第11話 着ぐるみ士、街を駆ける

「た、大変です!!」


 と、ギルドの扉を開けて、飛び込んでくる人影があった。町の入り口で警備をする衛兵だ。

 その表情は緊迫感に溢れている。ただ事ではないのは間違いない。入り口傍にいるギルドスタッフも途端に焦り顔だ。


「どうしました!?」

「オルネラ山にブラッドグリズリーが出ました! 三頭、町を目指して降りてきます!」


 そして衛兵の口から飛び出した情報に、俄かにギルド内がざわついた。

 血飛沫熊ブラッドグリズリー。血のような赤黒い毛皮と、並みの熊を凌駕する腕力を持つ、熊型の大型魔獣だ。魔物としてのランクはAランク特上級。並みの冒険者パーティーでは、一頭ですら対処にてこずるレベルだ。

 人間を好んで襲って食らうことでも知られており、出現の際には優先して討伐依頼が組まれるほどの魔物である。それが、三頭。

 俄かに慌ただしくなるギルドの内部。イレネオが真剣な表情をしてあごをさすった。


「はーん、こいつは大物が来たな」

「イレネオさん、どうしますか? ブラッドグリズリーとなると、A級じゃないと太刀打ちできません。見たところ、A級は『地を這う熊ストリチアンテオルゾ』の皆さんと、俺しかいないし……」


 きょとんとした表情のリーアの隣で、俺は心配しながら周囲に視線を巡らせる。

 今この酒場にいる冒険者の大半は、B級かC級。A級だと確実に分かるのは、俺以外にはイレネオのパーティーの面々だけだ。

 A級とB級の冒険者が総出でも、苦戦するかもしれない。普通のA級なら・・・・・・・

 事実、困り顔を見せる俺に対し、イレネオはあっけらかんとした様子だった。


「心配は要らないだろ、ルチアーノの旦那に、リーアちゃんに、そして何よりお前がいるんだ。力試しにはちょうどいいだろ」

「あー……まぁ、そうですけど」


 そう言いながら腰のベルトに下げていたナックルガードを手に嵌めるイレネオに、俺は頭を掻きながら返した。

 確かに、俺も、リーアも、なんならルチアーノも、並みの冒険者を軽く凌駕するステータスの持ち主だ。人食いのブラッドグリズリーとはいえ、数値的に見れば敵ではないだろう。

 しかしここのフェンリル親子はともかく、俺は今のレベルと、あのステータスを、ついさっき手に入れたばかりだ。スキルの使い方も、正直まだ分かっていない。

 すがるようにルチアーノに目を向ければ、まるでその場に根っこを生やしたように動こうとせず、ただエールの入ったジョッキを傾けていた。


「そうそう。早めに使い勝手を確認しておいた方がいいよ。いい機会じゃないか、行っておいで」

「ルチアーノさんは行か……ないんですね、その様子だと」

「僕はほら、まだエールがこんなにあるから」


 首を傾げつつ言葉をかければ、彼は手にしたジョッキを軽く持ち上げる。

 なるほど、その中身は半分どころか四分の三は満たされている。これを干して外に魔物を倒しに行こう、というつもりは、最初から無いようだ。

 となると、俺とリーアが動くしかない。厳密に言えば、俺自身が。スキルの使い方が分からなくても、このステータスなら殴るだけで十分強いはずだ。


「分かりました。行くぞ、リーア」

「うんっ!」

「旦那、俺のエールもぬるくなる前に飲んじまってください。行くぞお前ら、仕事だ!」


 リーアに声をかけて、俺は酒場の外に、ひいてはギルドの建物の外に飛び出す。その俺とリーアを追いかけるようにしながら、イレネオも自分のパーティーメンバーに声をかけていた。

 酒場の外に出たところで、俺はしまっていた着ぐるみを展開する。一瞬にして俺の全身は綿と毛皮で覆われ、威厳のある見た目ながらも愛らしい姿の、二足歩行のフェンリル着ぐるみがその場に現れた。


「……よし」

「雄々しいな。さすがはフェンリルってところか?」

「からかわないでください、あくまで着ぐるみですよ……行きます!」


 追いついてきたイレネオが軽い調子で声をかけるのに言葉を返しながら、俺は街路の左手、オルネラ山の方に目を向けた。

 既にリーアはそっちに駆け出している。追いかけるべく地を蹴った、次の瞬間だ。俺の身体が体重を失くしたかのように軽くなる。

 気が付けばギルドの建物は遥か後方。オルニの町の門がみるみる近づき、次に足が地面に着いた時、俺は門の外、既にそこに到着していたリーアの隣に立っていた。

 まるで瞬時に突風が吹き抜けていったかのような出来事に、ギルドの建物の前でイレネオが目を見張る。


「……おーおー」

「イレネオの旦那、今、何が起こったんです……?」

「っていうか、ジュリオ坊はどこ行った?」


 後方からやってきた「地を這う熊ストリチアンテオルゾ」のパーティーメンバー三人は、何が起こったのか認識できなかったようで、辺りをきょろきょろしていた。


「あれがフェンリルの脚だ。世界最速とも謳われる、一日で世界を走破するとも言われるスピードだ。ほら見ろ、あそこ」

「へ……!?」

「い、今の一瞬で、門の外まで行ったんですか、ジュリオのやつ!?」


 イレネオはこちらを指さしながら話していたようで、四人の男が門の外にいる俺達を見ながら騒いでいるのが見える。

 それにしても、優に300ラインは離れているというのに、「地を這う熊ストリチアンテオルゾ」の面々が話す声が俺には普通に聞こえていた。さすがは魔狼の長、耳の良さもすさまじい。こんな夜更けでも周囲が明るく見える目は、前々から持っていたから慣れているけれど。

 人間だった頃とは比較にならないほどの聴力に、俺は呆気に取られていた。


「すげ……軽く駆け出しただけのつもりだったのに、こんなに早く動けるだなんて」

「後ろでイレネオさん達が話している声も聞こえるでしょ? 聴力もフェンリル並みになってるはずよ」

「慣れるまでに時間がかかりそうだな……」


 前と同じように声を出そうとして、着ぐるみの頭の中で反響した声の大きさに、思わず耳を抑える俺だ。隣で笑うリーアが普通の声量で俺に話しかけるが、その声はきっと、人間からしたら囁き声のようなものなのだろう。

 ふとした時に大声を出して、自分で自分の耳をやってしまわないように、気を付けなくては。

 そうこうするうちに、山の方からどんどんと地面を蹴る鈍い音が大きくなってくる。そちらに目を向けたリーアが、小さく呟いた。


「来たよ」


 そう、彼女が言いながら目を向ける先。オルネラ山の方向に目を向けると。

 大きな獣の影が三つ、山から駆け下りてくるのが、確かに見えた。

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