156 チーム戦2

「家畜……ごときに……」


 人間に傷をつけられる。

 全く想定していなかった醜態に、戦闘中だというのにサティーは大きく動揺していた。

 しかし、次いで飛んできたシュマの声に、無理やり現実に引き戻される。


「後は任せたわ、ロアロア」


 声をかけた方向を考えると、ロアロアとは不気味なうさぎのぬいぐるみの名前だろうと分かった。

 あれだけ警戒していたぬいぐるみの攻撃がくる。

 あまりにも無防備な姿をさらけ出してしまったことに後悔しながら、サティーは急ぎ両手で頭を防御する──


「………………?」


 ──が、攻撃が飛んでくることはなかった。


 もぞもぞ、もぞもぞ。


 あれだけの隙を晒して尚、うさぎのぬいぐるみは、たったの三歩歩いただけ。

 サティーが妹達を見れば、自分と同じように防御態勢をとり、呆気にとられている。


「……な、なめんじゃねぇぞ」


 ヤールヤが声を絞り出したと思えば、ムーシュが走り出す。


「このっ! 家畜ごときが、私達を馬鹿にして!」


 ムーシュの蹴りは、ぬいぐるみを上下に真っ二つにした。

 少しは溜飲が下がったのか、ムーシュは軽く笑い、姉達の方を向く。


 そして、絶叫する。


「ああああぁぁぁああぁぁぁぁああぁああぁぁ!!?」


 サティーとヤールヤは、何事かと目を見開いた。

 ムーシュが突如倒れ、悲鳴を上げだしたのだ。


「痛い、痛い痛い痛い、痛いぃぃぃぃ!!」


 痛みを感じることなど稀であり、ムーシュは涙を流し体の異常を訴える。


「何かが、私の体の中に! 嫌、嫌ぁぁぁああ!!」


 ヤールヤが立ち尽くしている中、サティーは急ぎ駆け寄りムーシュを抱く。

 そして、ムーシュが泣き叫ぶ理由を知った。


「な、何よこれ……」


 ムーシュを襲ったのは小さな蛆虫だ。

 全長5センチ程のそれらは、先ほどつけられた傷口から体内へと侵入していた。

 そして体内を移動し、組織を食べ繁殖していく。


「痛い、痛い痛い痛い! 嫌ぁぁぁあ!」


 蛆虫がムーシュの目玉から出てきた時、サティーは気味が悪くなり後退りする。

 その間も蛆虫は繁殖を続け、ムーシュの体は蝕まれていった。


「嫌ぁぁぁあ! 助けてぇぇ! お姉ちゃぁぁぁ、おぇっぷ、おぇぇぇぇえ!」


 ウラジーミルの時と違い、今回のロアロアは戦うよう命令されていた。

 敵の排除が目的となった時、その繁殖速度は以前とは桁違いだ。

 沸騰した鍋から出てくる泡のように、蛆虫は止めどなく繁殖していく。

 体の中では収まりきらなくなったのか、ムーシュの目鼻口から大量に出てくる蛆虫を見て、サティーは助けることを諦めた。


「お姉ぇぇおぇぇぇっ、だずっおぇぇぇぇぇ!! おねぇぇえおえぁぇぇぇ!!」


「む、ムーシュ……嘘、なにこれ」


 愛する妹の変わり果てた姿を見ながらも、身の危険を感じたサティーは距離をとる。

 しかし、その方向はまずかった。


 ──くちゃ


 踵で何かを踏んだことに気付く。

 何かと見れば、真っ二つにされたぬいぐるみだった。


「ひっ!?」


 ぬいぐるみとは思えない踏んだ感触。

 ほどよく弾力があり、簡単に潰れていく小さな何か。

 初めての感触ではあるが、サティーにはそれが何か、明白に分かってしまった。


「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 うさぎのぬいぐるみ。

 それは、小さな蛆虫が集合し、一つの個体を扮したものだった。

 ぬいぐるみの皮から這いずり出てきた大量の蛆虫は、足を駆け上がっていく。

 サティーは咄嗟に腕の傷を押さえるが、ロアロアの障害にはならない。

 僅かな隙間から傷口に侵入する蛆虫もいれば、そこを飛び越え鼻や耳から体内への侵入を図る蛆虫もいる。


「がばっ! だずげ!! やめでぁぇぇぇ!!」


 如何せん、数が多い。

 サティーの抵抗は意味をなさず、大量の蛆虫に埋もれていった。


「おねがっごぼっ! だれっ、げぇぇぇっ! おぇぇ……」


 もはや悲鳴もあげられなくなった姉妹を見て、ヤールヤは胸の傷を押さえ立ちすくむ。

 そこに、シュマが近づいていく。


「うふふ、三対三だなんて、私、言ってないわよ? ロアロアはね、個にして群なの。戦いで数は大事だものね。だからね、いっぱい用意してるから、いっぱい愛してるあげるわね。あぁ、楽しみ。本当に楽しみね」


 ヤールヤはシュマの言葉を聞き終わる前に踵を返し走り出した。

 姉妹の命よりも、自分の身を優先した逃亡だ。


「たすっ、たすけて親父っ!」


 ヤールヤは思う。

 姉や妹のようになるなら、アンリに殺されてたほうがまだましだと。

 ヤールヤは自分の安らかな死に場所を求め、魔王の元へと向かっていった。


「あら? 残念。でもあの子、顔がいいから、あとでゆっくりと愛してあげるのもいいかしら」

「……報連相は大事と聞いた。全てはアンリ様の意向のままに」


 シュマとアシャはヤールヤを追わず、ロアロアの繁殖の様子を眺める。

 まるで子供が夏休みにする研究のように、眩しいばかりに目を輝かせていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る