第262話 崩風竜との戦い3

 俺がハブられたのかと悩んでいる時、伊丹は上空を旋回する崩風竜を見てから薫の方を見た。


 伊丹の視線を受け、彼が何を言いたいか薫は判った。最後に放った<崩岩弾>がどういう意図で放ったものなのか問いたいのだ。


「しょうがないでしょ。あのままだったら遺跡調査チームが追撃を受けて、また死人が出たのよ」

 <崩岩弾>の攻撃は、崩風竜の敵意をこちらに向けさせる為のものだったらしい。


「文句はござらんが、仲間を見捨て逃げるような奴らに、情けは無用でござる」

 珍しく伊丹は怒っているようだ。


 伊丹は俺のより大き目の魔導ポーチから竜閃砲を取り出した。最初から使わなかったのは、崩風竜の戦闘パターンを知っていないと命中しないだろうと思っていたからだ。

 序盤の戦いで崩風竜の戦闘パターンは判ったので、狙えそうだと思い取り出したのだ。


 崩風竜が俺たち目掛けて急降下を開始した。今度もアメリカ人荒武者たちを仕留めた空気を圧縮した塊を投下して来た。


 伊丹が降下中の崩風竜に竜閃砲を向ける。伊丹は竜の胸の辺りに照準を合わせているようだ。


 崩風竜が巨大な翼を羽ばたき上昇を開始しようとした瞬間、竜閃砲の引き金が引かれた。砲身から青白い光の帯が上空へと伸び、崩風竜の尻尾を掠めた。


 竜の鱗に覆わさた尻尾の一部が高温で焼け炭化する。崩風竜は痛みに悲鳴を上げた。


 一方、崩風竜が放った圧縮された空気の塊は、俺たちの近くに着弾し爆散する。その衝撃は俺の結界で防いだが、もう少しで結界を破られるほど強烈だった。


「実戦は、やはり違うようでござるな」

 崩風竜の移動速度が速く、狙いが逸れたようだった。


 上昇した竜は俺たち目掛けて威圧の咆哮を放った。単なる音のはずなのに結界がピリピリと震え咆哮に秘められたエネルギーの凄まじさを感じさせる。


「結界は大丈夫なの?」

 薫が心配そうな顔で尋ねる。

「ああ、咆哮くらいじゃ破れない。だけど、空気の爆弾は危なかった」

「あれは<気槌撃エアハンマー>を何十倍にでもしたような攻撃魔法ね。竜でなきゃ放てない魔法よ」


 その時、成層圏の光翼による太陽光のチャージが完了した。

「こっちの用意が終わった。いつでも狙い撃てるから」

 薫が俺と伊丹に告げた。

「よし、本格的な狩りを始めるぞ」

 俺は気合を入れ直した。


 反撃開始の合図として、俺は<魔粒子凝集砲マナコヒージュンキャノン>を撃ち上げた。

 青く輝く魔粒子凝集弾がヒュルヒュルと打ち上げ花火のように上空へと上がり、旋回する崩風竜の近くで爆発を起こした。


 爆風が崩風竜を痛め付け、巨大な飛竜は錐揉み状態になって落下を始める。だが、すぐに巨大な翼を羽ばたかせ水平飛行に戻った。崩風竜が怒りの咆哮を放つ。


 俺は<魔粒子凝集砲マナコヒージュンキャノン>でも行けるんじゃないかともう一発放った。だが、上昇して来る魔粒子凝集弾を見て崩風竜が大きく避けるように飛行進路を変更する。


 魔粒子凝集弾は爆発したが、崩風竜には何のダメージも与えられなかった。

「やっぱり、魔粒子凝集弾じゃ奴を捉えられないのか」

 属性竜ほどになると人間並みに賢いようだ。


 崩風竜が上空から舞い降りて来た。

「今度は私に任せて」

 薫が神紋杖を崩風竜に向けながら言い放った。


 神紋杖の先からは指向性の有る魔力波が放射され始めた。魔力波は竜に命中し上方へと反射される。その魔力波を成層圏の光翼がキャッチした。

 光翼は姿勢制御し光翼砲の照準を崩風竜に向ける。


「発射!」

 薫の気合と同時に上空の雲を突き抜け眩しい光の柱が崩風竜の巨大な翼を貫いた。


 左の翼に穴が開き、竜の巨体が錐揉みしながら落下を始めた。崩風竜は必死に羽ばたくが、穴の開いた翼では効果が薄かった。


 俺たちの近くに地響きを立てて落下し樹木をへし折りながら転がって行った。周りに土埃と木葉が舞い上がり、一時的に視界が悪くなる。その中で竜が足掻く音と唸り声が聞こえて来る。


