幕間1 一方その頃勇者は

「あ゛ーーー、もうっっ!!」


 グラツィアーノ帝国北ニェッキ郡、グイドの町の酒場にて。

 Sランクパーティー「白き天剣ビアンカスパーダ」のリーダーたるS級冒険者、『天剣の勇者』ナタリア・デ・サンクトゥスは、エールを飲み干した木製のジョッキを、丸テーブルにガンと叩きつけた。

 グラツィアーノ帝国に入ってから数日、帝国の冒険者ギルドの支部があるグイドの町にこのパーティーが到着したのは、今日の昼間の事だ。

 道中で退治した魔物の素材を換金し、受注していた依頼の完了報告を行い、新しい仲間となる冒険者を募り、諸々の用事を終えて宿屋入りした彼ら。

 今は、イライラが最高潮に募ったナタリアが、宿屋に併設された酒場でエールをガンガンに呷っているところだった。


「これだからホンット、子供ってのは大っ嫌いなのよ!! わーって寄ってきたと思ったら二言目には『着ぐるみさんは?』って!! 腹立つ!!」


 町に入ってから、「白き天剣ビアンカスパーダ」は老若男女、あらゆる町民に取り囲まれ、歓迎を受けた。

 しかしジュリオ・ビアジーニというパーティーのだった者は、既にいない。大人たちはおや、という表情を一瞬見せつつ取り繕うが、子供たちは遠慮も容赦もない。口々にその問いかけをナタリアにぶつけてきたのだ。

 憤懣ふんまんやるかたないと言った様子の彼女に、かねてよりの仲間は三人ともあきれ顔だった。


「予想は出来ていたことだがな、ナタリア」

「そうですよ、子供たちの相手はほとんどジュリオさんが引き受けていましたから」

「彼の存在は目立ちますからね、不在も同様に」


 イバンも、レティシアも、ベニアミンも、揃ってエールのジョッキを手にため息をついた。

 三人とも、ナタリアに負担が行かないように全力で子供たちの相手をした。とはいえそれでも、ナタリアへ向かう子供たちをゼロには出来ない。

 なにしろ彼女は栄えある「勇者様」だ。民草の羨望と尊敬を集めるものだ。どうしたって、彼女へと飛ぶ声は防げない。


「ま、まぁまぁ、とはいえ既にパーティーを離れた人のことを言われるのは癪に障るってものですし。その子供たちの相手をするためにも、今回私をご指名いただいたのですから、ね?」


 そして、ぷりぷりと怒るナタリアと、疲れた表情の三人の仲を取り持つように、新入りのマリサ・ダミアーノが苦笑を零しながらそれぞれに視線を向けた。

 付与術士エンチャンターであるマリサは、自身や味方を強化したり、敵を弱体化させたりして戦闘を有利に運ぶ支援をする魔術師だ。無機物に魂を「付与エンチャント」することで、まるで生きているかのように操ることもできる。

 特に彼女は、その魂の付与エンチャントの技能に長けていた。それがナタリアの目に留まって、こうしてSランクパーティー入りを果たしたのだ。


「そーゆーことよ、マリサ。あんたには期待しているわ。帝都グラツィオの孤児院で孤児たちの相手をしてきたあんたなら、子供の扱いにも慣れてるって分かるから」

「はい、是非! どんどん頼ってくださいませね」


 口角を持ち上げながらとろんとした目で、ナタリアがマリサに目を向ける。対して彼女はにこやかに、人の良さそうな笑みでナタリアに手を重ねた。

 ナタリアの性格と性質をよく知っているベニアミンとレティシアは、その様子にホッと胸を撫で下ろした。ナタリアの我が儘についていけない、と自らパーティーを離脱した者も少なくない。「白き天剣ビアンカスパーダ」がメンバーチェンジを頻繁に行っているのは、そうした事情もあってのことだ。


