第45話 着ぐるみ士、予感を抱く
「それでねー、パパと一緒におばあちゃんに会いに行った時に、たくさん遊んでもらってねー」
「ふふ、神魔王ギュードリンと言えど、孫の前ではおばあちゃんなのですね」
酒場の中に戻ると、殆どの客は酒場に併設された宿泊スペースに戻っているようだった。室内に残っているのはリーアとアニータ、あとはアルフィオのみ。とはいえアルフィオも舟をこいでいて、二人の声も少し静かだ。
二人はと言うと、リーアがギュードリンやルングマールの事を話し、アニータがそれを聞いているという様子だ。随分この短時間で打ち解けたらしい。
そんな二人の元へ、俺はそうっと近づいて声をかける。
「リーア」
「あ、ジュリオ」
「どうしたんですか?」
俺が呼びかければ、リーアもアニータも揃ってこちらを見上げた。
首をかしげるアニータへと、俺はテーブルに手を置きながら問いかける。
「アニータさん、皆さんはこの後確か、王都に戻ってビオンダさんに報告に行くんでしたよね」
「ええ、そうです。依頼の達成報告はしましたが、ビオンダさんから状況の詳細説明をしてほしい旨、連絡がありましたので……『
そう言いながら、小さく眉根を下げるアニータだ。
彼女たち「
その言葉に俺はうなずき、自分の胸に手を当てた。
「了解しました。ビオンダさんにはよろしく言っておいて下さい。俺たちはすぐ、ブラマーニに向けて発ちます」
その言葉に目を見開くのはリーアだった。
時刻は既に夜の10時。今から発ったら夜中の真っ暗闇の中を進むことになるわけで。魔物も活発になる時間だし、冒険者であろうとも夜中に長距離移動をしないのが原則だ。とはいえ俺もリーアもアンブロースも、暗視スキルは高いレベルで持っているから問題なく移動できるのだけれど。
すっかり酒場の椅子に居着いた様子のリーアが不満げな声を漏らした。
「え、もう行くの? こんなに遅い時間だよ?」
「リーアも、人間と接するようになって人間みたいなことを言うようになったな」
彼女の発言に着ぐるみの頭の中で苦笑しながら、俺はその小さな頭を軽く撫でた。
本当に、人間らしい発言だ。前の彼女だったら気にせず椅子から立ち上がり、外が夜更けで真っ暗だろうと「行こう!」と俺の手を引いただろう。
そんな彼女に、俺の肩に乗っていた小獣転身済みのアンブロースが声をかける。
「ギュードリン様と会うまでに、なるべく時間をかけたくないのだ。本当ならすぐにでも自治区に向かいたいが、こやつがブラマーニ王国にどうしても行きたいようなのでな。行ってから引き返すよりは、行く途中に立ち寄ったほうがいい」
「あ、アンブロースさんも」
「どういうことですか、一体」
先程までは獣舎に居たはずの彼女がここにいることに、リーアもアニータも目を見開いた。どうせ出るのだから外で待っていれば、と言ったのだが、彼女は嫌がってついてきたのだ。まあ、外で待つとしたらまた獣舎に居ないといけない。そうもなろう。
アニータが信じられないと言わんばかりの表情をする中、俺は自分の胸に当てた手をぐっと握った。着ぐるみの表面の生地にしわが寄る。
「何か……嫌な予感がするんです。今回、エフメンドがザンドナーイ峡谷に魔力枯渇を引き起こし、
そう、本来だったら『闇の奏者』ドロテーアの死亡で、冒険者側がもっと勢いづいていてもいいはずなのだ。しかし実際は勢いづくどころか、魔物側がさらに攻勢を強めている。各地の中立派や神魔王派の魔物へのアプローチも頻繁に行われている。
これは、何かがおかしい。アニータも思い当たる節はあったようで、難しい表情をして口元に手を当てていた。
「なるほど……」
「そんなに強まってる? あたしが知らないだけかもしれないけれど……」
