第七章
134 バタフライ・エフェクト option:B
バタフライ・エフェクト
目の前の小さな蝶の羽ばたきが、別の大陸で台風を引き起こすかもしれない。
それはつまり、本当に些細な出来事が様々な要因を引き起こし、後に大きな出来事を生むというものだ。
それは時に、歴史すらも変えてしまうかもしれない。
本当に小さな事の変化で、未来は大きく変わっていくのだ。
そう、例えばこんな風に──
◇
シュマとジャヒー。
どちらにモスマン捜索を任せるか、アンリは少し考える。
とはいっても、それはアンリにとって本当にどちらでもいい選択だった。
二杯目にもう一度ビールを飲むか、それともハイボールを飲むか。
それぐらいの感覚で、アンリはモスマン探索を任命した。
「それじゃぁ、シュマにお願いしようかな。方法は何でもいいから、とにかく僕の前に連れてきてよ」
「うふふ、分かったわ
何かあてがあるのか、すぐに退出するシュマを、ジャヒーは残念そうに見ていた。
「私の星占術ならお役に立てると思ったのですが……」
「あはは、ごめんねジャヒー。でも、もしモスマンさんが噂通りの占い師なら、直ぐにでも来るはずさ」
その理由にはジャヒーもカスパールもピンときていない。
それに気付いたアンリは補足する。
「あぁ、そうだね……もし、今日中……いや、明日中にしようか。明日中にモスマンさんが僕の前に来ないのなら、僕が彼を頼ることはないかな。その時は、みんなでモスマンさんに考えられる限りの拷問をしようか」
「あぁ、つまりお主はモスマンに選択肢を与えたわけじゃな?」
カスパールは合点がいったようだ。
アンリがモスマンに突き付けた選択は次の二つ。
一つは、明日中にアンリに会いにくるか。
もう一つは、アンリの望みを無視して拷問されるか。
今回のやり取りは、モスマンが自分の身に起こる危険を予知できるかの実験でもあった。
そしてこのアンリの企みは、悪い形で結果が出ることになる。
シュマが連れてきたモスマンは、死体だったのだ。
「ごめんなさい
目撃情報からモスマンが冒険者組合にいることが分かったシュマは、急いで組合へ向かった。
しかし、その時にはすでにモスマンは死んでいたのだ。
周りの冒険者に聞けば、シュマが到着する直前、モスマンは何か奇声を喚きながら自分の心臓に剣を突き刺したらしい。
(誰かに催眠攻撃でも受けたのかな……いや、今はそれよりも)
「大丈夫だよシュマ。死んでからそこまで時間が経っていないのなら、なんとかなる……『
アンリは魔法を唱える。
過去、死んだタルウィールを復活させた要領で、モスマンを復活させようとしたのだ。
「……え?」
しかし、それは失敗に終わる。
モスマンの魂が見つからなかったのだ。
「……なんで? 死んでからそんなに時間は経ってないよね……? こんなにも生に対して未練がないなんて……」
生に執着があればあるほど、魂は長く残る。
過去、子供であるタルウィールでさえ、死後半日程が経ってからの蘇生に成功した。
それが、一時間も経っていないモスマンの魂が見つからないことに、アンリは疑問を感じた。
「自殺は自分の意思だったのか……? なんでまた自殺なんて……」
「残念だわ……折角愛してあげようと思ったのに……」
双子は揃って肩を落としていた。
しかし、そこまで真剣に落ち込んではいなかったのか、アンリはすぐに元の表情に戻る。
「うーん、まぁいっか」
「よいのか? モスマンに聞けば、傲慢の大罪人の居場所が分かったかもしれんのに」
カスパールに、アンリは笑って答える。
「あはは、正直そんなに期待していなかったしね。世界は広いんだ。旅行感覚で傲慢の大罪人を探すとするさ」
アフラシア大陸は、アンリの前世でいう日本にあたる。
大陸外に目を向けた探索は、かなりの時間を要するだろう。
なのに、まるで焦った様子を感じられないアンリに、カスパールは尋ねる。
「あれだけ永遠を手に入れるのを急いていたお主が、随分と悠長になったものよな。何か悪いものでも……いや、良いものでも食べたのか?」
「あはは、別にいち早く手に入れる必要性はないからね。未来の死が絶対ではない。その事実だけで、ぐっすりと眠れそうだよ。それに、いざとなれば生物を根絶やしにすればいいだけなんだ。そりゃぁ気楽にもなるさ」
アンリは晴れやかに笑う。
「この国の王になろうと思ってたけど、もっと大きな国の王を目指すのもいいかもね。いや、奴隷のシェアを高めていけば……あはは、世界征服なんてのも面白いかもしれない。それだと、全生物が奴隷になるのかな」
しかし、大陸外の生物からすれば、それは悪魔の笑みに見えただろう。
「世界は広いようにみえて狭いんだ。僕はゆっくりと、楽しんで歩いていくよ。あぁ、僕は今生きている。そして、これからも生きていくんだ。永遠に、永遠に生きていくんだよ」
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