86 夢の島1

「こ、これは一体……っ!?」


 アフラシア王国の検察人であるレスリーは、驚愕からか、高い位置を飛んでいるために感じる寒さからか、鼻水を垂らしている。


「どうですか? 中々素晴らしい景色でしょう?」


 レスリーの普段の仕事は、容疑者の罪の特定や罪人の処遇検討だ。

 そんなレスリーではあるが、今日はアフラシア国王直々に任命された別の仕事がある。

 それは、アーリマン・ザラシュトラが立上げている事業について、何か特別な問題が無いか確認するということだ。


 なぜ自分がこんな事をと思っていたレスリーであったが、今の景色を見ればそんな思いは吹っ飛んでいた。


 アンリはレスリーと飛竜に乗り、アフラシア大陸の西に位置する孤島の上を飛んでいた。

 アフラシア王国の領内であるその島は、レスリーの記憶ではかなり小さく、何も無い無人の島だった。

 しかし、今レスリーの目の前には、王都よりも大きな島の上に、見たこともない先進的な建物群がそびえ立っていた。


「わ、私は夢でも見ているのか……? 一体、いつの間にこんな島が……」


 それは、アンリの前世の記憶からデザインと設計を行い、魔法により建築した統合型リゾートだ。

 少々足りなかった島の面積は、これまた魔法により増やしてある。


「圧巻でしょう? ですが、まだ驚くのは早いですよ? さぁ、早く下に降りて中に入りましょう」


 アンリの設計した統合型リゾートには様々は娯楽施設がある。

 最高級の食事が提供されるレストラン。

 数々の貴重な品が展示されているショッピングモール。

 戦いと血を見ることができる闘技場。

 長旅の疲れを癒す極上の温泉施設。

 それらを次の日も楽しむための宿泊施設。


 アンリはレスリーに次々と説明していく。

 アンリは前世で統合型リゾート誘致に伴うRFPに自ら参加し、敗れていた。

 自己分析での敗因理由は提案内容が少し先進的すぎたことだ。


(前例が無いって……そんなリスクヘッジの理由ないだろ……全人類の体内にマイクロチップを埋め込めば、キャッシュレスや動線分析だけじゃなくて色々と便利なことが増えるのに……)


 しかし、この世界では競合他社など存在しない。

 なので、この施設には前世で叶えることのできなかったアンリの想いを存分に詰め込んでいる。

 言わば、今日はレスリーへのプロポーザルなのだ。

 競合がいないとはいえ、前世の鬱憤を晴らすかのように、アンリは饒舌になっていた。


「さぁ、ここが最後の施設です。ようこそ、ゴールドリームへ!」


 そこには、夢の世界が広がっていた。

 それは、レスリーがこれまでの40年で見てきたどの夢よりも、夢の世界だった。


「いらっしゃいませ~♪」


 まずレスリーを迎えたのは、統一された衣装を着た複数の美女達だ。

 サーベルラビットを意識したかのようなその衣装は、長い耳と丸い尻尾がついている。

 そこの部分だけを見れば可愛いのだが、露出が多く胸の谷間が強調され、網の向こう側に生足を見ることができる衣装は、とても扇情的だった。


(なぜ獣人族などを模している……? ……だが、これはこれでいいかもしれん……)


「いらっしゃいませレスリー様。本日は私が担当するのです」


 目元に少し隈があるのが気になるが、なかなかの美女がレスリーの腕に両腕を巻き付け胸を押し付けてくるので、レスリーは鼻の舌が伸びてしまう。

 充分にその感触を楽しんだ後は、周りを見渡す。


 それは一言でいえば、煌びやかな世界だ。

 アンリの前世でいえばカジノではあるのだが、レスリーからすれば神々の遊びが行われているように見えたかもしれない。

 カードゲームやダイスゲームの説明を聞き、レスリーも遊びに興じる。


「……要は賭け事か」


 レスリーの呟きに、アンリは笑顔で答える。


「端的に言えば賭け事ではありますがね。このゲーム、ただの確率論では測れませんよ。なにもお金を巻き上げようというわけではないのです。私はただ皆さんに楽しんで頂きたいのです。5割のお客様には得をさせると誓いましょう。『多めに見てはいただけませんか?』」


 ”5割の人間に得をさせる”

