85 夢マタタビ

 ジェーン達が”希望のダンジョン”で発見した白い粉は、パールシア共和国で爆発的に広まっていった。


 強い苦みと刺激があるため、口からではなく鼻からの摂取が流行っている白い粉は、使用者に強い興奮を与える。

 そして、感覚と身体機能が通常の状態から何倍にも膨れ上がるので、大幅な戦力の向上が見込まれる。

 粉を摂取することで向上するその強さを冒険者ランクで測れば、一時的ではあるが1つや2つは飛び越えるほどだ。


 あまりにも効果の高いその粉は、他国の手に渡ると危険なため、国外への輸出は禁止された。

 他国へ出る馬車には厳格な調査が行われ、密輸が発覚すれば死罪とする徹底ぶりだ。

 パールシア共和国の上層部は、いつか来るかもしれないアフラシア王国との戦争に備えるため、大量に貯蓄しようとしているのだ。

 どうにか密輸しようと考えた者達は数多くいたが、どういった手段で調査しているのか、全ての密輸が暴かれていた。



「せいっ!」


 ジェーンとミアは、今日も”希望のダンジョン”を探索していた。

 通常のドロップ品には一切目もくれず、ひたすら白い粉を集めていく。


「にゃは~! あったあった! さぁ、どんどん探そ~♪」


 人一人の積載量と効率を考えれば、それは当然のことだった。

 剣や財宝を拾うより、かさばることのない粉を集めるほうが楽であり、稼ぎも全然変わってくるのだ。


「そろそろ引き返そう。流石に集中力が切れてきた……」


 丸二日ダンジョンに籠りっぱなしのジェーンは、白い粉が大量に入った鞄を確認しながら提案する。


「にゃにゃにゃ!? 稼げるうちに稼いでおこうよ~。疲れてきたなら、みゃー達も”夢マタタビ”使う?」


 白い粉には”夢マタタビ”という名前がつけられた。

 ”夢マタタビ”の用途は戦闘だけではない。

 なんなら、違う用途のほうが人気があった。


 ”夢マタタビ”を摂取すれば、尋常じゃない高揚感を手にすることができるのだ。


 簡単に手にすることのできる幸福感と全能感。

 日頃から溜まっているストレスの発散。

 一度味わうと絶対にハマると言われている白い粉。

 白い粉を一度吸えば快感に酔いしれ、量を多く摂取すれば人目の付く場所でもその快感から、立つことも難しくなり悶えてしまう。


 故に”夢マタタビ”。

 それは、アフラシア大陸で立場の弱いパールシア共和国の民が見ることのできる、一時の夢のようなものだった。

 幸せを呼ぶ希望の粉として、その存在を知らない者はこの国ではいなくなっていた。


「これ使うと、夜も凄いらしいよ~。どう? みゃー達も試してみない?」


 後ろから抱き着き誘ってくるミアに、ジェーンは軽く拳を落とす。


「変な冗談はやめる。あれに頼りすぎるとよくないって言ったでしょ。ミア、使っちゃだめ」


「にゃはは~、分かってる分かってる。あれ以来使ってないから」


 手に余る力は破滅をもたらす。

 ジェーンは”夢マタタビ”の効力の凄まじさを感じる一方で、それを脅威にも感じていた。

 ”夢マタタビ”を使えば使うほど、通常の鍛錬が疎かになると理由をつけて、自身とミアの使用を禁じていた。

 頭を押さえながら、ミアはジェーンに従い引き返すのであった。




 大量に手に入れた”夢マタタビ”を、ミアは冒険者組合に、ジェーンは商人に捌いていく。

 お互いの作業を終え、2人は酒場のカウンターに座りグラスを交わす。


「かんぱ~い♪ にゃは~今日も大量だね! お酒が美味い! ご飯が美味しい! 生きているって素晴らしい! 今日のご飯はみゃーが奢るよ! お姉さ~ん、お勧めの甘いの全部持ってきてにゃ~♪」


