112 不思議なダンジョン

「逃げるぞガーランド! 撤退だ!」


 我先に駆け出したハンクに、ガーランドは悲痛な顔を向ける。


「ハンク! ば、バーバリーが!」


「無理だ! 諦めるぞ!」


 仲間を諦める選択にガーランドは顔を歪めるが、ハンクの選択はいつだって正しかった。

 過去、一件の依頼を受けたこと以外は。


 目の前に現れる魔物を切り捨てながら、撤退のため上層に上がる階段を探す。


 ──カチッ


 しかし、ガーランドが何かを踏んだと思えば、二人は望まぬ下層へと落ちていく。


「おわぁぁぁぁぁ!!?」


 高所から落ちたが、ハンクは無傷だった。


「いてぇ、いてぇよちくしょう。悪ぃガーランド、クッションみたいに使っちまった。大丈夫か?」


 直接地面に落ちず、クッション代わりのものを挟んだからだ。


「ハンク……俺はこっちだ……」


 しかし、それはガーランドではない。

 不思議に思ったハンクは、周りを見回して言葉を失う。


「フシュルル……」


 ハンクのクッションになったのは、魔物だった。

 大柄なガーランドよりも更に巨躯な人間の体には、角の生えた牛のような頭が乗っている。

 全身から筋肉が隆起しているそれは、ギガタウロスというAランク指定の魔物だ。


「まじ……かよ……」


 バーバリーを欠いた二人では、ギガタウロス一体の相手をするのも難しいだろう。

 更に、二人が落下した部屋には、ギガタウロスが少なく見積もっても20体程ひしめき合っていた。


 その魔物たちは全員がハンク達を凝視している。

 涎が垂れていることから、肉食なのだろうと推測できた。


「逃げるぞガーランドォォ!」


 二人の頭には逃亡しかなく、その動きは早かった。


 ──カチッ


 しかし、何かを踏む音がしたと思えば、ガーランドが倒れてしまう。


「は……くぅぅ……たす、たす……」


 体がピクピクと動くものの、起き上がることさえ困難な様子を見れば、麻痺の罠にかかってしまったのだろう。


「ガーランド! すまん!」


 ハンクは一瞬で見捨てる判断をした。

 あと一息で部屋から脱出できるというところで──


 ──カチッ


 その音を聞いたハンクは泣きそうになる。

 だが、急激に眠気が襲ってきたことから、睡眠の罠を踏んだのだと判断する。


(あぁ……良かった。今回は……苦しく無さそうだ……)


 意識を失ったハンクは、とても健やかな表情を浮かべていた。







「あはは、お疲れ様。シミュレートに付き合ってくれてありがとうね」


 意識を取り戻した”ハンバーガー”を迎えたのは、豪華な椅子に座りくつろいでいるアンリだった。

 現在ハンク達は、アンリのお願いを受けていた。

 お願いの内容は、アンリが作った”不思議なダンジョン”の模擬試験だ。

 一度の試験ではなく、何度も様々な階層の試験をしており、試行回数はそろそろ三桁になる。

 何度も何度もダンジョンに潜り、何度も何度も苦痛を味わっているのだ。

 体はアンリの魔法により癒されているが、三人の精神は疲弊していた。


「それにしても……さっきのフロアはそんなに難しかった? 5分ももってなかったけど……」


 アンリの隣にはジャヒーとカスパールが控え、膝元ではベアトリクスが体を擦り付けている。

 バーバリーとガーランドはアンリを羨ましく思い、美女三人を視線で舐め回す。

 今が唯一の休憩の時間なのだから。


 ハンクだけは下品な感情は一切持っていなかった。

 彼は紳士なのだ。


「最近Aランクに上がったって聞いてたから期待していたのに……まぁ、近接三人だとちょっと辛いのかな」


「……」

「……」

「……」


「あの感じだとさっきの階層も深めにしたほうがいいのかなぁ……思ったよりも難しいのかぁ……相性が悪かっただけかな……スイッチ達にも協力をお願いしてみようかな」


 今回の主な目的は難易度調整だ。

 アンリは強くなりすぎていた。

 そのため、ハンク達のような普通の冒険者基準で考えた難易度が全く分からなかったのだ。

 折角自分で作ったダンジョンなので、階層を跨げばいきなり無理ゲーになることを心苦しく思い、今回のお願いに至ったのだ。


「……」

「……」

「……」


 最初は様々な意見を交わしていたハンク達だったが、ここ最近では無言になっている。

 アンリはそのことを、クリアできなかったのに意見を出すのは負け惜しみのようになり恥ずかしいからだと思っていた。

 だが、アンリの知り合いの中では、一般的な冒険者に一番近い感覚を持ったハンク達の意見はとても大切だ。

 そう感じたアンリはハンク達に提案する。


「よし、ブレーンストーミングでもしようか。どんな意見でも大丈夫だから、ざっくばらんに出しあっていこうよ」


「……」

「……」

「……」


 しかし、ハンク達は困ったような顔をするばかりで、何も意見は出てこない。

 見かねたカスパールはアンリに意見する。


「はぁ……あのなぁ、こやつらは恐がっておるのじゃないか? ダンジョンに否定的な意見を出せば、創造したお主を否定しているようにも捉えられるしの。それがシュマの耳に入れば、またお仕置きの始まりじゃろうて」


