88 夢の島3

「やぁシュマ。迎えに来たよ」


 アンリがやってきた部屋は”裏部屋”と呼ばれている。


「ありがとう兄様あにさま。でもね、もう少しで楽しそうなイベントが始まるの。ねぇ、もう少し見て行ってもいいでしょう?」


 シュマに頼まれては、アンリに断れるわけもない。


「あぁ、勿論だよシュマ。長いこと話していて少し疲れたから、休憩がてら見ていこうか」


 ジャヒーとテセウスが2人の飲み物を準備している中、シュマはアンリに話しかける。


「そういえば兄様あにさま、お隣の国のことは大丈夫なの? 以前話した時にアシャが忙しいと言っていたわ」


「あぁ、パールシア共和国のことだね。アシャに手伝ってもらったから楽だったよ。もう仕込みはできているから、僕としては、後は火を噴くのを待つだけだね」


 2人の会話に、ジャヒーが割って入る。


「恐れながら失礼いたします。どうやら、パールシア共和国に”気高き狼”が入っているようです」


 ジャヒーの言葉に、アンリは少し驚く。


「えぇ? ”気高き狼”ってワンコちゃんのパーティーだよね? ……何してるんだろ……協力は大事なのに……本当にあの子達は勝手だなぁ」


 アンリが呆れていると、シュマが手を上げる。


「はい、兄様あにさま。私がその狼さん達、狩っちゃおうかしら?」


「う~ん……そうしたいのは山々だけどなぁ。一人相手ならともかく、複数を相手にすれば流石に人目につきそうだし……」


 シュマの提案を聞き、アンリは考える。


「やっぱり止めとこうか。今更あのパーティーが動いても、この火種は止められないと思うし。まぁ、最悪止められちゃったら、”いち”に出てきてもらってパールシア共和国の皆を鏖殺おうさつするかなぁ……流石に戦力が足りないかなぁ……もっと改造しておこうかなぁ」


 シュマの提案は却下し、アンリはもしもの時のためにジャヒーに質問する。


「そういえば、パールシア共和国にはSランクの冒険者は本当にいなかった?」


「はい、Sランク冒険者はいません。ただ、2人組のパーティーが最近有名になっているそうです。何でも、その戦闘力だけならSにも届くとかで」


 ジャヒーの情報に、アンリは笑う。


「本当にいないんだ……弱小国と呼ばれるだけはあるね。それで、そのパーティーの名前は?」


「どうも正式にパーティーは組んでいないので、名前は無いようです。メンバーはジェーンとミアという女性の獣人族で、両方共かなりの美形だとか」


「へぇ……愛玩動物を飼うのもいいかもしれないね……っと、シュマ、始まるようだよ」


 裏部屋がざわつきだしたので、アンリはステージを見る。

 そこには、裸で磔にされている男の姿があった。


「おや? あの人は……」


 その男は、先程ルーレットの卓でごねていた太った男だ。

 ステージの周りでは、仮面を着けた者達がお酒を嗜んでいる。


「さぁさぁ皆様、お待ちかねのショーの始まりデス! 本日は私、344ミヨシが進行させていただきます!」


 ピエロの格好をした344ミヨシが始まりを告げると、仮面をつけた客は話を止め、344ミヨシに注目する。


「この男はルーレットゲームの最中、魔法を使いイカサマをしようとしました! 勿論、絶魔体のルーレットではイカサマはできません! そして、イカサマが出来ずにゲームに負けると、大声で騒ぎだしたのデス!」


