87 夢の島2

「アンリ様、お疲れ様でした」


 レスリーを見送ったアンリをジャヒーが労う。

 2人は、ゴールドリームの管理室に来ていた。

 この世界には監視カメラといった物はないが、その用途の魔法を魔法の原典アヴェスターグで作成している。

 この管理室では、ゴールドリームの全ての映像をチェックできるのだ。

 アンリの前世でのカジノやパチンコ店では、全ての客の顔と手元をチェックできた。

 ゴールドリームでは、それに加え魔力の流れもチェックしているので、絶魔体を利用しているとはいえ、魔法によるイカサマを試みた者はチェックできるようになっている。


「ここまでの施設の設計と構築、本当に大変だったでしょう。感服いたします」


「いやぁ、ダンジョンを作るよりも大変だったよ。レスリーの視察も問題なく終わったし、良かった良かった」


「レスリー様は大変満足しておられました。国王様へのご報告も、前向きなものでしょう」


 ジャヒーの言葉に、アンリは達成感に満ちた笑顔で答える。


「当然さ。今日のゲームはほとんど勝たせてあげたからね。彼の給料がどれぐらいかは知らないけど、いいお小遣いになったんじゃない? これだけの賄賂を受け取ってネガティブな印象を持たれたのなら、もうレスリーの脳みそをぐちゃぐちゃになるまで弄るしかないよ。それにしても、思ったよりも早く認められそうだね。従業員の確保を急がなくちゃ……といっても、費用を払うのが勿体ないから奴隷の確保だけど」


「モスマン様のお陰ですね。私は存じておりませんでしたが、アンリ様は”くだん来者らいしゃ”というSランクパーティーとお知り合いだったのですか?」


 ジャヒーの質問に、アンリは目を閉じ考える。


「いやぁ、記憶に無いし……一度も会ったことがないはずなんだよ。先見の明とか言ってたから、多分占って問題無いと判断してくれたのかな? それで王様がほぼ問題無しって判断するんだから、よっぽど凄い占い師なんだろうね。ジャヒーも弟子入りしてみる? だけど、やっぱり一度お礼を言うべきだよね。ジャヒー、悪いけど、モスマンさんの居場所を調べといてくれない?」


「御意にござります」


 ジャヒーに命じたアンリは、管理室の真ん中を見る。

 そこには、バニーガールが正座し俯いている。

 高いヒールを履いたままなので、少々無理な体勢になっており、座っているだけで辛そうだ。


「それで? なんで今週の売上が落ちたのか分かった?」


 アンリの質問に、バニーガールは汗を垂らしながら答える


「わ、分からないのです……ですが、もっと、もっと頑張るのです! ですから──」


「──いやね、そういう精神論はどうでもいいんだよ。ただ僕はもうちょっと分析して改善してほしいだけなんだ」


 アンリの指摘に、バニーガールは顔を青くし、口をパクパクと動かす。

 心なしか、その付け耳はいつもより垂れているように見える。


「はぁ……あのね、一応君にはゴールドリームの管理者ということで、ある程度の権限を与えているんだよ? アシャの顔見知りってことでの特別人事だけどね。だけどね、流石に結果が伴わなければ、また実験室いきかな」


 アンリの脅しに、バニーガールは目を大きく開き跪く。


「お、お願いしますアンリ様! なんでも、なんでもするのです! どうか、ここで、ここで頑張らせてほしいのです! なんでも、死ぬ気で頑張るのです!」


 アンリは溜息を吐く。


「あのねぇ、君が死ぬ気で頑張ってもたかが知れていると思うよ? それよりはもう少し頭を使って、効率的に頑張ってよ」


 バニーガールは涙を流しているが必死に嗚咽は抑えている。

 アンリの言葉を一言でも聞き逃せば、それこそ境遇が元に戻ってしまうと知っていたのだ。

 ただただ震えているバニーガールを見て、アンリは反省する。


(……少しきつく言い過ぎたかな)


 アンリの事業には雇用者を守る労働組合は存在しない。

 従業員が全て奴隷なのだから、それは当然のことだろう。

 当然、いくらパワハラをしようが、奴隷達は従うしかない。

 前世の会社で、常々組合を鬱陶しいと思っていたアンリは今の環境を喜び、少しきつく奴隷に当たってしまっていた。


(いけないいけない。長期的に見れば、組合と尊重し合ったほうが生産性は上がるというし)


 従業員のモチベーションは大切だ。

 アンリは、バニーガールの肩に手を置き、優しく助言する。

 この世界にはセクハラもないのだ。


「そうだね……男性客の売上は伸びているけど、女性客のリピートが明らかに少ない。少し、君達がサービスし過ぎちゃっているんじゃないの? それが悪いとは言わないけど、そんな媚びた方法よりも、お金持ちが喜びそうな気品のあるサービスを洗練してほしいね。メインターゲットは男じゃなくてお金持ちなんだから。ただそれには少し時間がかかるかもしれないから、短期的に女性客のリピート率を増やすために、顔の良いウェイターを増やしてみる?」


「あぁ、アンリ様……ありがとうございます……神様……」


 アンリも一緒に改善策を考えてくれていることに感激したバニーガールが流す涙は、嬉し涙に変わっていた。


「別に売上が下がることはいいんだ。だけどね、売上が下がった要因が分からないのは駄目だよ。分析も無く、重点することもなく頑張るっていうのも頂けない。何もしないって言っているのと一緒だからね。もし次に同じことがあったら、今度は解雇だよ。行先は分かっているとは思うけど……まぁ頑張ってね、アルマさん」


「はい! はいです! 頑張るのです!」


 今以上の立場は、アルマの人生において存在しないと分かっている。

 その為、アルマは絶対にミスをしないことを誓うのだった。


「それじゃぁ僕はシュマを迎えに行ってから帰るよ。じゃぁまたね」


 アンリが違う部屋へ向かう間、アルマは礼儀正しく跪いている。

 それが、忠誠からか、感謝からか、恐怖からなのかは、本人にもよく分からなくなっていた。

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