第44話 着ぐるみ士、考える

 酒場の喧騒が、閉じられたドアと俺の背中の向こうから聞こえてくる。

 いつものようにフェンリルの着ぐるみを身にまといながら、俺は酒場の外に出ていた。峡谷から吹いてきたであろう夜風が、俺の着ぐるみの毛を渡っていく。

 リーアはアニータと仲良くなってずっと話をしているし、ティルザはテーブルの上で寝てしまっていた。連れ出すのは少々忍びない。


「はぁ……」


 小さくため息を零しながら一人夜空を見上げ、酒場の入り口に用意された石段に腰を下ろしていると、左手側、獣舎の方から足音が聞こえてきた。


「どうした、ジュリオ」

「アンブロース……獣舎にいたんじゃなかったのか」


 そこには俺を見下ろすアンブロースがいた。ぶるると身体を震わせながら声をかけてくる彼女に問いかけると、眉間にしわを寄せながら彼女は小さく首を振った。


「あんな狭苦しい、ワラすらまともに敷いていない小屋になど居られるか。ピスコの村ですらもっとまともな寝床があったぞ」

「ははは……そりゃまあ」


 どうやらポデスタ村の酒場に用意された獣舎は、あまり環境が良くないらしい。とはいえ仕方がない、峡谷のそばにあるだけの小さな村だ。礼拝堂すらこの村にはないのだ。

 クッションのない狭い獣舎にイライラしている彼女の姿を想像して笑っていると、アンブロースがぐいと俺に顔を近づけてくる。


「で、どうしたのだ。貴様はあの戦士たちと知り合いだったのだろう。宴会はまだ続いているのではないか」

「ん、まだやってる。ちょっと疲れたんで、休憩も兼ねて出てきただけだ」


 彼女に返事をしながら、俺は左手をくいと後方に向けた。親指を立てて向けようにも、きぐるみの手ではそれが出来ない。やったところで相手はアンブロースだから、意味もないが。

 夜の静まり返った村の中で、俺はアンブロースと一緒に夜空を見上げた。よく晴れた空、月と一緒に星がいくつも瞬いている。

 その星々を見上げながら、俺はぽつりと隣のアンブロースに言葉をかけた。


「アンブロース、少し、聞きたいことがあるんだが」

「なんだ」


 俺の言葉に、彼女は短く返してくる。それを確認して、夜空を見つめたまま俺は口を開いた。


「ドロテーアは、魔物の間ではどういう風に言われていたんだ?」


 その問いかけに、アンブロースが俺の方に顔を向ける。

 彼女の視線を顔の横に感じながら、俺は話を続けた。


「獄王イデオンの側近、稀代の死霊術士ネクロマンサー、死を操るもの。いろいろ異名はあるけれど、魔物から見てあれがどういう存在だったのか、気になってさ」


 後虎院の一人、『闇の奏者』ドロテーア。魔物としての強力さもさることながら、とにかく死なない・・・・ことで彼女は有名だ。だからグラツィアーノ帝国のムゼッティ洞穴どうけつでドロテーアが「殺された」ことが冒険者ギルドに伝えられた時、瞬く間に世界中でニュースになったのだ。

 そんなことをなし得た人物の一人であるマリサを忘れていた、というのもなかなか間抜けな話だが、今言っても仕方がない。

 俺の素朴な、そして率直な問いかけに、アンブロースが細く息を吐きだす。ため息交じりに口を開けば、彼女の口から飛び出すのはありきたりな言葉だ。


「……そうだな。私もあれについて、そこまで詳しく知っているわけではない。ただ、ムゼッティ洞穴にてあれが冒険者に殺された、という報せは、私の耳にも入ってきた。驚いたとも、後虎院の中でも特に不死性を謳われる、殺しても死なないような女だと言われていたのが、後虎院で真っ先に死んだのだ」


 そう話しながら、アンブロースは目を細めて夜空を見る。森に住み、人間と積極的に触れ合うことなく暮らしていた彼女も、そうした大きなニュースは耳にしていたらしい。そしてそれは、驚きを以て受け止められた。そのへんは人間と一緒だ。

 と、彼女がぐっと首を伸ばしてきた。俺のフェンリルの頭を下からつつくようにしながら、間近で俺の顔を見る。


「その、あれを殺した冒険者の一人が、あの勇者と行動を共にしていた付与術士エンチャンターだと、そういうことなのだな?」

「……ああ」


 彼女の問いかけに、俺は頷いた。

 マリサ・ダミアーノ。A級の付与術士エンチャンター。しかしきっと、試験を受けたらすぐにS級に上がるのだろう。何しろ後虎院の一人を殺して生き延びたのだから。

 冒険者のランクは基本的に、ギルドで昇給試験を受けて合格することで上がる。ナタリアがあれでS級なのも、その試験に合格したからだ。「白き天剣ビアンカスパーダ」では、他にイバンとレティシアがS級である。

