94 闘技大会3 準決勝
「準決勝第一試合、アーリマン・ザラシュトラ対アエーシュマ・ザラシュトラ、始め!」
試合が始まったが、アンリとシュマは特に構えることはなかった。
(あれ? 今回はシュマのファンクラブはいないんだな……)
準々決勝でシュマを応援していた集団がいないことに気付き、アンリはシュマに声をかける。
「ってことは……シュマ、やっぱり戦ってくれないんだね……」
「ええ
「それは無茶な話だね。愛するシュマに向かって、僕が剣を振るなんて」
「えぇ、勿論分かっているわ。
二人の話を聞いた審判が声をかける。
「戦わないのか? 確かに、準決勝での棄権は認められていないが、戦いが始まってから負けを認めれば戦わなくてもすむぞ」
審判の声を聞いた観客達から、不満の声があがる。
まだアンリの戦いを見ることができていないのだ。
また不戦勝なのかと、忖度で決勝まで上がるのかと、疑いの声まで聞こえてくる。
そんな観客をシュマは見渡し、声をあげる。
「あぁ、あぁ、嘆かわしい。誰をお仕置きすればいいかは後でジャヒーに聞くとして……」
シュマはナメプレイピアを取り出す。
「あなた達には分からないの?
言いながら、シュマは右手に握ったナメプレイピアの刃に左手を添え、己の喉にあてがう。
「それでは
負けましたと。
その一言だけで、この戦いは終わるはずだ。
だから、これからのシュマの行為はなんの意味もない。
ただただ、シュマがそうしたかっただけだ。
──ゴリゴリゴリゴリ
シュマはギブアップではなく、自決を選んだ。
選んだ武器が刀であれば、その作業は一瞬だっただろう。
──ゴリゴリゴリゴリ
しかし、シュマが持っているのはナメプレイピアだ。
錆び付き、刃のほとんどが欠けているその剣では、なかなか死ぬことができない。
──ゴリゴリゴリゴリ
錆びた剣を自身の首に往復させる。
欠けた剣でもノコギリ代わりにはなるようだ。
──ゴリゴリゴリゴリ
その作業は正常な人間では決して不可能だ。
自らの首を落とすという恐怖心。
ノコを引く度に大きく聞こえる不快音。
そして、純粋な痛み。
──ゴリゴリゴリゴリ
だというのに、小さな少女は笑いながら作業を続ける。
血は抜けているはずなのに、その頬は桃色に染まっていた。
「ごほっ……見て、わたっごほっ……わたじを……うふふ」
──コヒュー、コヒュー
喉から空気が抜ける音が聞こえてくるが、それでも笑顔でシュマはノコを引く。
「ごほっ……あぁ、見えるわぁ……でんごほっ……じが……」
シュマの首が落ちたのは錯覚かもしれない。
しかし、シュマを直視している皆には間違いなくそう見えた。
そして、そう見えた時にはシュマの身体が光り、意識を失っていた。
シュマは、意識を失う前に、自分で首を削り致命傷を与えることに成功したのだ。
観客がドン引きしている中、アンリは声を上げる。
「す、凄い……凄いよシュマ」
シュマの常軌が逸したのは、主にアンリが影響したのだろう。
そして、アンリの倫理観がここまで大きく逸脱したのは、シュマの影響かもしれない。
双子だからこそ、誰よりも長く近くにいた二人は、お互いの相乗効果により人道から大きく外れていった。
アンリは妹の所業に感激していたが、近くでみていた審判の教師にはトラウマを植え付けた。
ルール上でも、見た目の上でもアンリの勝利ではあるが、審判からアンリの勝利を告げる声は上がらなかった。
もう一つの準決勝の決着も早いものだった。
アンリ達と同学年のテレサも頑張ったのだが、相手が悪かった。
ガウェイン・ラウドテーヴェン。
去年魔法学院を卒業し、今年から憲兵騎士団に所属している本物の騎士だ。
去年行われるはずだった闘技大会では優勝候補であり、事実強い。
魔法の実力もさることながら、その剣技は凄まじく、大人も含めた騎士団の中でもトップクラスの実力だ。
更に、貴族といえど中々手に入れることのできないであろう、高品質の装備の数々もその実力に拍車をかけていた。
それは、裏技に近いものかもしれない。
ガウェインは既に憲兵騎士団に所属している。
そのため、憲兵騎士団は威信をかけてガウェインに優勝させようとしていた。
ガウェインが身に着けている装備の数々は、憲兵騎士団が全て用意したものだった。
テレサは魔法戦を得意としていたが、ガウェインの装備している魔法耐性の高い鎧を超えることができなかった。
勝負は一方的なものになり、喉元に剣を突き付けられたテレサがギブアップし、決着を迎えた。
「ふ~ん……あれが憲兵騎士団の期待の新星……ね」
アンリはシュマと二人で観戦しながら、その戦いを見ていた。
周囲の観客は、二人からえらく距離をとっていたのだった。
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