第31話 着ぐるみ士、出立する

 植林を全て終わらせて、ウベルトに挨拶して、村の宿屋で昼食を食べ、超特急でオルニの町に戻った俺達は、ギルドで諸々もろもろ必要な手続きを済ませて町を後にした。


「Cランク通り越してBランクか……」


 足元の草をそっと踏み、のんびりと歩きながら俺が零せば、俺の隣をゆっくり進むアンブロースが、すんと鼻を鳴らした。


「よかったではないか、これで胸を張って王国の外に出られるのであろう?」

「そうだよね、おばあちゃんにも会いに行けるよ!」


 その反対側で、リーアが嬉しそうにくるくる回った。パーティーランク上昇に付随ふずいして、リーアの冒険者としてのランクもC級に上がっていた。ステータスとしては充分X級相当だが、冒険者としての経験が無いに等しいので仕方がない。

 確かに、彼女らの言うとおりだ。これでヤコビニ王国の外にも出ていけるし、ギュードリン自治領まで足を運ぶことが出来る。先代魔王のギュードリンにも、会いに行くことが出来るだろう。


「まあな……とはいってもギュードリン自治領はヤコビニから遠いから、行くにしてもいろんな国を経由しないとならないけど」


 そう話しながら、俺は視線を草原の北側に向ける。

 南クザーロ郡はヤコビニ王国の南端に位置する。対して、ギュードリン自治領は大陸の北の方。俺達の足の速さをもってしても、自治領まで休みなしで走っても、多分一週間はかかるだろう。

 そのことは二人とも分かっているようで、神妙な面持ちでこくりとうなずいた。


「であろうな。それはそれとして、この先はどうするつもりなのだ?」


 アンブローズがそう問いかけながら、俺の脚に尻尾をぶつけてくる。彼女の身体にそっと手を添えながら、俺はわずかに目を細めた。


「ああ、ひとまずは王都ジャンピエロに行って、手近なところにいる神獣の状況を確認する。その後は……ブラマーニ王国を経由して、ギュードリン自治領に向かおうと思っている」


 発した俺の答えに、リーアも、アンブロースもはたと足を止めた。どうやら随分意外に思ったらしい。


「ブラマーニ王国? なんで?」

「ギュードリン自治領に向かうなら、デシーカ宗主国を経由する方が近道ではないのか?」


 二人が、心底から不思議そうな表情で俺に問いかけてきた。

 言わんとすることは分かる。ブラマーニ王国は大陸の北西側、海岸沿いに位置するからだ。ギュードリン自治領は大陸の北側、どちらかと言えば内陸にあるため、内陸寄りのデシーカ宗主国を通るより、遠回りになることは間違いない。

 しかし、俺には明確に、ブラマーニ王国に立ち寄る理由があった。


「確かにそうだけど、俺はブラマーニの冒険者ギルド所属だからな。国のギルドには、ちゃんと顔を出しておきたいんだよ。あと……アルヴァロ先生にも話をしておかないとならないし」

「アルヴァロ先生?」


 再び歩き出した俺の出した名前を繰り返しながら、リーアが首を傾げる。まあ、彼女はまだ生まれて間もないから、知らなくても仕方ない。

 対してアンブロースはその名前に覚えがあった様子で、こくこくとうなずきを返してきた。彼女は俺よりも年上だから、当然か。


「その名前、私には覚えがあるぞ。『八刀の勇者』か」


 『八刀の勇者』アルヴァロ・ピエトリ。現在生存するX級冒険者の一人で、かつて最強の冒険者として君臨していた男。ブラマーニ王国が誇る英雄だ。

 彼のことを懐かしむように目を細めながら、俺はこくりとうなずく。


「そうそう。あの方、ナタリアのお師匠様なんだ。俺があいつのパーティーを追い出されたこと、言っとかないとと思って」


 うなずきながら、ふっとため息をつく俺だ。まさかアルヴァロも、この期に及んでナタリアが俺の解雇かいこに踏み切るとは、きっと思っていないだろうから。

 俺の話を聞いたアンブロースが、納得するように口元をぺろりとなめずった。


「なるほど、あの勇者は『八刀』の門下生か。先生と呼称するということは、貴様も同門か?」


 目を細めながら話す彼女に、俺はゆるゆると首を振った。


「いや、俺は違うよ。あくまで顔見知りなだけ……イバンはナタリアと同門だから、直接指導を受けているけれど。大概、みんな『先生』って呼んでる」


 そう話しながら、そっと空を見上げる俺だ。

 アルヴァロは、若い冒険者の指導を行っているため、たくさんの生徒を抱えている。その為、ブラマーニの国民は敬意を表して、彼の教えを直接受けていなくても、彼を「先生」と呼ぶのである。

