第244話 魔導迷宮二階

 『千の蒼鬼』が二階に向かってから一〇分ほどして、俺たちも二階に上がった。二階も迷路のような通路が続いていた。少し歩くと前方に落とし穴が口を開けているのが目に入る。『千の蒼鬼』たちが見破ったのだろう。


 誰かが戦っている音が聞こえた。慎重に進むと『千の蒼鬼』のメンバーが歩兵蟻と戦っている。


 彼らの武器は戦槌・ウォーアックス・大剣二人・神紋杖である。意外にもゴリラ顔のリーダーは神紋杖を持っている。


 彼の自慢話からリーダーのボルゲルで、自称超優秀な魔導師だと判明していたが、大きな盾と神紋杖を持つ姿は魔導師のイメージから遠く離れており、神紋杖が棍棒に見える。


「ガハハハ……身の程知らずの蟻どもが」

 『千の蒼鬼』たちは俊敏な動きであるが力任せに歩兵蟻を叩き伏せ、切り裂いている。防御は盾を上手く使っている。かなりのパワーファイターらしい。


 手を出さずに見守っていると程なく戦闘が終了した。『千の蒼鬼』の圧勝である。ボルゲルが俺たちを見て、不機嫌そうな顔で剥ぎ取りを始めた。


 俺たちが黙って脇を通り過ぎようとするとボルゲルが呼び止めた。

「貴様ら、礼儀がなってねえな」

 首を傾げ納得出来ないという顔をすると。


「先輩が勉強になる戦闘を見せてやったんだ。礼ぐらい言わねえか」

 薫とアカネが呆れた顔をしている。伊丹は不快そうにジロリと奴等を睨んだ。


 大剣を持つ蟷螂顔の男が不機嫌そうな顔をして、

「なんだ……その眼は」

 他のメンバーも剣呑な眼に変わる。


「兄貴、こいつらもしつけが必要なんじゃねえか」

「そうだな」

 ハンターはギルドに所属していても、それぞれが独立しており、他のハンターの活動には口出ししない不文律がある。


 パーティを組んでいるのならまだしも、別のパーティのメンバーに躾がどうのと言う時点でおかしな話だった。相手は同じハンターで子供ではないのだ。しかも理由が馬鹿げたものである。


「お前ら……こいつは躾だ。盾も武器も使うなよ」

 そう言うと盾と武器を置き、蟷螂顔が近付いて来た。


「止めろ」

 冷静な声で制止するが、蟷螂顔は構わず殴り掛かって来た。その動きは早く並のハンターでは避けきれないだろう。


 その拳を手で払い防御する。蟷螂顔がムッとした顔になり連続で拳を繰り出す。その攻撃は段々と速くなり、普通の人間では目で追えないほどになる。


 だが、相手が悪かった。そのことごとくを手で払い、攻撃が止まった瞬間、相手の腹に前蹴りを入れ蹴り飛ばす。残りのメンバーが怒りの声を発して俺と伊丹に襲い掛かった。一度叩きのめすと奴等は武器を手に持った。


「馬鹿な真似は止めなさい」

 アカネが制止の声を上げる。奴等の耳には聞こえていないようだ。武器を出されたからには本気を出すしかなかった。


 躯豪術で溜め込んだ魔力を手足に流し始める。大剣を持つ蟷螂顔の懐に飛び込み、俺の拳が細い顎に命中し脳を激しく揺さぶった。蟷螂顔はクタッと倒れる。


「やりやがったな!」

 ウォーアックスを持つ男が襲い掛かって来たので、邪爪鉈を取り出し柄の部分を切断する。驚いた顔をする男には回し蹴りを脇腹に叩き込んだ。


 伊丹の方を見ると二人の男を倒し、最後に残ったボルゲルと戦っていた。

「クソッ、こんな狭い場所でなかったら、首長黒竜を倒した<渦雷嵐ストームサンダー>を御見舞してやるのに」


 ボルゲルは『天雷嵐渦てんらいらんかの神紋』を持っているようだ。<渦雷嵐ストームサンダー>の威力は使った者の力量にも依るが、首長黒竜にダメージを与えるだけの威力を持つ。但し、仕留めるまでの威力はない。

