第19話 着ぐるみ士、雷獣と出会う

 ピスコボ森林に踏み入ってからは、俺とリーア、ジャコモの「魔狼王の威厳」スキルのおかげで森に住む魔物に襲われることもなく、和やかなものだった。

 一人いるだけで魔獣系の魔物に強烈な支配力ドミナンスを発揮するのに、それが三人。もはや結界でも張ったかのように、魔物が寄ってこなかった。

 なので他の冒険者も随分と気楽なようで、かつて「白き天剣ビアンカスパーダ」で俺と同僚だった、「荒ぶる獅子ルヴィードレオネ」の弓使いアーチャーのフランコ・マロッコロと、罠師トラッパーのジョズエ・インギッレリが、からからと笑いながら俺の肩を叩く。


「はっはっは、それじゃアレか、とうとうジュリオも姫様にへそを曲げられちまったのか」

「しかし、『ブラマーニ王国一の・・・・・・・・・着ぐるみ士・・・・・』ジュリオでさえも、姫様がダメな時はダメなもんなんだなぁ」


 そう話しながら、俺の着ぐるみをコンコン小突いてくる彼らだ。

 ちなみに「姫様」とは、誰あろうナタリアのことである。別に王族の出でもないのだが、あまりにも傍若無人な振る舞いに、からかい混じりにそう呼ぶのだ。

 俺の前方を行くルドヴィカが、心底から呆れた様子でため息をつく。


「まったく、ナタリア君のワガママ勇者ぶりにも呆れたものだ。しかし、それがきっかけでジュリオ君は『西の魔狼王』に見初みそめられ、血族に迎えられたというのだから、人生何が起こるか分からんものだ」

「はい、まったくです……」


 彼女の言葉に、俺は肩をすくめながら着ぐるみの頭の中で苦笑した。

 「幸福と不幸はった縄のようにやってくる」なんて言葉があるが、全くその通りだ。人生、どんなことがどう繋がるか分かったものではない。

 そんな感じで和やかに森を進む中、リーアは不思議そうに傍らを歩くジャコモに声をかけた。


「ねえねえお兄ちゃん、さっきからお姉さんが言ってる『にしのまろーおー』って、パパのこと?」


 その言葉に、ジャコモは一瞬目を見開いたが、すぐさま自身の妹にうなずいた。


「そうさ。リーアは『北』と『東』の魔狼王フェンリルには、会ったことがなかったよな?」

「うん、知らなーい」


 ジャコモの問いかけに、あっけらかんとリーアは答える。確かに、まだ彼女は三歳だ。オルネラ山とオルニの町以外の場所に行くのも、きっとこれが初めてなのだろう。

 そんな幼さ全開の彼女をちらりと見て、ルドヴィカは俺へと視線を投げてきた。


「ジュリオ君、言動とステータスからもしやと思っていたが、彼女は」

「娘ですよ、『西の魔狼王』の」


 それと一緒に投げられる問いかけ。それに対して、素直に事実を答える俺だ。

 正直、今更隠したところで何もメリットはない。そもそもジャコモが魔狼の姿をさらしてここにいるのだ。

 そして俺の答えは、彼女を納得させるのに十分なものであったらしい。こくりと大きく頷いた。


「ははあ、それでか。末の娘が随分才気煥発さいきかんぱつだと聞いていたが、それなら納得だ」

「俺のこの着ぐるみも、彼女由来のものなんです。力が分かたれていても、あれなんで」


 そう言いながら、くいと右手をリーアの方に向ける俺。言わんとすることは当然、リーアのレベルその他のステータスだ。

 冒険者は一目見れば、その冒険者の名前、ランク、レベル、職業が分かる。つまり俺達三人の人外ステータスは、この集団の中でとっくに明らかになっているのだ。

 そんな文字通り化け物なリーアへと、ルドヴィカが優しい口調で声をかける。


「リーア君、『魔狼王』の称号を持つ者は、現在この世に三人いる。それが即ち『北』のシグヴァルド、『東』のラシュロフ、そして『西』のルングマールだ。ジュリオ君も、公式に認められればそこに加わるのだろうがな」

「ルングマール?」


 ルドヴィカのていねいな説明に、リーアがきょとんと首を傾げる。まあ、彼女にとっては馴染みが無いのも当然だ。

 傍につくジャコモが、リーアの肩にそっと顔を寄せながら補足する。


「魔物様式に名付けられた、親父の本名だよ。ルチアーノは人間達の中で生きていくために使っている、あだ名みたいなものさ。親父とおふくろは俺達に、『人間に親しんで生きて欲しい』って、人間様式で名前を付けたけどな」

「知らなかったー」


 二人の説明に、リーアは殊更に驚いた顔をした。自分と同じように人間様式の名前を持ち、その名前で町の人から呼ばれている姿を見ているから、もう一つ名前があるとは思わなかったのだろう。

 だが、俺達冒険者側からしたら、彼はルングマールの名前の方が有名だ。人間と親しく、土地の人間を守る魔狼王ルングマール。まさかあんな形で対面するとは、俺自身思っていなかったけれど。

 フランコとジョズエも加わって、リーアに情勢の説明をし始めた。


「神魔王ギュードリンの子供たちは、世界中にちらばっているのさ。その誰もがXランクの、強大な神獣だ」

「獄王イデオンから請われて、傘下に入ったものもいるけどな……タルクィーニ氷山の氷龍女帝ドーガなんて、その筆頭として有名だし」

「おじさんやおばさん達で、イデオンの配下に付いた人がいるの?」


 ジョズエの言葉に、リーアが驚きに目を見張った。

 神魔王ギュードリンの人魔共存と、獄王イデオンの魔物優位は、全く相反する思想だ。ギュードリンの子供が寝返ったと知って、驚かないはずはない。

 ルドヴィカが小さく肩をすくめながら、リーアの問いに言葉を返した。


「神魔王の威光は未だ健在なれど、獄王には現魔王という強大な権力と、資金力があるからな。莫大ばくだいな褒賞と地位を約束して、神魔王陣営の魔物を引き入れようと躍起やっきになっているのだ」

