151 神光

「えぇい、何をやっている愚図ども! さっさと駆逐しろぉぉ!」


 イブリスは大陸中に響くかという程の、大きな怒声を上げていた。

 大将軍であるイブリスの怒りの声は、最初は魔族たちを恐怖させ無理やり奮起させていたが、数を重ねる内に次第に麻痺していき効力は弱まっている。


 戦いが始まる前、イブリスはものの数分で決着がつくと思っていた。

 しかし、蓋を開けてみればまるで違う。


 まず、最初の全軍突撃を人間の軍は防いでみせた。

 それは、敵であるイブリスからしても見事なものだった。


 強靭な魔族たちが全軍で襲い掛かってくる光景は、弱小な人間からすればとんでもない重圧を感じたはずだ。

 事実、これまでの戦では、魔族の咆哮を聞いただけで逃げ出す兵も珍しくなかった。

 それを、人間の軍が唯の一人も怯むことなく迎え撃っただけでも大したものだ。

 さらに、後列の兵から一糸乱れぬ動きとタイミングで繰り出された魔法は、まるで一つの魔法へと姿を変えた。

 想定より威力の高い攻撃を受け、魔族軍は足を止める。

 迎撃に成功したのだ。

 イブリスは人間の絆というものを初めて評価した。


(それにしても奴ら、えらく統制がとれている……非力が故の力か)


 それほどの成功を上げて尚、人間の兵に浮ついた様子は見られない。

 続く魔族の痛烈な攻撃を、のように冷静に対処している。

 見事な連携で魔族の攻撃をいなす人間達は、まるで一つの壁のようだ。

 中々に成果を上げることのできない魔族は、自ずと焦りが出てくる。


「おい! お前! 一人で出過ぎだ!」


 そして、時にその壁は姿を変える。

 完全に孤立した魔族は、波に変化した壁に飲まれていった。


 魔族一人で、人間を千人相手にできる。

 しかし、完全に包囲され、全員に捨て身の攻撃でかかられるとそうはいかない。

 人間軍は百人程の犠牲で、魔族を一人一人確実に殺していった。


(なんという連携……認めたくないが、指揮官の能力はあちらが上かもしれん……)


 正午から始まった戦ではあるが、すでに日が落ちかけている。

 最速で駆逐することには失敗したイブリスだが、今となってはそれどころではない。

 イブリスの脳内にあるのは、どうやって勝つかということのみだ。


 現在の生存数は魔族軍二千に対し、人間は二万といったところ。

 減っていくペースは同程度だが、長期戦になればなるほど種族として強い魔族が有利になると考えていた。

 しかし実際には、段々と人間達の動きに無駄が無くなってきており、魔族の被害が大きくなってきている。


(しかし、そんな戦術、絶対的な個体差を覆すには至らん!)


 イブリスは青い翼を広げる。

 そして、空を飛べるものを集め、右翼へ突撃した。


「俺に続けぇぇ! 全てはジャイターン様のために!」


 イブリスもまた、人間達を見習い捨て身の攻撃に出た。

 魔族軍の中でもイブリスの強さは頭を抜いている。

 迎撃で放たれた魔法をイブリスが一身に受け、部隊を右翼の中心に当てることに成功した。


「殺せ! 殺せ殺せ! 先ほどまでの借りを返してやれぇ!」


 流石に壁の内部に侵入された人間達は、複数の魔族に蹂躙されていく。

 ここを起点に本陣を目指すことをイブリスは考えたが、いざ本陣を見て絶句する。


 イブリスが飛び込んだ右翼の一部は完全に見捨てられ、人間達は新たな陣形を組んでいたのだ。

 つい先ほどまでより後列を厚くしているのは、再び空から飛びこまれることを想定しているのだろう。


(こ、こいつら、簡単に仲間を諦めて……本当に人間か? この対応の早さはなんだ? いくら指揮官が優秀でも、伝達が早すぎる……)


 イブリスが困惑していると、部下の一人が声を上げる。


「将軍! ここの死体、食べてもいいですかい!?」


 イブリスは頭がかっと熱くなるのを自覚した。


(この非常時に、何を馬鹿なことを!! それに俺は将軍じゃない、大将軍だ!!)


 頭の悪い部下を殺したいところではあるが、今は一人の戦力でも貴重だ。

 なんとか怒りを鎮めると、案外馬鹿の提案も捨てたものじゃないと笑みを浮かべる。


「よぉし、お前ら、人間達を喰え! なるべく奴らに見えるように、旨そうに喰ってやれぇ!」


 魔族軍は歓喜の雄たけびを上げる。


 イブリスは、人間軍の冷酷ともとれる精密さを欠こうとしたのだ。

 同胞たちが無惨に喰われる光景を見せれば、いくらか冷静な判断ができなくなるはずだ。


 しかし、イブリスの策は成らなかった。


「しょ、将軍! こ、これを!」


 部下が慌てて人間の死体を持ってくる。


「な、なんだこれは……」


 いや、それは人間の死体ではなかった。

 全身が金属で覆われているのではなく、全身が金属で構成されているそれは、とてもじゃないが食べられない。


 頭を引きちぎっても、目に当たるのであろうモノアイはキョロキョロと動き回っている。


「お、俺は……俺達は……一体何と戦ってるんだ……?」


 イブリスが狼狽していると、生首が声を上げた。


「まさか王将自らが飛び込んでくるとは思いませんでした。ワタシの想定不足でしたか。それにしても、魔族という種族は本当に強靭な個体揃いですね。この程度の数のハンデは簡単に覆されてしまう」


 首だけの何かが喋っていることに、魔族は驚き身構える。

 イブリスも例に漏れずそうであったが、純粋な疑問を自身が握っている首にぶつける。


「お、お前はなんだ!? 総大将はあのガキか!? これもあのガキの術なのか!?」


 赤いモノアイが怪しく光る。


「ワタシはメルキオール、”神光のメルキオール”です。この戦闘の王将もワタシ、メルキオールです」


 赤いモノアイが宿った回りの残骸からも、同じ声色が上がり出す。


「ワタシもメルキオールです」

「ワタシも、メルキオールです」

「ワタシもです」

「ワタシも」

「メルキオールです」


 人間軍三万。

 それは、全てアンリの魔法により作成された機械だった。

 伝達が早く、統率がとれているのは当然だろう。

 三万の機械を、メルキオールは一人で遠隔操作を行っているのだから。


 何が起こっているのか分からないイブリス達に、メルキオールは言葉を続ける。


「さぁ、ゲームはまだ終わっていません。このフェーズは痛み分けといったところでしょうか。勿論、この程度で貴方を殺せるとは思っていませんので、まだまだ楽しみましょう」


 続くメルキオール達の声は、寸分も狂わずに唱和された。


『<自爆魔法グッバイ・バン>』


 魔族軍から複数の死者が同時にでるのは、これが初めてのことだった。

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