第276話 竜殺しの犯罪者

 日付を数日戻し、ミコトが城島と一緒に転移した頃。

 駐屯地の司令官であるベニングス少将は目の前の人物を見て頭を抱えそうになった。少将の前に立っているのはハリウッドの近くで街のチンピラ一〇人以上を殺したマイルズ・スタンホープである。


 何故、犯罪者である彼がここに居るか。全てベニングス少将がクラダダ要塞遺跡に度々現れる竜王ワームを倒せる戦力を送れと要請したからである。


 アメリカ本国は竜王ワームを倒せる戦力と聞いて苦慮したようだ。そこで恩赦を条件にマイルズを刑務所から出しクラダダ要塞遺跡のプロジェクトに協力するよう約束させたのである。


 元々マイルズはアメリカ海軍特殊部隊の猛者で、両親が交通事故で亡くなったのを機に海軍を辞め、案内人の助手となったらしい。


 助手をしながら腕を磨き、属竜種である氷雪竜を倒すほどの実力を身に付けた。もちろん、マイルズが一人で氷雪竜を倒した訳ではない。現地で知り合ったハンターたちと一緒に倒したのだ。


 前回の調査で生き残ったアメリカの荒武者チャールズのマイルズに対する第一印象はかなりの自信家だというものだった。自分は必ず生き残り勝利を手にすると考えているようだ。


 少将の執務室にチャールズとマイルズ、オーウェン中佐が呼ばれた。

「君にはクラダダ要塞遺跡の竜王ワームを倒して貰う。それだけの実力が有ると聞いているが、間違いないね」

 マイルズは不敵な笑みを浮かべ。


「属竜種だって倒したんだ。竜王ワームくらい訳もない」

 少将はマイルズが自信有り気だったので任せようと決めた。

「それより武器と防具は揃っているのか?」


 オーウェン中佐が抓裂竜の素材から作った装備が有ると説明すると。

「ほう、そいつはいい。俺が自分で揃えなきゃならないかもしれんと心配していたんだ」

 マイルズはグレイブを使うらしい。


 少将がマイルズに尋ねた。

「竜王ワームと戦った経験は有るのかね?」

「無い。でも、高がデカイワームだろ。俺の攻撃魔法で仕留めてみせる」


 チャールズはマイルズがどんな神紋を持っているのか知らなかったが、確実に第三階梯神紋を持っていると確信した。


「ところで、クラダダ要塞遺跡の調査はどこまで進んでいるんだ?」

 オーウェン中佐が顔を顰め応える。

「まだまだ最下層も完全に調査が終わっていない状況だ。竜王ワームが遺跡内部に入って来るので安心して調査が出来んのだ」


「なるほど……地獄トカゲも居ると聞いたが?」

「ああ、地獄トカゲはチャールズとビョンイクが中心となって始末した。魔導飛行バギーを使って上空から叩いたのだ」


 魔導飛行バギーと聞いてマイルズが興味を示す。

「ここには航空機が有るのか」

 チャールズがちょっと首を傾げてから、

「たぶん想像しているものとはちょっと違うと思うが、日本の案内人から購入したものが二台有る」


「ふん、日本のね。異世界で航空機を初めて開発するのはアメリカだと思っていたが、日本に遅れを取ったんだ」

 その言葉を聞いて、少将は複雑な顔をした。


「まあ、航空機の分野では遅れたが、我々はクラダダ要塞遺跡で装甲車を発見したからね。自動車に関しては一番に成れるんじゃないか」

「へえ、クラダダ要塞遺跡にはそんなものが有ったんだ。国が調査プロジェクトに力を入れる訳だ」


 翌日、マイルズは装備を支給され慣れる為に、チャールズと一緒に狩りに出掛けた。対象はぶちボアやコボルトである。


 ぶちボアに遭遇したマイルズは突進してくる魔物の前に立ち塞がり、ギリギリまで避けずに待ち寸前で飛び退きざまグレイブの刃をぶちボアの首に叩き込んだ。


 かなり危険な戦い方だったが、マイルズの顔には楽しげな表情が浮かんでいた。抓裂竜の爪で作られたグレイブはマイルズが思っていた以上の切れ味を示し満足した。


「このグレイブは気に入ったぜ。抓裂竜は誰が倒したんだ?」

「魔導飛行バギーを開発した案内人のミコトたちと俺だよ」

「ミコトとかいう案内人は優秀な奴らしいな」


「ああ、彼らだけで崩風竜を撃退しているからね」

 マイルズは獲物を見付けた狼のように目を輝かせた。


 数日後、オーウェン中佐とマイルズ、チャールズ、ビョンイクの四人が組んで竜王ワーム退治に向った。二人の兵士が操縦する魔導飛行バギーに分乗し駐屯地を離れるとクラダダ要塞遺跡へと飛ぶ。


「へえ、こいつはいいな」

 マイルズは魔導飛行バギーが気に入ったようだ。

「着陸する」

 操縦している兵士が声を上げた。遺跡の手前に在る草原に着陸した。


「もう少し遺跡の近くに着陸しろよ」

 マイルズが文句を言った。

「駄目なんですよ。崩風竜が居なくなった後、遺跡の上にワイバーンの群れが住み着いたらしくて、魔導飛行バギーで近付くと襲って来るんです」


「ハッ、崩風竜の次はワイバーンか。この遺跡はよっぽど魔物が住み易いようだな」

 それを聞いたチャールズは苦笑いを浮かべた。研究者の中には魔物を引き寄せ制御する装置のようなものが有るのではないかと疑っている者もいたのを思い出した。


 地上を移動するだけならワイバーンは襲って来ない。魔物を制御する装置が有るとしたら、まだ完全にワイバーンたちを従えられずにいるようだ。


 遺跡の中に侵入したチャールズたちは地獄トカゲと遭遇した。

「地獄トカゲは始末したんじゃなかったのかよ」

 マイルズの言葉にチャールズが応える。


「始末したのは草原にいるトカゲ共だけだ。だが、遺跡に残っている地獄トカゲは少数だと予想している」

「何故、少数だと?」


「遺跡の中には地獄トカゲの食料がない。ほとんどの奴らは草原に逃げ出したはずだ」

 オーウェン中佐以外はリアルワールドを代表する猛者たちである。少数の地獄トカゲなど容易く排除し調査を進めた。


 目的が竜王ワーム退治なので、まずは竜王ワームの進入路を確認しなければならない。地獄トカゲと竜王ワームが這い出て来た大きな穴が存在する倉庫に行く。


 広い倉庫の中央には巨大な穴。その周りにはスライムが這い回っていた。

「ここか……竜王ワームが出て来たって言う穴は?」

 マイルズの質問にビョンイクが頷いた。


「居るな……この奥に化け物が居るようだ」

 マイルズが嫌な笑いを浮かべ、右の手に魔力を集め始めた。その途端、周囲の空気が冷たくなった。


「ハッ」

 気合を発したマイルズの右手から大気までも凍りつくような極寒の暴風が生まれた。冷気の塊である風は穴に飛び込み、その先に居る竜王ワームにダメージを与える。


 ビョンイクは驚いた。マイルズが無詠唱で攻撃魔術<暴風氷ブリザード>を放ったのに気付いたのだ。

 だが、驚いている場合ではなかった。地面が揺れ穴の出口に向かって巨大な魔物が移動して来る気配が足元から伝わって来る。


「移動するぞ」

 マイルズが大声を上げると通路へ後退する。チャールズたちは慌てて後を追った。全員が懸命に通路を走る。後ろには竜王ワームが通路の壁に身体をぶつけながら迫って来る気配が感じられる。


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