかしなのが増えたか……いや──」


 ──周囲を見るに、ここでの異物は自分なのかもしれないと悟ったカスパールは、口を噤むことに決めた。


「アンリ様、こちらを」


 膝をつきながら、ジャヒーと"さん"が、煌びやかな旗をアンリに捧げる。

 そこに描かれた一つ目は、ザラシュトラの家紋と似ていた。

 相違点はその瞳が燃えているぐらいだ。

 だがその違いは、一つ目を更に邪悪なものへと連想させるものだった。


 アンリはその大きな旗を受け取ると、力の限り地面に突き刺した。


「さぁ、刮目せよ! これよりこの地はエリュシオン! 僕の、僕たちの楽園だ!!」


 紛争国家ペリシュオンに存在するルール。

 旗を立てれば、その地はその者の領土となる。

 例に漏れず、旗を立てたことにより、この広大な焦土はアンリの領土となった。


「これからやることは多いけど……そうだね、今日はとりあえず──」


 黒い渦から、多くの者が姿を現しエリュシオンの大地を踏む。


「──騒ごう! 踊ろう! 今日は建国記念日だ! 喜びのパレードだ!」


 アンリの言葉を皮切りに、現れた奴隷のピエロ達が陽気なリズムを奏でだす。

 笛、太鼓、ラッパにギター、ヴァイオリンにアコーディオン。

 様々な楽器の音に促されたかのように、シュマが透き通った歌声を曲に乗せる。

 楽園のような光景を見て、誰もがこの地の未来に期待した。


「あはははは! ほら、踊ろうよ! 下手でもいいから、みんな踊ろう! あはははは!」


「うふふ、さぁ、私の手をとって! みんな、一緒に踊りましょう!? ほら、笑って! もっと笑って! 楽しい時は笑わなくっちゃ!」


 アンリとシュマに釣られ、皆は一斉に踊り出す。


「かっはっは! 何はともあれ、こういう時は楽しんだもん勝ちじゃのぅ! 見る阿呆より踊る阿呆よ!」


 真っ先に踊りだしたカスパールを、異物と思う者は誰もいないだろう。

 その見た目も相まって、踊り子のように舞う彼女はこの上なく楽しそうだ。


「あぁ、なんと素晴らしい! 私が躍る日が来るなんて思いもしませんでした!」


 聖女アリアもまた、心の底から楽し気に踊る。

 くるくると回るたびに白い修道服が花を咲かせたかのように広がった。


「わんわん! 夢の世界だ! 光だ! 輝いてる! わんわんわん!!」


 夢マタタビを服用したベアトリクスには、何が起こっているのかよく分かっていない。

 ただ、周りから伝染したのか、楽しいという感情だけは異様に増幅されていた。


「マスターの建国記念日。ここはワタシが更に盛り上げなくては!」


 メルキオールは人型の機械を操作する。

 何千という一つ目の機械が一糸乱れずに踊る姿は、壮観ではあるがどこか不気味でもあった。


「……踊ろうお姉ちゃん。なんだか楽しくなってきた」

「えぇ、今日は特別休暇なのです。私のような卑しい人間に休みを頂けるなんて……神に感謝を!」


 アシャとアルマは手をつなぎ踊る。

 隣ではテセウスが操り人形らしくカクカクと踊り、存在を主張していた。


「ふふ、あんなに楽しそうなアンリ様を見るのは久々……でもないですか。どちらにせよ、喜ばしいことです」

「…………」


 ジャヒーも皆と同じように、柔らかな笑顔を浮かべて踊る。

 ”さん”は動き続けることはお手の物だ。斧を振り回し、演武のように舞い続ける。


「ぱーちー! ぱーちー!!」

「お、おい、止めろ”いち”! よく見ろ、俺だ!」

「に、逃げるぜハンク!」

「待て……踊らねばペナルティが恐ろしい」


 ”ハンバーガー”の三人は、マンティコアの姿をした”いち”とじゃれ合っている。

 本人たちは必死なのだが、この場ではコントのように見え笑いを誘う。


「ふははははは! よく分からぬが、こうすればいいのだろう!? 主よ! 今こそ花火を上げる時だ! 我に攻撃魔法を!」


 アジ・ダハーカは竜の姿になり体を動かす。

 多少なりとも周りに被害がでるが、アンリの自動回復魔法リジェネのお陰で大事にはなっていない。


「研究の時間を潰されたと思っていたが……くくく、外の空気もなかなか美味いものだ。しかしな、花火を上げるのに攻撃魔法など不要だ。そらっ」


 アルバートは懐から取り出した試験管を、二本ずつアフラシアデビルに預ける。

 アフラシアデビルが空に運び試験管を割れば、色とりどりの花火が上がった。



 皆心の底から楽しみ、建国を喜んでいる。


「あはは、ほらほら、どうしたの!? 笑って! 笑って踊るんだよ!」


 笑顔で踊っているのはそれだけではない。


「楽しい……楽しいです」


 魔族の成人で唯一生き残ったヤールヤは、ぎごちなく体を動かしている。

 今にも命を落としそうな壊れかけの実験体や、つい先程まで拷問を受けていた奴隷達も、アンリ達に命じられ踊り出す。

 皆揃って、命じられるがままに笑顔を顔に張り付けていた。


 このパレードは、アンリが飽きる明朝まで行われた。

 休憩も無しにひたすら踊り続けるという苦行ではあるが、痛みのない今日は、奴隷達にとって間違いなく最高の一日だっただろう。




 この日、紛争国家ペリシュオン滅びゆく国は、エリュシオン死後の楽園へと姿を変えた。



★★後書き★★

以上で七章が完結となります。

お付き合い頂きありがとうございました。

フォローやレビュー、感想も励みになっております。本当にありがとうございます。

引き続き、アンリ達を見守っていただけますようお願いいたします。

★★★★★★★

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