「そうなんだよなぁ。アンブロースだって、如何にジャコモさんの友人と言っても……」


 俺もそうぼやきつつ、これから会おうとしている雷獣に思いを馳せるが、俺の漏らした言葉に返答を返したのはジャコモだった。


「いいや、そうはならなかった。あいつはイデオンが魔王に即位して五年経った今も、中立を貫いている」

「えっ?」


 その言葉に、その場の数名がきょとんとした。

 サンダービーストは雷を操る強力な神獣だ。おまけに群れの結束も固く、上位者には徹底的に従う。獄王としても味方に入れたい陣営のはずだ。

 俺達の頭に浮かんだ疑問符に、ジャコモは森の木々の隙間から見える空を見上げて尻尾を振った。先程から鳴り続けている雷は、森の中心部に近づくにつれより激しくなっている。


「言ったろ、人間不信で、気難しい奴だって。イデオンのことも信用してないんだよ……ほら、聞こえてきた」


 そう言いながら、彼がゆっくり足を止める。それに伴って他の面々も足を止めると。

 確かに、聞こえてきた。森の奥の方から、底冷えのする荒々しい声が。


「……誰だ……俺の森を、踏み荒らす奴は……!」

「来やがった……!」

「へ、こうでこそよ」


 その声に、その場の全員が一斉に武器に手をかけた。フランコとジョズエがともに口角を持ち上げる。

 いよいよサンダービーストの首領、『雷獣王』アンブロースとご対面だ。冒険者として、気持ちが高ぶらないはずはない。

 先程までの和やかな空気が一発で消し飛ぶ中、ジャコモがゆっくりと前に進み出た。


「とりあえず、俺から声をかける。だけどあんまり期待するなよ」

「分かっている」


 ルドヴィカに声をかければ、彼女も短く返す。元々俺達は、彼に用事があって来たのだ。友人として声をかけるのは必要だろう。

 しかして、ジャコモが魔獣語で声を張り上げる。


「アンブロース、俺だ!!」


 その言葉が森に響くや、雷鳴の音が一瞬だけ途切れた。強い風が木々を揺らす音が、耳に届く。

 少しして、アンブロースの元の思われる魔獣語が、森の奥から返ってきた。


「その声、魔力……我が友、ジャコモだな?」

「ああそうだ、ジャコモだ! 今日はお前に――」


 それに対してジャコモが言葉を返そうとした、次の瞬間。


「なら何故人間どもをぞろぞろと引き連れている!!」


 盛大な怒声と共に、俺達のすぐそばに雷が幾筋も落ちた。森の中だというのに木々を避けて、俺達の足元を激しく揺らす。


「わっ!?」

「あークソ、やっぱし勘付きやがったアイツ」


 使う言葉を人間語に切り替えたジャコモが悪態をついた。その口元は牙が剥き出しになり、すっかり戦闘態勢だ。

 気付けば周囲の木々もざわざわとざわめき、激しく揺れている。明らかに、風によるものではない。何かが俺達の周囲にいる。

 長剣を抜き放ったルドヴィカがすっと目を細める。


「当然の流れだな……友を名乗る神獣が人間と共に森に踏み入った。その神獣が騙られたものでなく、本人のものであれば」

「どういうつもりだ、と怒る……か。そりゃ、当人からしてみたらそうもなりますよね」


 俺もリーアも、もう安穏とはしていられない。アンブロースはやる気だ。話を聞いてはくれそうにない。

 冒険者が全員で周囲に目を配る中、ルドヴィカが傍らのジャコモに声をかけた。


「ジャコモ」

「言わんとすることは分かるよ、勇者ルドヴィカ」


 その一言で意図を汲み取った彼が、ゆるゆると頭を振る。


「だけどな、アイツの命があれば、たとえ魔王が居ようとその喉笛を食い千切る。それがサンダービーストだ」

「ふっ、つまりジュリオ君一行がいることも、雷獣連中は織り込み済みというわけか」


 そうして返って来た言葉に、ルドヴィカがうっすらと笑った。

 魔王が居ようと、魔狼王が居ようと、『雷獣王』アンブロースの言葉一つで森中のサンダービーストが敵になる。そういう生き物だ。

 気付けば何十頭ものサンダービーストが、地面で、木の上で、俺達を睨みつけている。完全に包囲網を形成されていた。

 そして俺達の正面、輪が切れているそこに、奥からのしのしと重たい足音が響いてくる。


「そうとも、忌々しい勇者どもめ……我が友や魔狼王までも味方に取り込んで、俺を葬ろうと目論んだのだろうが、そうはいかん」


 そうして姿を見せる、とてつもなく巨大な、猫かイタチを思わせる黄金の毛皮をした生き物。

 毛皮は細かく逆立ち、その毛の先からバチバチと雷光をほとばしらせている。

 くるみ色の瞳は鋭く吊り上がり、俺達を真正面から睨みつけていた。


「こ、これが……」

「『雷獣王』アンブロースか……!」


 これこそが、『雷獣王』アンブロース。俺が引き合わされようとしていた神獣。

 そのアンブロースが目の前にいて、明確な敵意を持って俺達に接していた。


「今、俺は極限に虫の居所が悪い……そのむくろ、この森諸共消し炭になると思え!!」

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