 土埃と木葉の舞いが収まると白いたてがみを振り乱し怒り狂っている崩風竜の姿が見えてきた。空の覇者である自分を地面に叩き落とした奴らに復讐しようと蛇の眼に似た巨大な眼で周囲を見回す。


 俺たちの姿に目を留めた巨大な飛竜がドンと跳躍し、結界目掛けて前足の爪を振り下ろした。

「逃げろ!」

 俺は薫の手を引き逃げ出した。あの巨体から繰り出された一撃を結界で受け止める自信が無かったのだ。


 素早い判断のおかげで爪を躱すのに成功した。崩風竜の爪は地面を抉り、そこに有った切り株を切断して辺りに撒き散らした。本当に兇悪な破壊力である。


 何とか凶悪な爪の攻撃を避けた俺たちは、素早く距離を取る。伊丹が竜閃砲を構え、崩風竜に狙いを付け引き金を引く。青白いビームが巨大な飛竜の首に命中し貫通する。


 竜の口から血が吐き出された。空に逃げようと羽ばたくが左翼に穴が開いている状態では上手く飛び立てず、バランスを崩して横倒しになった。


 俺はチャンスだと感じ走り出す。絶烈鉈を取り出し魔力を流し込んで絶烈刃を伸ばすと無防備な竜の胸に突き入れる。絶烈刃がズブリと竜の胸に埋まり心臓まで届いた手応えを感じた。


 激痛を感じた竜は凄まじい勢いで暴れ、翼の動きで生じた強烈な風が俺を吹き飛ばした。五メートルほど飛ばされ地面を転がり立ち木にぶつかって止まった。


 薫が駆け寄り助け起こしてくれた。

「大丈夫なの?」

 俺は身体を動かし骨に異常がないのを確かめて頷いた。


「心配を掛けないでよ。止めなら、距離を取ってから<魔粒子凝集砲マナコヒージュンキャノン>を使えば良かったじゃない」

 俺は照れ臭そうに笑い。

「つい反射的に身体が動いてたんだよ」


 そこに伊丹の鋭い声が響く。

「二人とも仕留めた訳ではござらんようですぞ」

 崩風竜は暴れるのを止め、俺たちを睨みながらジッとしていた。


 翼に開いた穴がゆっくりとだが塞がろうとしていた。首と胸の傷も同様である。驚嘆すべき生命力だった。

「一気に仕留めるぞ」

 俺が宣言すると薫は光翼の準備を始めた。


 まず、伊丹の竜閃砲が崩風竜の胸を抉り、次に俺の<魔粒子凝集砲マナコヒージュンキャノン>が腹に命中し爆発した。それでも崩風竜は死ななかった。薫が竜の頭を目掛けて攻撃するよう光翼を操作する。


 強烈な光の柱が雲を突き破り現れ、崩風竜の頭が炎に包まれた。時間は一〇秒ほどだったが、その一撃で巨大な飛竜は息の根を止めた。


 崩風竜の死骸から非常に濃密な魔粒子が放たれ始めた。それを吸収し始めた薫が気分が悪くなり、地面に膝を突くと気絶した。俺は薫を抱きかかえて魔粒子の吸収を続ける。身体がサウナに入っているかのように熱くなり始めていた。


 俺と伊丹は地面に座り込んだ。

「二度目でも『竜の洗礼』はきつい」

「拙者もでござる」


 俺の身体の細胞が魔導細胞に変換されるのを感じた。二度目の『竜の洗礼』で全筋肉細胞の半分以上が魔導細胞となりそうだ。


 それだけでは無かった。魔粒子は脳細胞にも影響を及ぼし、脳細胞の一部が特別なものへと進化する。

 高密度の魔粒子や魔力が脳内に流れ込み、それに適応しようと脳が覚醒を始めたのだ。普通こういう変化は時間を掛けゆっくり起こるものだが、俺たちを取り巻く状況が変化を促した。


 俺と伊丹は三〇分ほど耐えていただろうか。崩風竜から放出される魔粒子は途絶えていた。俺の腕の中にいる薫は眠っているように穏やかな顔をしている。


 俺は自分の肉体や脳に変化が有ったのを感じたが、それを確かめる時間が今はなかった。

「さて、これからどうしましょうか?」

 俺は伊丹に相談した。


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