 経緯を聞き、仮面をつけた客たちは笑いだす。

 ピエロ姿の344ミヨシは大声で続ける。


「更に調べると、この男は過去の同様の事件を起こしています! これはもう、罰が必要デス! 二度と同じことができないような、きつめの罰が必要デス!」


「当然だ。貧乏人がみっともない……」

「ふふふ、今日の罰ゲームは何かな」

「シュマちゃんが来ているぞ。久々に見られるんじゃないか?」


 ここはゴールドリームの裏の顔、通称”愉悦倶楽部”と呼ばれている。

 仮面を着けた者達は、アンリと契約をした本物の金持ちだ。


 ゴールドリームの売上の8割以上は、ここにいる者達で成り立っている。

 アンリは先ほどアルマに強く当たっていたが、正直表の売上はそこまで重要ではない。

 表での重要な役割は利益というより、奴隷売買で得たお金をロンダリングすることだ。

 奴隷売買で不当に得たお金だが、ゴールドリームを介すことで、正当な手段で手に入れたと胸を張れる綺麗なお金にするのだ。

 それでも、表の売上は一般感覚で言えばかなりの金額になるのだが。


 そして、”愉悦倶楽部”の契約者達は、アンリに資金は勿論、様々な情報を提供してくれる。

 その見返りとして、アンリは彼らに提供するのは、いくらお金があっても手に入らないものだ。


「では、今回の罰は皆様に決めてもらいます! 鳥葬と火葬、どちらがお好みデス!?」


 それは刺激だ。

 いくらお金を持っていても、人を楽しんで痛めつけることを世間は善しとしない。

 奴隷に鞭を討てば、使用人から噂が広まり貴族の面子に関わるのだ。

 しかし、”愉悦倶楽部”では己の欲望を全て満たしてくれる。


「鳥葬だ!」

「ふふふ、火葬はすぐに終わってしまうからね」

「どの程度で死を望みだすか、賭けでもするかね?」


 人の業は深い。


 人が血を流す瞬間を見たい。

 人が死ぬ瞬間を見たい。

 人が犯されている瞬間を見たい。

 人の恋人が目の前で死ぬ瞬間を見たい。

 人の親が我が子を殺す瞬間を見たい。


 どんな欲求であっても、お金を積めばアンリはその瞬間を見せてくれる。

 仮面を着けた者達は、長い人生でも体験したことの無い瞬間を見せてくれるアンリにすり寄っていった。


「まてぇ! まてぇ! ふざけているのかぁ!」


 当然、何となくではあるが、事態を把握した磔にされた男が声をあげる。


「さっさと俺を解放しろぉ! こんなことが、こんなことが許されると思っているのかクソガキぃぃ!」


 男は、アンリを睨みながら喚く。

 目が合ったアンリは笑いながら男に近づいていく。


「あはは、許されると思っているのか……だって?」


 アンリとシュマは勿論、仮面の者達も笑いだす。


「勿論、許されると思っているよ。ほら」


 アンリが見せたのは、魔法の原典アヴェスターグの表紙に描かれている一つ目だ。

 それは、ザラシュトラ家の家紋を表していた。


「なっ……!? まさか……!?」


 男の顔は真っ青になる。

 ザラシュトラ家は、王家より権限が与えられている。

 それは執行権。

 ”アフラシア王国に仇す者を誅する”という名目で、暴力をふるっても───時に命を奪っても───罪に問わない権限だ。


「いやいやいやいやいやいやいや!! おかしいではないか! いつ俺が悪事を働いた! そも、貴様はまだガキではないか! あの権限は当主のものではなかったか!?」


 男は焦る。

 やっと、自分の命の危険を感じたのだ。


「あはは、では最低でも僕が当主になるまでは、あなたは生かし続けますよ。それならあなたもご納得でしょう? それに、もう少しで国王からのお墨付きも頂けますからね。あはは、自分がイカサマをしていたのに、中々立場が分からないんだから」


「い、イカサマをしたのはお前等だろうがぁ! 7連続だぞ!? 7連続で白が出るなど、ありえないだろうがぁ!」


「はぁ……事実を認めてくださいよ。そうだ、最後にもう一度だけルーレットをしましょうか。もしあなたが勝てば、今回の罰ゲームは無かったことにしましょう」


 アンリの提案に、男の顔に希望の光が灯る。

 そして、必死に考え呟く。


「7回連続で白が出たんだ……次に白がでる確率は……いくらだ? いや、とにかくありえない確率だ……だったら……」


 男の呟きを聞き取ったアンリは助言する。


「あはは、あのねぇ、教えてあげるけど、次に白が出る確率は2分の1だよ?」


 だがその助言は、かえって男を惑わすだけだったようだ。


「なっ!? えぇと、どっちだ……白……いや、赤……いや……」


 脂ぎった汗をかきながら、男は遂に答える。


「白だ! 次も白だ!」


 男の答えを聞いたアンリは合図を出す。

 すると、アフラシアデビルが一斉に男に群がりだした。


 ──どしゅ、どしゅ

 ──どしゅ、どしゅ

 ──どしゅ、どしゅ


「ああぁぁぁぁぁぁあぁあぁ!!」


 ──どしゅ、どしゅ

 ──どしゅ、どしゅ

 ──どしゅ、どしゅ


 シュマが男に声をかける。


「うふふ、豚さん、残念ね? 最後は赤だったわね? でも、綺麗な赤、私は好きよ?」


 シュマの言葉に、仮面の者達は大笑いする。

 今日のショーもいいつまみになったと、満足するのであった。

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