134 バタフライ・エフェクト option:A

 シュマとジャヒー。

 どちらにモスマン捜索を任せるか、アンリは少し考える。


 とはいっても、それはアンリにとって本当にどちらでもいい選択だった。

 二杯目にもう一度ビールを飲むか、それともハイボールを飲むか。

 それぐらいの感覚で、アンリはモスマン探索を任命した。




「それじゃぁ、ジャヒーにお願いしようかな。占い好き同士、募る話もあるんじゃないかな?」


「御意にござります。それでは失礼いたします」


 何かあてがあるのか、すぐに退出するジャヒーを、シュマは頬を膨らませながら見ていた。


「むー、私だったら直ぐに見つけられるのに。兄様あにさま、どうしてジャヒーなの?」


「あはは、ごめんねシュマ。でも、もしモスマンさんが噂通りの占い師なら、直ぐにでも来るはずさ」


 その理由にはシュマもカスパールもピンときていない。

 それに気付いたアンリは補足する。


「あぁ、じゃぁシュマにお願いしようかな。もし、今日中……いや、明日中にしようか。明日中にモスマンさんが僕に会いにこなかったら、シュマが全力で探してよ」


「……? 兄様あにさまにお願いされたら、勿論そうするわ。でも、それだったら最初から私が探したのでも一緒じゃないの?」


 首を傾げるシュマに、アンリは笑いながら答える。


「あはは、シュマの忙しさが違うさ。もし、明日中にモスマンさんが来なかったら、僕が彼を頼ることはないかな。だから、シュマが好きなようにしていいよ。いや、僕も手伝っちゃおうか。だけど、明日中に来たら手を出しちゃ駄目だよ?」


「あぁ、つまりお主はモスマンに選択肢を与えたわけじゃな?」


 カスパールは合点がいったようだ。


 アンリがモスマンに突き付けた選択は次の二つ。

 一つは、明日中にアンリに会いにくるか。

 もう一つは、アンリの望みを無視して双子に拷問されるか。


 今回のやり取りによりシュマの稼働削減を図ることは勿論、モスマンが自分の身に起こる危険を予知できるかの実験も兼ねていた。


(私だったら、兄様あにさまの望みを叶えるのと、兄様あにさまに愛されるの……どちらを選ぶか難しいけど……まぁ、兄様あにさまのことだから、私では理解できない何か素晴らしいお考えがあるのね)


 拷問を快楽と考えるシュマには、最後まで理解ができなかったようだ。





 そしてこのアンリの企みは、一番良い形で結果が出ることになる。


「アンリ様、モスマン様をお連れしました」


 その日の内にモスマンがやってきたのだ。


「ありがとうジャヒー、よくやってくれたね」


「勿体ないお言葉です。それに私は何も……モスマン様から会いに来てくれたのです」


 噂されている未来予知の精度が高いことを知り、アンリは目を輝かせる。

 しかし、部屋にやってきたモスマンを見たアンリは首をかしげていた。


(……ん? ”くだん来者らいしゃ”のパーティーできたのかな? いや、随分と多い……違うか)


 モスマンは一人ではなく、10名ほどの美女を連れてきていた。

 モスマンも含めて、全員が大量の荷物を抱えている。


 モスマンと美女達はアンリの部屋に入ると、跪き微動だにしなくなる。

 アンリは困惑しているが、他の面子は何も違和感を感じていないようだ。


「モスマン、面を上げよ」


 カスパールが声をかけるも、モスマンが動くことはない。


「はぁ……もうよいモスマン。アンリはそういう無駄な作法は嫌いじゃぞ」


 カスパールのその言葉により、モスマンは勢いよく顔を上げる。

 しかし、視線は未だ地面に這わせており、アンリと目が合うことはなかった。


「うふふ、よく来たわねモスマンさん。兄様あにさまとの約束だから、私が愛してあげられないのは残念だけど、仕方ないわよね?」


 シュマの言葉に、モスマンは分かりやすく安堵し、初めて言葉を発する。


「アンリ様が何度か私を探していたと、ディランより伺いました。未熟な身ではそこまでを予知できず、大変申し訳ありませんでした」


 モスマンが手で合図をすると、美女達が荷物を前にずらす。


「これで私の不始末が無くなるとは思っておりません。ただの謝罪の気持ちになりますが、受け取って頂けないでしょうか。勿論、この女たちもでございます」


 モスマンが持ってきた数々の品物と美女達は、アンリへの献上品だった。

 アンリは更に困惑する。

 急に呼び出す形になり迷惑をかけたのはこちらなのに、なぜ献上品まで持ってくるのか。

 あまりにも至れり尽くせりなモスマンの対応は、アンリには理解できなかったのだろう。


 アンリが返答に困っていると、カスパールが代わりに声をあげる。


「なかなか殊勝な心掛けよな。しかしな、わしをいつも見ているアンリが、その程度の女たちで満足すると思うたのか?」


 モスマンは目線を上げ、アンリの周りにいる者達を見渡す。


 この世の美を全て詰め込んだかのようなカスパール。

 神に愛されたとさえ思わせるベアトリクス。

 まだ幼いというのに心が強く惹きつけられるアエーシュマ。

 外見は勿論、その振る舞いや作法まで洗練されているジャヒー。


 自分が連れてきた女たちは、誰一人としてこの場の女性に勝てないことを知ったモスマンは涙を流し俯く。

 モスマンが覚悟を決めようとした時、アンリからフォローが入る。


「いやいや、いいよモスマンさん。凄く謝罪の気持ちが伝わってきたよ! ありがたく受け取っておくね。本当にありがとう!」


 カスパールの軽い指摘にここまで涙を流すモスマンを、アンリはストレス耐性が極度に低い新人と同位に思えたのだ。


(こういう輩はとにかく褒めて、深く関わらないに限るな……)


 前世で自分の部下に退職され、昇進のチャンスを一度潰した経験のあるアンリは、モスマンと距離をとることを誓う。

 そして、早めに用事を終わらせようとするのだった。


「えっとね、モスマンさんを呼んだのは、占ってほしいことがあるからなんだ。”傲慢の大罪人”が誰だか教えてくれない? 特定が難しかったら、どの辺に居るかだけでも教えてほしいんだ」


 ここから占いが始まるのかと思いきや、モスマンはアンリに即答する。


「承りました。私の能力では、個人の特定まではできません。しかし、大体の位置なら分かります」


 本当にモスマンが予知できることに、アンリは喜ぶと同時に緊張し唾を飲み込む。

 そして、その予知はアンリの思いもよらないものだった。


「”傲慢の大罪人”はアフラシア王国にいます。そして、アンリ様は”傲慢の大罪人”に会っていると占いにでています」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る