153 プランB

「遅い」


 魔王ジャイターンは、玉座に座りながら呟く。

 それにカスパールは、不可視魔法を解きながら答えた。


「随分と待たせたようじゃの。何、女を待つのは男の甲斐性というもんじゃろ?」


「違うな。貴様は女ではなく牝だ。家畜だ。空腹を我慢するのは男の甲斐性ではない」


 気付いていたのか、魔王ジャイターンは特に驚くことなく返答した。


(ふむ……半々、じゃな)


 魔王ジャイターンの口振りからするに、魔族にも性別の概念はありそうだ。

 ならば、自身を男と認識しているジャイターンには、”色欲”の能力は有効かもしれない。

 しかし、ジャイターンが人間を家畜としか見ていないのであれば、シュマが彼にとって異性としては認識されない。


 果たして、”色欲”の効果が魔王に有効なのか。

 結局は試してみないことには分からないと悟ったカスパールは、考察を止めて剣を抜く。


「体が大きければ態度も大きいか。男はみなそうよな。ただ大きければよいと思っておる。勘違いも甚だしいわ」


「家畜如きが我に説法か。くだらん、さっさと殺し合いをするぞ。一人ではないのであろう?」


「おうさ、そろそろ始めるか。わしはSランク冒険者、”閃光のカスパール”じゃ。貴様の首を取りに来た」


 更に、もう一人が不可視魔法を解き口上する。


「Sランク冒険者、”金色こんじきのベアトリクス”。いざ尋常に勝負だ……わん」


 銀髪と金髪の美女を見て、魔王ジャイターンは固まったかと思えば、眉間にしわを寄せる。

 明らかに不機嫌になったジャイターンは、己の疑問を口にした。


「”死ノ神タナトス”は……あの男は来ていないのか……?」


 魔王ジャイターンは、ヤールヤが強く警戒していた死ノ神タナトスと戦うつもりだった。

 それは、魔族が勝つための戦略だとか、使命感ではなく、純粋な興味からだ。

 自身の力があまりに強大過ぎ、互角に戦える相手がこの世界にいなかったジャイターンは、死ノ神タナトスとの戦闘を楽しみにしていた。


「貴様らが……たったの二人で、我を相手にできるとでも?」


 楽しみを奪われた魔王は、どこか寂しげに、そして怒りを込めてカスパール達を睨む。

 その殺気に当てられただけで、カスパールとベアトリクスは己の心臓を鷲掴みにされる。


 しかし、彼女達はそういったことには


「わしらが相手にしてやるのじゃ。男なら、これ以上ない幸せだろうよ」

「ご主人様の手は煩わせない。お前など、私達二人だけで十分……だわん」


 二人は魔王に軽口を叩き挑発する。


 彼女達は、決して魔王を侮っているわけではない。

 相対しただけで、魔王と自身との絶望的な力の差を知ったはずだ。

 現に、いつもは仲違いしている二人が、今は協力して魔王と戦おうとしている。

 これは二人をよく知っている人物からすれば、信じられない奇跡だった。


(魔王ジャイターン……アンリが言っていたように、本物の強者のようじゃな)


 魔族がアンリを警戒しているように、アンリもまた魔族を警戒していた。

 アンリが魔王に勝てるのか確証を持てないため、先にカスパールたちに戦わせ、勝利できるかを判断する。

 それこそがプランB。

 カスパールたちは人身御供なのだ。

 自身に想いを寄せる女たちを犠牲にする。

 つまり、アンリは外道であった。

 しかし、当人達からすればそれは天啓にも似た使命だった。


 魔王の本気を見定めるため、カスパールは更に挑発する。


「魔界の王よ、逆に問うぞ。貴様ごときが、アンリの相手をできるとでも? 貴様の生も死も、奴の手のひらの上ぞ? 何せ、やつは死ノ神タナトス。文字通り、死を司る神──」


 その言葉は、魔王ジャイターンにこの上なく刺さるものだったようだ。


 目にも止まらぬ速さで繰り出された魔王の拳は、カスパールの顎を打ち抜いた。

 近づかれたことすら認識できなかったカスパールの頭は吹き飛び、辺りを血で濡らす。


「ごふっ!? こ、こいつっ!」


 元々アンリの自動回復魔法リジェネがかかっていたため、カスパールは命を繋ぎ止めている。

 しかし、たったの一撃で、カスパールは自分たちでは魔王に勝てないと確信した。

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