93 闘技大会2 シュマVSフォルテ
「準々決勝第二試合、アエーシュマ・ザラシュトラ対フォルテ・ヴェンディード、始め!」
司会の声に歓声があがる。
その中でも、特に盛り上がりを見せている集団があった。
「シュマ様ぁぁ! 頑張れぇぇ!」
男子の比率が高い30人程の集団は、皆大声でシュマを応援している。
(あれは……シュマのファンクラブみたいなもんかな? みんなしてハチマキまでしちゃって……ふふ、うちの妹は可愛いから仕方ないな。ん……? 先頭の子、メアリーに似てるな……まぁ、どうでもいっか)
アンリは自分の妹の人気ぶりが嬉しくなり、本日初めての笑みをこぼす。
アンリの席からは、ハチマキに書かれている「踏まれ隊」という字は見えていないようだ。
「きゃぁぁ! 御姉様ぁぁぁあ! フォルテぇぇぇ、変わってぇぇぇえ!」
黄色い声援を背にフォルテはシュマを見据え構えているが、その顔は強張っている。
両手の指の間に小さなナイフを計6本挟んでおり、フォルテの汗がナイフに伝わり地面を濡らしていた。
シュマはその美しくも儚げな見た目から、男女問わず人気だった。
そして、今回の闘技大会でその実力がいかんなく発揮され、多くの注目を集めている。
その美しい見た目と華麗な剣技から、"戦姫"や"戦乙女"といった二つ名で呼ぶ者もでてきていた。
しかし、それは闘技大会の序盤で、対戦相手がシュマにとって弱すぎた時の話だ。
対戦相手の実力が上がるにつれて、シュマの戦い方は変わっていった。
「うふふ、フォルテ、どうしたの? こないなら私からいくわよ?」
刀身が錆び付いているナメプレイピアを握り、フォルテに向かって走り出す。
「これでも、喰らえっ!」
対してフォルテは、その場から動かずに6本のナイフを天高く投げ飛ばす。
『この魂に宿るは宿敵を討つ無慈悲な刃。刃よ、俺の感情の滾りのままに敵を屠れ! <
フォルテの投げた刃は意思を持っているかのように、シュマを目標にし襲いかかる。
その間、フォルテは身の丈程もあるバスタードソードを上段に構え、シュマを凝視する。
四方八方から同時に迫ってくる刃物を相手にすれば、何らかのアクションを起こすことが必須になるため、どうしても隙が発生する。
フォルテはシュマに発生するその隙を突き、己の得意とする獲物で一撃のもとに両断するつもりだった。
だが、フォルテの作戦通りにはいかない。
シュマには、隙が一切発生しなかったのだ。
「──ちきしょう!」
──ぎゃりっ
慌ててフォルテは防御するが、肉を抉られる。
距離をとりながら、シュマを見る。
「うふふ、気持ちいいわね、フォルテ。さぁ、もっと、もっと愉しみましょう。殺し愛しましょう?」
フォルテの放ったナイフに対して、シュマは隙無く撃ち落としたのではなく、アクションをとらなかったのだ。
「どうしたの? フォルテ、何を驚いているの? さぁ、続けましょう?」
そのため、フォルテが投げた6本のナイフは、全てシュマに命中していた。
急所だけは避けたのかもしれないが、全身にナイフが刺さり血が流れながらも笑顔で襲い掛かってくるシュマの姿は、まだ子供のフォルテには恐怖の対象だった。
「うふふ、いいわぁ……凄くイイ。さぁフォルテ、あなたも愉しまなくっちゃ」
「ひぃっ! く、くるな!」
対戦相手がシュマに傷をつけることが出来る程の力量になった時、シュマの戦い方は変わった。
相手の攻撃を特に避けることもなく、むしろ自分が傷つくのを好んでいるような捨て身の戦法になっていった。
故にシュマはこう呼ばれる。
”狂姫のアエーシュマ”
狂気に当てられたフォルテは怯え、バスタードソードを盾に縮こまる。
それを見たシュマは首を傾げながらナメプレイピアを手放す。
「うふふ、どうしたの? 力比べがしたいの? 『<斧よ>』」
シュマの左手が光ったと思えば、その手にはフォルテのバスタードソードより一回りも二回りも大きなハルバードが握られていた。
「それじゃぁいくわよ?」
そして、フォルテは嵐を体験した。
一瞬で意識を失ったはずなので、それは夢の中だったのかもしれない。
「…………」
「えっと……フォルテ、残念だったね。いやぁ惜しかった」
試合後、アンリは酷く落ち込んでいるフォルテを慰めていた。
フォルテは、確かにシュマには勝てないかもとは思っていた。
しかし、ここまで一方的なものになるとは思ってはいなかったのだ。
そして、襲い掛かってくるシュマの姿は若干トラウマとなり、これからの夢に出てこないことを祈るのだった。
「負けたのはいいんだ……俺が弱いんだし……だけど、だけど俺の風魔斬鉄剣が……」
フォルテの武器であるバスタードソードは、シュマの一撃により粉砕されていた。
”アンリ式”の決闘では、試合終了時に身体は完全に癒される。
しかし、武器やアイテムの修復は考慮されていなかった。
自分の作成した決闘の術式で行われたことに加え、武器を粉砕した張本人が妹であることもあり、アンリはどこか罪悪感を感じフォルテを慰めていたのだ。
「ほら、その、ふうま……斬鉄剣……だっけ? 新しい武器を買おうよ。君の家なら痛くない買い物だろ?」
「……風魔斬鉄剣はあいつだけだ。風呂も……寝る時も……一緒の相棒だったんだ……」
フォルテは呟く。
その武器への異常な愛情から、アンリは少し頬を引きつらせる。
「そ、それなら、僕が君の武器を作ってあげようか? シュマのハルバードと同じぐらいの性能にしてあげるよ!」
フォルテの反応は無い。
俯いており顔は見えないが、おそらく泣いているのだろう。
「次の武器はそうだなぁ……前が風魔斬鉄剣だから……覇王斬鉄剣……」
アンリの言葉に、フォルテはピクリと反応する。
それを見たアンリは、好機とばかりに畳みかける。
「覇王斬魔剣……いや、覇王剛竜剣……よし、真・覇王剛竜剣! どうだい? フォルテは気に入ってくれるかな?」
フォルテは顔を上げ、アンリを抱きしめる。
「アンリ! 良いのか? 真・覇王剛竜剣を作ってもらっていいのか!?」
フォルテは玩具を買ってもらった子供そのものの笑顔で喜ぶ。
フォルテの頭を撫でながら、アンリは無表情で遠くを見つめる。
「只今から準決勝を行います! アーリマン・ザラシュトラとアエーシュマ・ザラシュトラはステージへ!」
(準々決勝、見れなかったな……)
いつの間にやら準決勝が始まることを知り、アンリはステージの中央へ向かうのだった。
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