未だにピンときていないらしいリーアが一人、首をかしげていた。まあ彼女はまだ三歳と幼いし、世界を知らない。知らないのも無理はないだろう。アンブロースが俺の肩からテーブルに降りて、リーアの顔を見上げながら言う。
「私の森の近隣でも、ここ半年の間に後虎院配下の魔物を見かけることが増えていたのだ。何なら私の部下に勧誘の言葉をかけてもきた。リーア、貴様はここ半年の間、オルネラ山で魔石持ちの魔物の姿を見たか」
「えーっと……あ、うん。山のふもとの方で、時々見たよ」
「それは本当ですか?」
リーアが零した答えを聞いて、アニータが目を見張った。正直俺も、着ぐるみの頭の中で同様に目を見開く。
オルネラ山は言わずと知れた「西の魔狼王」ルングマールの縄張りだ。山に住む魔物はルングマールの庇護下にあり、彼の意を汲んで人間を襲わない魔物は冒険者ですら手出しをしない。地域住民と良好な関係を築いている彼だからこそだ。
だから普通なら、同じ魔物であろうとも彼の庇護下にない魔物が周辺をうろつくことはない。そういえば気になっていたのだ、「
額に手を当てながら、俺はうめいた。
「やっぱりそうだよな……獄王は、中立の魔物にも人間寄りの魔物にも、次々接触して味方に引き込むか、あわよくば源泉を奪い取ろうとしているわけだ」
その言葉に、リーアがはっと目を見開いた。
ヤコビニ王国内の神獣の住む場所ですら、こうして被害を受けているのだ。他の地域の神獣や魔物も被害を受けていないはずがない。そしてそれは、元魔王の住む場所であろうとも。
「そんな、じゃあおばあちゃんのところにも……」
「奴らにとっては自殺行為に他ならんがな。だが、確実に接触はしているだろう」
リーアが眉尻を下げながらこぼせば、アンブロースも舌を打ちながら言葉を吐く。彼女としては腹立たしいことこの上ないだろう。
アンブロースの言う通り、ギュードリン自治区に踏み込むなど、獄王の側からしたら確実に自殺行為だ。自治区の魔物が負けるとも思えない。だが、それでも接触するということが問題なのだ。
納得がいった様子のアニータに、俺はまっすぐ視線を送りながら告げた。
「そういうわけなんです、アニータさん。俺はギュードリンや、その配下の魔物たちになにか起こっていないか確かめに行きたい。それにアルヴァロ先生はギュードリンとも親しいですから」
「なるほど、確かにアルヴァロ様なら、ギュードリンへの連絡方法もご存知かもしれませんね」
俺に返事を返しながら、こくりとアニータがうなずいた。
そう、俺がブラマーニ王国に向かい、「八刀の勇者」アルヴァロ・ピエトリに接触しようという意図はここにもあるのだ。アルヴァロとギュードリンは個人的に親交を深めている、ならば彼女に連絡を取る術も持っているかも知れないと踏んだのである。ただナタリアの暴虐を報告に行くだけではない。
立ち上がったリーアと、リーアの肩に駆け上るアンブロース。そして俺を見ながら、アニータが強い眼差しで胸に手を当てた。
「分かりました。どうか気をつけて」
「ええ、そちらも」
その言葉にこくりとうなずき、俺は視線を巡らせた。ティルザがこのあたりのテーブルで寝ているはずだ。探したら隣のテーブルで、ハンカチを下に敷いてすやすや寝ていた。
「ティルザは……あ、ぐっすり寝てる」
「起こさないように気をつけろよ。とりあえず俺のかばんの中に入っていてもらおう」
リーアがそっと抱き上げたティルザを受け取り、俺は自分のかばんに彼女を収める。この先は魔狼に戻って移動する、外に出しているより安全だろう。
「よし、二人とも。急ぐぞ」
「うん」
「ああ」
俺の言葉に、リーアもアンブロースも短くうなずいて。俺達三頭はヤコビニ王国を後にするべく、酒場の扉を開けて飛び出した。
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