154 アリアの憂鬱

 聖女アリアは祈りを捧げていた。

 礼拝堂に元々あった十字架は、シュマが全て逆さまにしてしまっている。

 直すことを許されていないアリアは、自身の額あてに描かれた十字架に祈りを捧げている。


 シュマがいなくなった今、教会には一時の平穏が訪れていた。

 だというのに、アリアはそれ以外の行為を忘れたのか、ひたすらに祈りを捧げている。

 以前とは比べ物にならないくらい必死な様の聖女を見て、他の教徒達は心配していた。


 しかし、声をかけることはしない。

 先ほどまで教徒達を拷問していたのは聖女なのだ。

 シュマにより拷問を強制されていたことは分かっているが、それでも体にこびりついた痛みと恐怖は拭いきれない。


 結果、聖女アリアは一人で祈りを捧げていた。

 その姿はまさに、迷える子羊のようであった。

 いや、実際に彼女は子羊だった。


(分からない……分からないのです……誰か、誰か救いを。私に救いを……)


 なぜ、アンリをあそこまで怒らせてしまったのか。

 なぜ、シュマが残虐な仕打ちをしたのか。

 なぜ、アンリはシュマを咎めなかったのか。

 そしてなぜ、未だアンリを想ってしまうのか。


 一人では解決できない疑問に苛まれるなか、聖女アリアはシュマの言葉を思い返す。


”これはあなた達の教えにもある行いよ? 許されないわけがないわ”


 敬虔な使徒に拷問することを、彼女はスプンタの教えでもあると言った。

 それは、ますます聖女を混乱させる。


(スプンタ様の教えでもある? 分かりません……平等と言われていましたが……まさか痛みを平等に与えるため……いえ、ありえません。シュマ様の神様……アンリ様は、あの非道を推奨はしないまでも、黙認しているようでした……。なぜ、心優しいアンリ様がそのような……いえ、それよりもなぜ、アンリ様はあそこまで怒ってしまわれたの……)


 様々な疑問がループし、解決できないままただ時が流れていく。


(魔王はとても強大な存在とおっしゃっていましたが……アンリ様、どうかご無事で)


 聖女はアンリの無事を祈り、そしてまた疑問の海に沈んでいく。





「ほらほら、こっちよこっち」

「おらぁ! 余所見すんなぁ!」

「こっちがお留守」


 シュマは一人でパリカー三姉妹を相手にしている。


 時間にしては10分も経っていないが、それでもシュマはボロボロになっていた。

 地べたには、同じくボロボロになった武器がいくつか転がっている。

 最初は舐めプレイピアを握っていたシュマだったが、想定よりも魔族の戦闘力が高く、武器の変更を余儀なくされていた。

 ハルバードでは三人の攻撃を捌くことはできず、今は刀を握っている。


「けへへ! 遅いぜ妹さんよぉ!」


 それでも、一方的に被弾していた。

 アンリの妹ということで、最初は警戒していたヤールヤだが、次第にその口調は軽くなっていく。


「けへ! 確かに家畜の割には強いが、そんだけだなぁ!」

「十分誇っていいのですよ? 私達三姉妹に、これだけ時間を使わせているのですから」

「私一人だったらもっと楽しかったけど……残念」


 絶え間なく襲い掛かってくる攻撃に、シュマは刀での受け方を誤り、その刀身を折ってしまう。

 同時に、ヤールヤの拳が鳩尾に直撃し、大きく吹き飛ばされる。

 壁に激突し瓦礫に埋まったシュマを見て、パリカー三姉妹は大きな笑い声をあげていた。


「おらぁ! 無様だなぁ妹さんよぉ!」

「傷は癒えるのでしょう? でも、戦いを続けることに意味はあるのかしら?」

「私達に勝てる可能性は皆無」


 ヤールヤは安堵していた。

 やはり、自分たちは家畜などに敗北することなど、絶対にないのだと実感できたからだ。

 今にしてみれば、アンリにより引き起こされた酒場の惨劇にも、何かしらトリックがあり、謀られたのではないかとさえ思っていた。


「うふ、うふふふふ」


 そんなヤールヤだが、瓦礫から這い出してきたシュマを見て、体を硬直させる。

 シュマの手に握られている、分厚い本が原因だ。

 酒場の惨劇を経験していないサティーは、更に笑い声をあげる。


「ふふふ、何よあなた、次は本で戦う気? それとも降参? 私達相手に、家畜が慈悲を請おうとしてるの? ペンは剣よりも強しってことかしら?」

「……姉貴、ありゃペンじゃなくて本だぜ」

「違うよお姉ちゃん、言葉の綾だよ」


 煽る三姉妹を無視して、シュマは魔法のアヴェスターグ模造本・レプリカを捲る。


「うふふ、あぁ、気持ちいいわ。最高よ。でも困っちゃうわ、あなた達、本当に強いのね。えぇ、どうやら私一人じゃぁダメみたい。本当はもっと楽しみたいのだけれど」


 魔法のアヴェスターグ模造本・レプリカの特定のページを見つけたシュマは、口角を上げる。


「時間は貴重と教わったわ。だからもう、遊びはお終い。えぇ、あなた達は三人だもの。こっちも助っ人を呼んでも、いいわよね? 『<召喚魔法サモン>』」


 シュマの後ろから黒い渦が発生する。

 それを見たヤールヤは、なぜだか全身に鳥肌を立てていた。

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