 その言葉に、ハンク達は反応する。

 つい先ほどまでカスパールの胸元を眺めていたバーバリー達は、顔を青くし視線を下げていた。


「えぇ? そうなの? 変なこと気にするなぁ……罰を与えることは勿論、否定することもないから安心しなよ。あぁ、敬語が苦手なのも知ってるから、口調も気にしなくていいさ」


「……」

「……」

「……」


 それでも口を紡ぐ三人を見て、アンリは強制的に喋らせることにした。


『何でもいいから、思ったことを正直に言ってよ』


 アンリが日本語でお願いすると、"ハンバーガー"は栗が弾けたかのように、早口で捲し立てる。


「なんだあのダンジョン! あんなの、普通のAランクなら、いや、Sランクでもクリアできるわけねぇだろ!」

「悪意に満ちすぎです! 落ちてた木の棒を拾っただけですよ!? 呪われているってなんですか!? なんで俺はマチェットと木の棒で二刀流をしなくちゃいけないんですか!?」

「……罠が多すぎる……罠にかかると装備品が全部外れるのはどういう原理だ……?下着まで外す必要はあるのか……? あと……閃光……エロい……」


 さっきまで無口であった三人から矢継ぎ早に意見が飛び出し、アンリは少しひきぎみになる。


「えぇ…………」


 それでも、まだまだハンク達は言いたいことがあるようだ。


「メイドのほうがそそるじゃねぇか! じゃねぇ、確かにモンスターが沢山いた部屋はスリルがあったぜ!? でもそりゃぁ、雑魚モンスターの時だ! あんな化物が一つの部屋に固まってるなんて、どう考えても地獄じゃねぇか!」

「アンリ様が善意の塊といっていた落とし穴ですが、どこが善意ですか!? 俺達だから骨が折れる程度で済んでいますが、Bランク程度であればあれだけで死ぬんじゃないですか!?」

「……ダンジョン内に道具屋があったら盗むに決まっている……。だが、あの店長の強さはなんだ……? あんなに強いなら、黒色のプレートでも着けておいてほしいのだが…………あれだけ魔物に殺されたのだ……一度ぐらい、閃光の胸の中で死にたい……」


「あはは……」


 いくらでも出てくる意見を前に、アンリは”ハンバーガー”との価値観の違いに驚き困惑していた。

 そこに、カスパールからも質問がくる。


「そも、お主はなぜそこまでダンジョンの完成度に拘っておるのじゃ? 大陸中を見回しても、お主のダンジョンの一割も経験できる冒険者はおらんと思うが……」


 ジャヒーから飲み物を受け取りながら、アンリは答える。


「まぁ、折角来てくれた人を楽しませたいってのもあるんだけどね。一番は、”始まりのダンジョン”に挑むために、僕自身の練習用にしようと思ってさ」


 ”始まりのダンジョン”

 それは、昔からアンリが狙っていたダンジョンだ。

 世界中で最も古く発見されたと言われているそのダンジョンは、Bランクからしか入ることを許されない最難関ダンジョンの一つだ。


 長い歴史の中で、未だ最深部に辿り付いた者はいないことからも、その難度の高さは想像に容易い。

 その”始まりのダンジョン”を無事に攻略するため、アンリは自身で考えられる限り最難関のダンジョン、”不思議なダンジョン”を創造した。

 ”不思議なダンジョン”を容易くクリアできたのなら、”始まりのダンジョン”も問題なくクリアできると考えたのだ。


「……は?」


 しかし、アンリの説明を聞いた一同は目を丸くする。


「そんなの、意味ねぇだろうよ旦那ぁ! 俺達の努力は、苦痛は、何の意味もなかったぜ!」

「基準が違うのですアンリ様! 最難関とされるのは、俺達のような人間から見た場合の基準です!」

「……あなたなら……ソロでも最深部へ到達できるはずだ……赤子の手を……いや、俺達の首を捻るように」


 意見を出すように命令されている”ハンバーガー”の口は止まらない。


「その、なんじゃ。わしも同意見じゃ。お主は”始まりのダンジョン”を簡単にクリアできると思うぞ。散歩でもするような感覚でよいのではないか?」


 価値観というのは人それぞれなのであると、再度実感するアンリだった。

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