150 戦争
魔族のイブリスは、自身に訪れた幸運に感謝していた。
今から人間との戦いが始まる。
従来であれば、魔王の娘であるパリカー三姉妹のうちの誰かが指揮をとっていたはずだ。
しかし今回の戦いでは、三姉妹は魔王ジャイターンと共に、城の防衛に勤めている。
(臆病風に吹かれたか? それとも魔王様に何かお考えが? ふん、どちらにせよ、小娘に感謝だな)
ヤールヤが涙を流しながら敵の強大さを語っている時は、正直魔族の面汚しがと憤慨していた。
しかしそのお陰か、パリカー三姉妹は戦場に出てこず、代わりにイブリスが大将軍に任命された。
此度の戦いで魔王が望む戦果を上げれば、今は暫定的ではある大将軍の地位が確固たるものになるだろう。
(確かにあのガキはそれなりにやりそうだ。子供の姿ではあるが、恐らく面妖な術で偽っているのだろうな)
イブリスは踏みしめている地を見つめ、昨日アンリが使った魔法を思い出していた。
(一撃でこの威力……ふん、確かに注意は必要だが、警戒まではいらぬか)
確かに森を焼いた魔法は凄まじかった。
しかし、身体能力が人間とは比べ物にならないくらい高い魔族であれば、死に至る程ではない。
それぞれの部隊を率いている隊長が壁となれば、魔族軍にそこまでの被害はでないと考えた。
更に、魔法を使い、直ぐに離脱したアンリを見て、あの魔法は連発できないとイブリスは楽観視したのだ。
それも仕方のないことだろう。
この世界で弱者を散々いたぶったことにより、人間が魔族を超えるわけがないという先入観が植えついているのだから。
(それにしてもまだ来ぬか……臆病風に吹かれたのは、やつらもか?)
アンリが宣言した正午。
もうすぐ太陽が真上に昇ろうというのに、人間達の気配がないことにイブリスは歯噛みする。
イブリスとしては、人間が逃げずに戦うことを望んでいた。
大将軍の地位を確立し、魔王に次いで魔族ナンバー2と認められるには、今回の戦いで完膚なきまでに叩き潰すことが必須なのだ。
(まぁ、まともな神経をしていれば逃げるか……)
イブリスは眼前に布陣した魔族軍を見つめる。
その数は三千。
数だけでは少ないように思えるが、それぞれが一騎当千の猛者達だ。
たった一人の魔族が、文字通り人間を千人は相手にできる実力を持っている。
イブリスはこの数で世界を征服できると信じており、今回の戦に三千は過剰だと感じていた。
しかし、魔王の命令で最大戦力を当てるよう言われていたのである。
(つまらん……どうしたものか)
腰抜けに怯えていたと、ヤールヤを糾弾するシナリオを考えていると、隣に控えていた部下が大声を出す。
「イブリス将軍! あれをご覧下さい!」
将軍ではなく大将軍だと修正しようとしたイブリスだが、眼前の光景を見て笑みを浮かべる。
魔族軍と相対する地点に、いくつもの黒い渦が広がりだしたのだ。
しばらくして渦が無くなれば、そこには人間の兵が布陣していた。
その数は目測で三万。
魔族軍の十倍だ。
部隊により特色はあるものの、人間の装備は綺麗に統一されている。
それは華やかな料理のようにも見え、魔族達は涎を垂らす。
イブリスはアンリの姿を探すが、流石に距離が遠く顔までは判別できなかった。
そもそも人間の区別がいまいちできないイブリスは背の低い人間を探していたが、遠目では全員が全く同じ体格に見えたため諦める。
(よく来た! よく来てくれた家畜共! あぁ、まともに戦ってくれる馬鹿で良かった!!)
圧倒的な勝利を納めるに、実に手頃な数がきたとイブリスは歓喜していた。
イブリスの脳内には、如何にして勝利するかなど存在しない。
勝利を信じきっており、如何に大勝するかのみを考えていた。
「全軍突撃ぃぃ!」
そのため、少しでも早く決着をつけようと号令をかける。
口上など不要だ。
魔族にとって、これは戦闘ではなく虐殺なのだから。
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