第303話 空巡艇の搬送
一方、ウェルデア市から戻った俺は、依頼人を死なせてしまうという失敗をしてしまい落ち込んでいた。
丁度気分転換に良さそうな魔法薬の材料を集めるという簡単な仕事をしようと決めた。本来ならハンターギルドに依頼し若いハンターに頼むような仕事である。
この魔法薬は白血病の治療に来ている依頼人に使われるもので、今日中に素材を集める必要があるそうだ。
「あっ、ミコト兄ちゃんだ。何処に行くの?」
貧民街が災難に遭った時に引き取ったモルディとファバルの兄弟だ。確か一〇歳と七歳になったはずである。
現在、この二人は趙悠館の道を挟んだ隣にある従業員宿舎で生活していた。趙悠館でちょっとした雑用をこなす他に、伊丹から戦闘技術、俺から魔法について学びながらハンターを目指している。
「南門の雑木林だ。月花桃仁草を探しに行く」
月花桃仁草は中級再生系魔法薬の材料である。白血病の患者であるエリカさんには、浄化系魔法薬を服用させる治療を行っていた。その効果は現れ回復に向かっていたが、問題が起きた。
白血病は血液の癌である。骨髄で血液が作られる際に血液細胞が癌になるのだが、その原因は遺伝子や染色体に異常が起きた為だと考えられている。
遺伝子や染色体に異常が起きた原因は放射線、化学物質、ウイルスなどが有るそうで、その原因を取り除く為に最初に浄化系魔法薬を処方した。放射線の場合は仕方ないが、化学物質やウイルスだった場合、それを取り除こうと処方したものだった。
しかし、浄化系魔法薬は染色体異常を起こしている骨髄の細胞まで浄化してしまい、貧血を起こしてしまう。その為に再生系魔法薬が必要になったそうだ。
俺は一人で雑木林へ行き二匹の足軽蟷螂を倒して月花桃仁草の球根を持ち帰った。
それを使って二人の医師が再生系魔法薬を調合し、エリカさんに投与すると目に見えて状態が良くなり、間もなく宮坂エリカの白血病は完治した。
その知らせを聞いて、俺は喜んだ。落ち込んでいた気分が、少しプラスに転じた。
翌々日、伊丹と一緒に樹海へ向かった仙崎は、ナイト級下位の帝王猿を仕留めて帰った。これで依頼を達成したと俺はホッとした。後は仙崎の為に用意した装備を、彼のホームグラウンドであるクノーバル王国へ届ける必要があるが、ちょっとした旅行だと思えばいいだろう。
仙崎とエリカが日本に戻った後、俺は魔導飛行バギーの工場へと向かった。ドルジ親方とカリス親方の様子を見に行ったのだ。
「おっ、やっと来やがったな」
聞き慣れた大きな声が聞こえ、ドルジ親方が迎えてくれた。
「二台目の空巡艇は完成したの?」
「おう、きっちりと完成した。後はモルガート王子に届けるだけだ」
「良かった。問題なく完成したんだ」
「当たり前だ。……そこで相談なんだが、届ける時に一緒に来てくれ」
「えっ、王都へ行くんですか」
「いいだろ。職人の俺たちだけじゃ心細いんだよ」
「判った。行きます」
クノーバル王国へ行く途中に、王都へ寄ればいいかと考えた。
空巡艇を届けに行くのは、カリス親方と弟子一人、それに俺とアカネという事になった。
アカネは案内人として有名な山崎と一度話をしてみたいそうだ。それにクノーバル王国の食べ物にも興味が有るという事で一緒に行くと言い出した。
俺は改造型飛行バギーで王都まで飛び、アカネは空巡艇で飛ぶ事を選んだ。当然だろう。空巡艇の方が乗り心地がいいのだから。
「クノーバル王国に、どんな食べ物が有るか楽しみです」
アカネはマウセリア王国に存在しない調味料を探したいようだ。工場の試験場に引き出された空巡艇にアカネたちが乗り込み出発した。
俺だけは改造型飛行バギーで後を追う。空の旅は順調で何事もなく王都に到着した。エクサバル城には大きな人工池が有り、空巡艇はそこに着水する。一方改造型飛行バギーは人工池の傍に着陸した。
着陸すると同時に城の近衛兵が駆け寄って来る。俺たちが乗り物から降りると近衛兵により取り囲まれた。
近衛兵の隊長が空巡艇をチラリと見てから、カリス親方に声を掛けた。
「迷宮都市から空巡艇を届けに来られた方ですね」
「そうだ。モルガート王子の空巡艇を運んで来た」
それを聞いた隊長さんがホッとしたような表情を浮かべる。
「良かった。モルガート王子がお待ちです」
近衛兵は俺たちの身元を確認してから、城へと案内した。
エクサバル城は石造りの堅牢な建物で、入るのを躊躇わせるような威圧感が有る。城に入った俺たちは、何故か豪華な応接室に案内され国王と会う事になった。
「久しぶりであるな」
「陛下におかれましては御健勝な御様子……」
「ミコトよ、無駄な挨拶はよい」
迷宮都市から帰る時は元気だった国王が疲れているように見えた。
「王都で何か問題が起こったのでしょうか?」
「モルガートとオラツェルが魔導飛行船レースの勝敗に次期王座を賭けると言い出しおったのだ」
王座をレースの賞品にするなど以ての外だが、第一王子派と第二王子派の貴族は規定の事実であるかのように吹聴し、王都の人々はレースの予想で盛り上がっているそうだ。
そこにバタバタと大きな音がしてモルガート王子が姿を現した。
「陛下、私の空巡艇が運ばれて来たそうですね」
国王がうんざりした顔をして我が子に視線を向ける。
「騒がしいぞ、モルガート」
「申し訳ありません。やっと空巡艇が届いたと聞いたものですから」
モルガート王子は弟のオラツェル王子が空巡艇の飛行訓練を続けているのを知り、空巡艇が届くのを待ちわびていたようだ。
それが漸く届き、操縦法を一時でも早く伝授して欲しくて来たらしい。王子はカリス親方と弟子を連れ出し、空巡艇へ行ってしまった。
残った俺は迷宮都市の近況とミスリル坑道で起きた出来事を話した。
「話を聞く限り、ミコトに落ち度はないようであるな」
「そう言って頂けるのは嬉しいのですが、依頼人を死なせたのは失敗でした」
それから少し雑談し、王の下を離れると人工池の方へ向かった。
空巡艇に入るとモルガート王子が護衛のヤロシュとニムリスと一緒に操縦法を聞いていた。
モルガート王子が離水と着水の練習を何度か行っている時、オラツェル王子の空巡艇が戻って来た。その空巡艇を見て、カリス親方が複雑な表情を浮かべた。
オラツェル王子の空巡艇は、全体が黄金色に塗られ、両翼に王家の紋章が描かれていた。カリス親方が吐き捨てるように言う。
「なんて悪趣味な色に」
モルガート王子も忌々しそうに黄金の空巡艇を見て呟く。
「オラツェルの奴め、いい気になりおって」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます