33 side:アエーシュマ 前

 私は役立たずだった。


 何をしても、何を言っても、怒られる。

 私は、何で生きているのだろう。


「お前もアンリのように──」


「あなたもアンリを見習って──」


 聞き飽きた。


 私だって、お兄ちゃんのようになりたい。

 でも、お兄ちゃんは完璧だ。

 やさしくて、格好良くて、頭もいい。

 お兄ちゃんのようになれなんて、私には難しい。

 やっぱり、私は落ちこぼれなんだろう。



 お兄ちゃんとジャヒーは、私を愛していると言ってくれる。

 でも、それは本当なんだろうか。

 二人とも優しいから、私に気を使っているだけだわ。

 だって、そんなことを言いながらも、お兄ちゃんは奴隷を愛しているんだもの。



 ある時、私は考えた。

 死んだらどうなるんだろう。

 死んだら、誰が悲しんでくれるんだろう。


 お父様は悲しんでくれないわ、だって仕事が大好きだもの。


 お母様も悲しんでくれないわ、だって私を嫌いだもの。


 誰も悲しんでくれないかもしれない。

 そう考えたら、すごく、すごく怖くなった。


 だったら、私は生きてても意味がないじゃない。

 なのに、私は死んでも意味がないじゃない。


 私は、何なんだろう……

 私は、なんて空っぽなんだろう。


 生きてても無駄、死んでも無駄。

 ひどいわ、神様、なんで私をこの世に産み落としたの?

 ひどいわ、神様、はやく、はやくこの世界を壊してよ。



 ある時、”さん”が愛してくれるといった。

 嬉しかった。


 でも、ダメだった。

 ”さん”は私を愛してくれなかった。


 でも、やっぱりお兄ちゃんが私を助けてくれた。


“明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ。”


 お兄ちゃんの言葉は、とても優しく私に入ってきた。

 からっぽの私の一部になった。


 そして──


「僕は元々この世界の人間じゃないんだ」


 え? 嘘、本当?

 びっくりして、ジャヒーに聞いた。


「ねぇ、ジャヒー。知ってたの? お兄ちゃんは違う世界の人間なの?」


 ジャヒーは諭すように、私に語り掛ける。


「ふふ、シュマ様、そもそも人間などではないのですよ。いいですか、これまでのアンリ様のしてきたことを考えれば、自然と答えに行き着くはずです」


 これまでのお兄ちゃんがしてきたこと……


「私を……いつも助けてくれる。それと、それと……」


「魔法を使用されます」


「えぇ、お兄ちゃんは凄いから魔法を使えるわ」


「はい、でも普通は魔法を使える5歳などいないのです。では、なぜ使えるのでしょうか」


 そもそも、なぜ10歳にならないと魔法を使えないのか。

 それは簡単だわ、お父様がいっていたもの。


 ”神が定めた不変のルール”


 なら、なぜお兄ちゃんが魔法を使えるのか。


 ……え?


「ジャヒー……もしかして……お兄ちゃん、いえ、アーリマン様は……」


「えぇ、シュマ様の考えられている通りですよ。ただ、あの御方はアンリ様とお呼びしたほうが喜ばれますよ」


 考えてみれば、簡単に分かることだった。

 いつも、いつも、私を助けてくれる人……

 神が定めた不変のルールを変える者……そんなことできる人なんて、同じ”神様”しかいないじゃない。

 あぁ、だからアンリ様は大丈夫と言っていたんだわ。

 だって、アンリ様が私を殺すわけないもの。


 あぁ、私は、なんて幸せものなんだろう。

 私は、自分の産まれの奇跡に、ただひたすら感謝した。


 あぁ、そういえば、大変だわ。

 アンリ様が、”さん”の口は要らないと言っていたもの。


 私は急いで、”さん”の口を閉じ始めた。

 ”さん”は私を愛してくれると言っていたもの。

 私が愛しても問題ないでしょう?


-----------


 神様である、アンリ様の役に少しでも立ちたい。

 そう思った私は、気が付くと魔法刻印の実験体に立候補していた。


 刻印を体に刻むのは、とても痛かった。

 でも、感じる痛みの強さに比例して、嬉しさが込み上げてきた。


 やっと、やっとアンリ様に愛してもらえた。

 これ以上、嬉しいことなど他にないわ。


 痛い、痛い、確かに痛いけども………。


 あぁ、これは、不快ではない。


 あはぁ、これは、気持ちいい。


 これは、快楽だ。


 なんて、なんて気持ちいいのでしょう。


 何度も作業を続けるうちに、私はこの痛みを恋焦がれるようになっていった。

 もっと、もっと刻印を刻んでほしい。


 背中だけじゃ足りないわ、胸も、お腹も刻んでほしいわ。


 上半身だけじゃ足りないわ、手も、足も刻んでほしいわ。


 手足だけじゃ足りないわ、顔にも、舌にも刻んでほしいわ。


 何かと理由をつけて刻印を刻んでもらった私の体は、刻印が無いところを探すことが難しくなってしまった。

 いつだったか、アンリ様がこんなことをこぼしていた。


「なんで回復魔法がシュマの刻印を癒さないんだろう……」


 ふふ、アンリ様ったら、何をおっしゃっているんでしょう。

 回復魔法は傷を癒すものだわ。

 だから、アンリ様からご褒美で頂いた私の刻印を、回復魔法が消すはずがないもの。

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