152 パリカー三姉妹

 (メルキオールは上手くやっておるかの)


 カスパールは、魔族軍を相手にしているメルキオールを心配するが、声には出さない。

 現在、カスパール達三人は隠密行動中だからだ。

 訪れているのは魔王城。

 目指しているのは魔王の部屋だ。


 不可視魔法には認識阻害の効果もあるため、並の人間が相手なら言葉を発しても問題ないが、魔族を警戒してなるべく物音を立てないように気を付けていた。

 しかし、その努力は無駄だったようだ。


「くせぇ、家畜の臭いがぷんぷんするぜ」


 三人は足を止める。

 見れば、ブリンクの酒場で会った女魔族のヤールヤが見つめていた。

 膝を立てて座り込んでおり、その顔色はあまりよくない。


「ふふ、下手な術。私達は誤魔化されないわ」

「不届き者」


 待ち伏せていたのはヤールヤだけではない。

 ヤールヤの姉であるサティーと、妹であるムーシュも控えている。


「あらあら、貴方達からはそこまでの脅威を感じないわ。死ノ神タナトスといっても、案外大したことないのかしら」

「名前負け。家畜は家畜らしくあるべき」


 挑発するサティーとムーシュの表情と反比例して、ヤールヤの顔色は更に悪くなっていく。


「姉貴、ムーシュ、止めろよ……死ノ神タナトスはそのまま通せって、親父に言われただろ」


「大丈夫よヤールヤ。対峙して分かりますもの。死ノ神タナトスなんて、私達の敵じゃない。偽りの神のようね」

「お父さんの手を煩わす必要はない。偽物はここで息の根を止めるべき」


 ヤールヤがどうすれば自分の意見が伝わるのかを考えていると、人間側から初めて声が上がる。


「あぁ、なんて罪深い子達なのかしら」


 シュマは不可視魔法を解除し、ヤールヤ達パリカー三姉妹の中心に立つ。


「でも大丈夫。私が教育してあげるわ。私、しつけ、上手なのよ?」


 これに慌てたのはカスパールだ。


「ちょ、ちょっと待てシュマ! お主の相手は魔王じゃろうが!」


 シュマは魔王ジャイターンに”色欲”の効果を試すはずだった。

 魔族に異性という概念があるかは分からないが、もし”色欲”の対象になるのであれば、これ以上ない部下ができるからだ。

 しかし、シュマは断固として譲らない。


「駄目よ、絶対に駄目。あの子たち、兄様あにさまを偽物と言ったのよ? あぁ、これは許されないわ」


 こうなったシュマは言うことを聞かないと知っているカスパールは、半ばやけくそ気味に叫ぶ。


「えぇい、これはアンリのプランじゃろうが! お主、アンリの言うことが聞けんのか!」


「うふふ、兄様あにさまは臨機応変にと言っていたわ。だから、何も問題ないじゃない。それに、プランは一つじゃないもの」


 カスパールは舌打ちをしながらもう一人を見ると、シュマの言い分に納得し、すでに魔王の部屋へ向かって歩いていた。

 姿は透明になっているが、カスパールは両手を上げシュマに了承の意思を示す。


「分かった、プランBじゃ。全く……世話を焼かせおる」


 言うや否や、カスパールもまた魔王の元へと走っていった。


 ヤールヤは正直安堵していた。

 アンリと戦うという最悪の事態は避けられたからだ。

 心なしか、その顔色はまともになっている。

 しかし、会話の中で不穏な単語を聞いたため、シュマに確認する。


「……シュマってったか? お前、死ノ神タナトスの妹なのかよ」


 ヤールヤの質問に、シュマは満面の笑みを浮かべる。


「うふふ、えぇ、そうなの。本当にごめんなさい。世界中の好運を、私が一人でとっちゃったの。だから、私が幸せをとっちゃった分、精一杯あなた達を愛してあげるわ」


 ヤールヤの顔色は再び悪くなる。

 対照的に、サティーとムーシュは余裕の表情だ。


「お姉ちゃん、私に任せて」

「そう? 久しぶりに楽しみたいけど、可愛い妹の頼みなら仕方ないわね」


 サティーが座り、ムーシュが準備体操をしている中、ヤールヤはシュマから目を離さないまま懇願する。


「姉貴、ムーシュ、三人でやろう。最初から本気でいこうぜ」


 はぁ? と声が聞こえそうな顔で、サティーとムーシュはヤールヤを見る。

 その顔を見ると、冗談ではなさそうだった。


「本気でやろうよ……頼むよ……」


 サティーはため息をつき立ち上がる。


「分かったわよ。これも可愛い妹の頼みだものね」

「私も了解。家畜相手でも本気でいく」


 こうして、パリカー三姉妹とシュマの戦いは始まった。

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