 麻痺させるだけの威力は有るので、麻痺させた後、皆で仕留めたのだろう。


 馬鹿な事を言っている。そう伊丹は思ったようだ。広い場所だったとして、この接近戦では魔法は使えない。目が笑い、纏っている気配が少し柔らかくなる。


 それでも油断はせず、神紋杖で殴り掛かるのを躱し掌打を胸に当てた瞬間、腰をクイッと捻る。


 強靭な鎧の上から特殊な技を発したようだ。『鎧徹し』と呼ばれる技法で鎧越しに衝撃力を肉体内部に送り込んだのだ。


「ううっ」

 ボルゲルが苦しそうに息を漏らし崩れるように膝を突き倒れた。魔物相手なら強いのだろう。しかし、人間相手に戦う技術は持っていないようだ。


 五人が通路の床に蹲り俺と伊丹を見上げた。

「あんたら何者だ?」

 薫が誇らしそうに俺に横に並ぶ。


「あんたたち、灼炎竜を倒したミコトと伊丹さんを知らないの」

「げっ」

 男たちは驚いた顔をしてから、血の気が引き顔を青褪めさせた。慌てたように、男たちは土下座をする。


「申し訳ありませんでした」

 この世界にも土下座が有るんだと初めて知った日だった。その後、ボルゲルたちは反省し、ミコトたちに難なく倒された話を広めたので、ミコトと伊丹の名声は更に高まった。


 ボルゲルたちと別れ、先に進んだ俺たちは二階を探索し幾つかの罠とゴブリンや足軽蟷螂に遭遇し撃破した。


 二階には特別なものはなく、三階に上がる階段を見付け登った。以前から疑問に思っていた事が有る。元は人が住んでいた遺跡のはずなのに、階段がバラバラの位置に存在するのは不便だったはずだ。


 短距離転移門の発見で住人は階段を使わず転移門で移動していたのが判明しスッキリした。エリュシス人にとって階段は非常時のみに使われるものでしかなく、セキュリティーの関係でバラバラに配置されたようだ。


 三階は迷路のような通路ではなかった。広大な空間が五つあり、油椰子トレントと昆虫系魔物の巣窟となっていた。


 昆虫系魔物は突撃バッタや大きな蜘蛛の類で比較的弱い魔物だった。だが、油椰子トレントは厄介である。太い幹から鞭のような蔓を伸ばし、強烈な鞭攻撃を行うのだ。しかも蔓には針のような尖った棘が有り、叩かれると身体に穴が開いた。


 そして、最も厄介なのが、幹の先端に付いている小さな椰子の実を蔓を使って投擲する攻撃である。この椰子の実は焼夷弾のようなもので、命中すると中に入っている揮発性の油が爆発する。


 幸いにも<遮蔽しゃへい結界>が有るので、俺たちに対する脅威度は低いが、普通のパーティだと不意に焼夷弾のような椰子の実を喰らい、危機に陥る事も有る。


 結界を張り、三階の奥まで進む。途中、油椰子トレントの焼夷弾攻撃に遭ったが、結界が弾いたので被害はなかった。ただ周りが火の海となったので、大急ぎで逃げ出すしかなくなった。


 俺たちは階段の近くまで来て立ち止まった。階段の前に巨大な蜘蛛が待ち受けていたのだ。全長が四メートルほどで姿は金剛蜘蛛と似ている。


 ただ金剛蜘蛛なら体表に生えている毛が金色のはずなのだ。この蜘蛛は真っ赤な色をしている。たぶん、金剛蜘蛛の亜種なのだろう。


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