 いくらでも逃げ道のある誓いの言葉ではあるが、アンリにお願いされたレスリーは首を縦に振る。


「いいだろう。それにな、この事業を王がお認めになることは、実はほぼ決定しているのだ。国が事業を確認したという事実を作るためだけに、時間があった私が来たのだ」


 レスリーのカミングアウトにアンリは目を丸くする。


「え? そうなんですか? 一体なぜ……『教えてくれませんか?』」


「実はな、”くだん来者らいしゃ”のリーダーであるモスマンにも判断を仰いだのだ。その結果、モスマンはこの事業に賛成すると返事があった」


(モスマンって前ディランが言ってた人だな……。先見の明があるとか……よく分からないけど、今度お礼でも言いにいこう)


 その後は何気ない会話をしながらレスリーはギャンブルを楽しんでいく。

 数あるゲームの中でも、レスリーはスロットが気に入ったようだ。


(ルールがいまいち分からなくても、ピカピカ派手に光ってうるさいぐらい大きな音が鳴ったら嬉しいもんなのかね)


 そして最後に、アンリが一番自信のあるゲームをレスリーに勧める。


「ど、ドラゴンレース? だ、大丈夫なのか……危険ではないのか?」


「あはは、大丈夫ですよ。全てのドラゴンはテイムされていますから。まぁまだ迫力のある種類は少ないですが」


 アンリ考案のドラゴンレースは、競馬ならぬ競竜だ。

 今回の為に広げた島の外周を、ドラゴン同士で飛ぶ速さを競い、勝敗を予想し賭けるのだ。

 ドラゴンはその強大さから、冒険者であっても畏怖の対象になる。

 そんなドラゴンのレースをノーリスクで楽しめるのであれば、これ以上ない娯楽となるだろう。


「それに、運が良ければ、”暴食の大罪人”を一撃で滅ぼした”神竜”も見ることができるかもしれないですから、連日満員待ったなしですよ」


 その時のオッズは酷いことにはなるはずだが、宣伝が大事と考えアンリは気にしていなかった。


「後は、もう少し交通の便を良くしていけば、アフラシア王国の一大事業にも成りえるでしょう。今はドラゴンを乗り物としており、それはそれで人気はあるのですが、大人数を収容するための飛空艇を──」


「──ふざけるなぁ!」


 レスリーがドラゴンレースを想像し目を輝かせていると、ルーレットのゲームをしている卓から男の大きな声が聞こえてくる。


「こんなのイカサマだ! おかしいではないか! なぜ7連続で白なのだ!」


 レスリー達が様子を窺えば、負けがかさんだ客が文句をつけているようだ。

 ルーレットのディーラーが落ち着いた様子で説明する。


「お客様、当店のゲームはイカサマは行われておりません。こちらのルーレット台は、絶魔体を使用しておりますので」


 魔法が存在する世界では、イカサマなどやりたい放題だろう。

 そのため、ゴールドリームのゲーム装置は、絶魔体が素材として使用されている。

 絶魔体で囲われた中では、魔法の使用は不可能だ。

 その為、魔法によるイカサマはできないようになっていた。


「そんなの信じられるかぁ! 7連続だぞ!? 赤と白の2分の1で、7連続も白がでてたまるかぁ!」


 怒りが収まらない客に対して、コスプレをした美女──バニーガール──が複数近づいていく。


「お客様、大変申し訳ありません。どうか、ゆっくりとご説明したいので、別室に行かれませんか?」


 露出の多い美女達が密着して提案してくるのだ。

 激怒していた小太りの男は、埋め合わせに何かサービスがあるのだと思い、下卑た笑いが出る。

 ゴールドリームの近くには娼館もあるので、そういったサービスへの連想を加速させたのかもしれない。


「……い、いいだろう。お前たちに免じて怒りを鎮めよう。さぁ、別室に案内しろ!」


 バニーガールと共に奥の部屋へ歩いていく男を見ながら、レスリーは考える。


「なるほどな。あれが、お前が王のお墨付きが欲しいと言っていた理由か」


「えぇ、そうですね。国王がお認めになったとあれば、あぁいった輩も少なくなると思いまして……」


「まぁ、モスマンが問題無いと言っていたのだ。お前の事業は問題なくお墨付きを頂けるだろう。心配するな、あぁいった手合いも減るはずだ。……して、あの男はどうするのだ?」


「あの男は何度もあぁして騒いでいましたからね……まぁ、今回別室でお願いして、それでも駄目なら出入り禁止にしますよ」


「ふむ、妥当だな。私からも王に問題ないとお伝えしておこう。それでは私はそろそろ帰らせていただく。いや、本当に夢のような世界を体験させてもらった、礼を言おう。休暇の時は、是非また来させてくれ」


「えぇ、勿論。その時までにはドラゴンレースを完成させておきます。レスリーさんの御友人も是非」


 そうして、アンリの夢の島の紹介は恙無つつがなく終了し、アンリは手応えを感じるのだった。

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