 そして、マリサは「白き天剣ビアンカスパーダ」に所属するようになる前、「夜明けの星ステラデラルバ」に所属していた。もしかしたら他にも所属していたパーティーがあったり、単独で活動していたりしたかもしれないけれど。問題は、その「夜明けの星ステラデラルバ」が有名どころだということだ。


「『夜明けの星ステラデラルバ』。グラツィアーノ帝国の擁する勇者、『炎槍えんそう』のアレッシオをリーダーとするSランクパーティー。パーティーの総合力は世界でも五指に入ると言われ、獄王の首に刃を届かせるに足る存在……俺もそう聞いている」

「む?」


 俺の解説に、アンブロースが明確に首を傾げた。それはそうだろう、今のを聞いて疑問に思わないはずがない。


「おかしいではないか。そこまで実力のあるパーティーだったのなら、何故あの女はそこを離れたのだ?」


 彼女のその問いかけを聞いて、俺は胸の奥がチクリと傷んだ。

 そのことを聞かれると思った。俺だって事情を知るまでは同様に疑問を持ったものだ。うつむきながら、ポツリとこぼす。


「……死んだからだよ」

「死んだ?」


 俺の発した言葉に、アンブロースが目を見開いた。彼女のあごを撫でながら、俺は語りかける。


「勇者アレッシオは、ドロテーア討伐の際に相討ちとなって死んだんだ。彼だけじゃない、討伐に参加した5パーティー22人、そのうち18人がドロテーアの命と引換えに死んだ。『夜明けの星ステラデラルバ』で生き残ったのはマリサだけだ。だからパーティーを存続させることも出来ず、そのまま解散になったんだ」


 そう、後虎院のドロテーアは殺された。しかし冒険者側にも少なくない損害をもたらしたのだ。

 今の世代の冒険者で最強の呼び声も高かったアレッシオ・バルディーニは死んだ。他にも偉大な研究で勲章を受賞した魔導師ウィザードのアルトゥーロ・レッリ、全国冒険者闘技大会優勝者である拳闘士グラップラーのビアンカ・フローリオ、たくさんの有名な冒険者がそこで死んだ。

 聞くところによると、洞窟の最奥部で行われた戦闘中、誰かが大規模な魔法を行使して大爆発を引き起こし、その爆風で大きく吹き飛ばされた四人だけが助かったのだとか。

 その話をすると、アンブロースが沈鬱な表情で俺の膝に頭を乗せて口を開いた。


「そうか……それならば、あの女がこれみよがしに『闇の奏者』討伐の実績をひけらかさなかったのも合点がいく。多数の犠牲の上に成った成果なら、余計にな」

「ん、俺もそうだと思っているんだけど……何か、引っかかるところがあるんだ。違和感と言うか、なんというか」


 彼女の言葉を聞きながら、俺は小さく首をかしげた。

 何か、微妙に引っかかるのだ。ピスコボ森林で出会って二言三言言葉をかわしたマリサ・ダミアーノ。あの時彼女が見せていた笑顔に、何か含みがあるような気がしてならなくて。

 なんだろう、あの心がざわつくような違和感は。

 眉間にしわを寄せる俺に、アンブロースが顔を寄せてくる。


「ふむ……だがまぁ、それについては貴様が気にすることでもないだろう。それで、私に他に聞きたいことがあるのではないのか?」

「まあな……ドロテーアの、さっき言ってた不死性についてだ」


 彼女の頭を撫でながら、俺はもう一度話を始めた。つまり、ドロテーアの不死性、死んでも死なないと言われるくらいの、彼女の能力の実態だ。


「ドロテーアは不死身だって、冒険者の間でも有名だった。殺しても蘇るとか、肉体をバラバラにしても平気でしゃべるとか」

「ああ、なるほど。あれはただ死なない、死んでも蘇るというわけではない。死霊を操って戦うが、それがあれの真骨頂ではない」


 俺の話した言葉に頭を上下させながら、アンブロースがうっすら笑う。そして彼女は、俺の顔を上目遣いに見上げながら、突拍子もない事を言いだしたのだ。


「あれはな、ジュリオ。他者に自らを・・・・・・取り憑かせて・・・・・・その身体を乗っ取るのだ・・・・・・・・・・・

「自分を……取り憑かせる?」

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