 ”夢マタタビ”が発見されてから、ミアは前にまして笑顔の時間が増え、羽振りもよくなっていた。

 それはミアだけではない。

 深い階層ほど”夢マタタビ”がよく見つかるが、浅い階層でも見つけることはできる。

 需要がとんでもなく高いため、ほぼ全ての冒険者が”夢マタタビ”を求めダンジョンに潜り、効力面でも金銭面でもその恩恵を受けていた。


「ミア……少し陽気が過ぎる。私は自分の分は払うから、気遣いは無用だ」


 ジェーンの小言を聞きながら、ミアはジェーンの肩に頭を乗せる。


「いいからいいから♪ 奢りたい気分なのにゃ。ジェーンはもうちょっとみゃーを頼ってくれていいのにゃ……」


「……ミア、酔うには早い」


 まだ料理も来ていないというのに、顔を赤くしたミアを見てジェーンは呆れていた。


「ジェーン……みゃー達はずっと一緒なのにゃ……ずっと……ずっと」


 少しいつもと様子が違うことを感じたジェーンは、赤ワインを飲みながら尋ねる。


「ミア、どうした? ここに来るのが遅かったけど……冒険者組合で何かあった?」


「…………」


 ミアの反応から、本当に何かがあったのだと確信したジェーンは、ミアの顔を覗き込む。


「何があった?」


「今日……アフラシア王国からSランクのパーティーが組合に来てたにゃ」


 ミアの報告に、ジェーンの顔は強張る。

 この時期にアフラシア王国から来たとなると、”夢マタタビ”絡みかもしれないと考えたのだ。


「そのパーティーは、みゃーとジェーンを探していたみたいだにゃ。雰囲気が悪そうだったから、みゃーは隠れてたにゃ……」


 アフラシア王国のパーティーがジェーン達を探す理由。


(……流石に目立ち過ぎたか)


 それはジェーンからすれば明白だった。

 これだけ2人で大量の”夢マタタビ”を集めているのだ。

 単純に長い時間ダンジョンに潜っているだけではあるが、2人の技量の高さもあり、他の者達から見れば少し普通ではなかったのだろう。

 ”夢マタタビ”に興味を持った者が、ジェーン達に接触を図るのは当然のことかもしれない。


「そのパーティーは”気高き狼”だにゃ。実物を見るのは初めてだったけど、みんなみゃーよりも強そうだったにゃ……」


「”気高き狼”……か。私は聞いたことないが、強いのか?」


「にゃにゃ!? そんなことも忘れちゃったのにゃ!? 強いなんてもんじゃないにゃ……英雄の中の英雄にゃ」


 ミアも人から聞いた話ではあるが、ジェーンに説明する。

 ”気高き狼”は4人の獣人族からなるパーティーだ。

 獣人族特有の高い身体能力を活かし戦闘に特化しているそのパーティーは、嘘か誠か4桁を超える魔物の大群をたった4人で殲滅したという逸話を持っている。

 その中でも、リーダーである獣人は別格の強さで、その麗しさも相まって”金色こんじきのベアトリクス”の異名を持っているそうだ。


「でも、獣人族でしょ? 私たちにとっては味方じゃない。何を心配しているの?」


 獣人族は同朋意識が高い。

 なので、いくら国が違おうが、”気高き狼”はパールシア共和国の味方だとジェーンは考えた。

 しかし、ミアは力なく首を振る。


「あれは……味方じゃないにゃ。みんな殺気を垂れ流していて……明らかに喧嘩を売りにきてたにゃ」


「そんな馬鹿な! 他国のSランクパーティーが喧嘩を売ってくるなんて! 下手をすれば国家間の問題になる!」


「戦争をしたそうな感じだったにゃ……あいつらみんな、みゃー達と同じ獣人族だとは思えなかったにゃ」


 怯えた様子のミアにジェーンは質問する。


「ミア……私とその”金色こんじき”、どちらが強いと思った?」


「わ、分からないにゃ……みゃーはとにかく怖くて……どれがリーダーかすら分からなかったのにゃ……ジェーンは確かに強いけど、”金色こんじき”は完全な武闘派にゃ……流石に相手が悪いにゃ」


 ミアの言葉を聞きながら、ジェーンは懐に入れた”夢マタタビ”を握りしめる。


(守らなければ……この国を、獣人族を……)


 それからジェーン達は”気高き狼”に見つからぬよう気を配りながら”夢マタタビ”を集める。

 その間も”気高き狼”を名乗る獣人族のパーティーは、何度か冒険者組合に訪れ、職員や冒険者と揉め事を起こしていた。

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