「本当に、ありがたいことだ。なにぶん、期待されていることがことなので、迷惑をかけるとも思いますが」

「はい、全く。A級の付与術士エンチャンターでもあるとのことで、お仕事は多いと思います。なにとぞ、頑張っていただければと」


 ナタリアと仲良くやってくれるなら、それに越したことはない。ベニアミンも、レティシアも、微笑みを浮かべながらマリサに声をかけた。


「はい、勿論です! 栄えある『白き天剣ビアンカスパーダ』の一員として、恥じない行動をさせていただきますわ!」


 そしてマリサは、もう一度満面の笑みで二人に顔を向ける。その弾けるような笑顔は、とても眩しくて明るいものだ。


「……」


 その笑顔を。イバンはエールのジョッキを傾けながら、静かに見つめていた。

 明るい笑顔だ。人柄もいい。ナタリアともうまくやっていけそうなタイプだろう。

 だが、何となく。何となくその笑顔が底知れない。

 うっすらと目を細めたイバンに、ベニアミンが不思議そうな顔をして首を傾げてきた。


「イバンさん?」

「……いや、なんでもない。気にするな」


 同僚に言葉を返して、静かにジョッキを傾けたイバンは、一瞬だけ手元に落とした視線をこれから同僚になるマリサへと向けた。


「それよりマリサ、気になったのだが。グラツィアーノ帝国は灼熱の地と聞いていたが、辺境は存外、暑くないのだな」


 その問いかけに、ナタリアが目を僅かに見開いた。ベニアミンもレティシアも同様に目を開いて顔を見合わせる。

 グラツィアーノ帝国は国土の大半が砂漠に覆われた土地だ。昼は暑く、夜は寒い。そう聞いていたし、それに対しての準備をしてきたものだ。


「そういえばそうですね」

「肌をチリチリと撫でるような暑さはありますが、灼熱というほどでは」


 二人の言葉通り。グラツィアーノ帝国に入ってから、パーティーの全員が身を焦がす程の灼熱に晒されることを覚悟したものだし、それを理由としてジュリオを解雇したのだが、国境を離れて帝都を目指す間、そこまでの高熱を感じることはなかった。

 と、それを聞いたマリサがくすくすと笑みを零す。


「あぁ、そうなんですよー。この国の中央部……アレッシア砂漠の中はまさに灼熱って感じなんですけれど、砂漠の周辺地域はそんなでもないんです」

「えーっ、なにそれー」


 マリサの言葉を受けて、丸テーブルにもたれるようにしていたナタリアが身を起こした。不満そうな顔をして口を尖らせる。


「なによー、灼熱の地って聞いていたし、暑い中であいつの着ぐるみ姿見ていたくないからクビにしたのに、暑くないってんじゃ何のためにクビにしたのか分かんないじゃない」

「ま、まあまあ、ナタリアさん」

「我々は冒険者ですから……アレッシア砂漠に魔物を倒しに行くことだって、あるでしょうし」


 またもや周囲の目などお構いなしに文句を垂れ流すナタリアを、レティシアとベニアミンがなだめすかせる。

 それを見やりながら、イバンはぐいとジョッキを干した。全く、この「勇者様」の遠慮のなさは相変わらずだ。


「そうだな。あんな解雇のしかたをした以上、また改めてジュリオを雇いに戻るわけにもいかん。理由が理由だから、別の着ぐるみ士キグルミストを雇うわけにもいかん。今のメンバーで頑張ろうじゃないか、なあ?」


 苦笑しながらジョッキを掲げるイバンに、ナタリアはますます口を尖らせる。しかし年長者であり、付き合いも長い相手のことだ。反論する気持ちはナタリアにも無い。


「むーっ、イバンがそこまで言うなら……あーあ、なんか腹立つー」


 そうぼやきながら、ナタリアはまたしてもジョッキをぐいっと呷った。もうこの一時で何杯のエールを飲み干したことか。あまり酒に強い方でないことは、彼女自身も分かってるはずなのに。


「もう、ナタリアさんってば」

「飲みすぎないでくださいよ、この間みたいに宿までおぶっていくのはイバンさんか私なんですから」


 そうして飲んだくれるナタリアに、レティシアもベニアミンも困った顔をしながらやんわり諌める。

 このやり取りも何度目か。前まではこの中にジュリオも加わって、もう少し強い口調でナタリアの酒乱を諌めていたというのに。

 そのやり取りを見ていたマリサが、ふと、口元を三日月に歪める。


「ふふっ」

「……? どうした、マリサ」


 それに気が付いたイバンが目を見開いて問いかけると、マリサは声をかけた彼の方にそっと顔を向ける。


「いいえ、なんでも」


 そして、また人当たりのいい笑顔で、ふっと笑うのだった。

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