 「白き天剣ビアンカスパーダ」は当初、アルヴァロの生徒だったナタリア、イバン、冒険者ギルドから紹介されたクレリア、俺の四人で構成されていた。旅立ってからしばらくしてナタリアとクレリアが反目して、クレリアが離脱したのを皮切りに、新しい仲間が加わったり、離脱したりを繰り返したのだ。

 思えば、何人もの冒険者があのパーティーに加わり、何人もの冒険者がパーティーを離れ、または追い出されていったものだ。

 俺の見上げる空を一緒に見上げながら、アンブロースが不満げに鼻を鳴らす。


「人間というのはよく分からんな。勇者をそこまで有り難がって、英雄だのと祭り上げて。だからあんな、勘違いした若者が出るのではないのか?」

「ねー、勇者になったからって、何でも自分の思い通りになるわけないのにね」


 リーアも彼女に同調して、空を見上げつつ足元の石を蹴飛ばした。

 その言葉に、俺は苦笑を禁じ得ない。魔物から見てみたら、勇者なんてただ偉ぶっているだけの厄介者だ。当然ではある。


「耳が痛いな。まぁ、結局は人間の国家にとって、都合がいいから『勇者』が選出されるものだし。なんだかんだ、国に踊らされてるんだよ、俺もあいつも」


 そう、諦めを含んだ口調で言いながら、俺は着ぐるみの尻尾をふさりと振った。


「ふん。まぁ、貴様がいいなら私は何も言わんさ。どのみち貴様は、既に魔物だ」

「まあ、確かに」


 アンブロースがにやりと笑いながら言うのを、俺は聞きながら足を進める。ゆっくり歩いていたつもりだったけれど、既にオルニの町は遥か後ろ。この調子ならば明日には、目的地である王都ジャンピエロに着けそうだ。


「ところでジュリオ、ギュードリン自治領に行くのはなんで? おばあちゃんやお姉ちゃんに会いに行くんだろうな、とは思うけど……」


 と、リーアがまたも不思議そうな表情をしながら、俺に問いかけてくる。

 彼女の方に顔を向けると、反対側からアンブロースがいぶかしむ声色で俺に声をかけてきた。


「まさかとは思うが、貴様、神魔王と雌雄しゆうを決するためにおもむくのではあるまいな」

「まさか、そんなつもりはないよ。絶対勝てないし」


 彼女の発言に、軽く笑いながら俺は首を振った。いくら俺のステータスがギュードリンと同じくらいにあるとはいえ、戦闘の経験値は天と地ほどの開きがある。

 ステータスが同じだからといって、同じくらいの実力があるとは限らないのが、冒険者や魔物のステータスだ。そう言う点を考えると、俺もステータスがバカみたいに高いからといって、安穏とできないなとは思う。


「ただ……やっぱり、一度直接会って、話はしてみたい。リーアのおばあちゃんだし、ルングマールさんのお母さんだし、先代魔王として生きて退位した方だし。何か、ためになる話を聞けるかもしれない」

「はは、なるほど」


 俺の言葉に彼女も笑みを零した。

 神魔王ギュードリンに、話をするため会いに行くというのも、なかなか豪胆ごうたんな話だ。そう軽々しく会いに行けるような存在ではないのは、俺自身よく分かっている。

 それでも、会いに行きたい。会っていろんな話をしたい。先代魔王と冒険者として、というのもあるが、魔物としても直接会いたい。

 見上げれば、晴れ渡った空。良い旅路になりそうだ。


「それじゃ、まずは王都に向けて、いこー!」

「うむ、また共に草原を駆けて行こうではないか、盟友ともよ」

「よし、じゃあ行こう、二人とも!」


 リーアがぐっと拳を突き上げ、アンブロースも笑いながらぐっと尻尾を立て。

 俺も満面の笑みを着ぐるみの中で発しながら、右手を高く掲げた。

 俺の、俺自身の冒険は、今日これから、本当の意味で始まるのだ。

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