第152話 金毛の魔物
翌朝早くから勇者の迷宮へ伊丹と薫と一緒に潜った。第十一階層へ直行する階段を下り砂漠エリアへと進む。魔光石は第九階層と第十五階層に有ると迷宮ギルドの職員から教えて貰ったので、今回は第十五階層を目指す事にした。
第十五階層には浄化系魔法薬の材料となるジュレウル草があり、それの採取を医師の鼻デカ神田に頼まれたのだ。今度の患者には浄化系魔法薬が必要なのだと言う。
砂漠エリアは爆裂砂蛇の居るポイントである。伊丹が魔導バッグが欲しいと言っていたので、出来るなら爆裂砂蛇を狩って奴の胃袋を手に入れたい。
「この雰囲気は久し振り。気合が入って来たぁ」
薫はバジリスクの革鎧を装備し腰には『神紋補助杖』または『神紋杖』と呼ばれる杖を差し、予備の武器としてホーングレイブを持っていた。
砂地をうろちょろしている砂漠大鼠を薫が<
俺と伊丹は得物を手に前に出て魔物と相対する。鎌首をもたげた大蛇は高さ三メートルの所に頭が有り、俺たちを見下ろしている。頭がゆらゆらと揺れ、今にも襲い掛かって来そうで怖い。
蛇という生き物には人間が恐怖を抱く何かが有る。特に巨大な蛇に相対すると腹の底から恐怖が湧き起こる。蛇をペットにしているような人でも爆裂砂蛇と向き合えば恐怖を感じるに違いない。
俺は恐怖を押し殺し襲って来た大蛇の頭に<
伊丹が豪竜刀の斬撃を放ち大蛇の首に傷を負わせる。大蛇は警戒するように横に移動しながら、なおも俺たちを食い殺そうと狙っている。
後ろに居た薫が聞いた事のない呪文を唱えている。新しく開発した応用魔法なのだろう。
「フォジリス・ドノバルス・バゼラルード……<
大蛇の頭上に大気が集まる流れが発生し空気が圧縮されていく。圧縮し強固に固められた空気が凄まじい速さで大蛇の頭目掛けて落ちて来た。それは巨大なハンマーが打ち下ろされたかのような威力を発揮する。
大蛇の頭に命中したエアハンマーはその頭を押し潰し脳にダメージを与えた。大蛇は脳震盪を起こしたようでクタッとする。
<
「カオル、ストップ。伊丹さん、<
「承知したでござる」
伊丹は呪文を唱え始める。俺は爆裂砂蛇の復活を警戒しながら魔物を見張る。
薫は何故止められたのだろうと首を傾げていたが。
「あっ、そうだ。死ぬと爆発するんだった」
薫は今になって爆裂砂蛇の特性を思い出したようだ。伊丹は<
蛇腹のように折り畳まれている黒い胃袋を取り出し洗浄してから魔導バッグに仕舞った。この胃袋を使えば、俺が使っているものと同じくらいの容量を持つ魔導バッグが作れるだろう。
少し休憩してから砂漠を進むと小さな爆裂砂蛇がうじゃうじゃと現れた。どうやら爆裂砂蛇の繁殖地が近くに有り子供の爆裂砂蛇が巣から這い出て来たらしい。
「小さいけど爆裂砂蛇だよね?」
薫が自信なさげに尋ねる。俺は蛇皮の模様を確認し『そうだ』と答えた。
「胃袋も小さいそうでござるな。無視すべきだと思いますぞ」
伊丹が意見を言った。俺もそうだなと思ったが考え直した。
「いや、出来るだけ多く狩ろう。小さな魔導バッグとかでも使い道は多そうな気がするんだ」
「例えば?」「どのような?」
薫と伊丹が同時に尋ねた。
「そうだな。見掛けより大量に入る巾着袋とか。大量の水を入れられる水筒とか」
なるほどと二人は感心する。
その後、三人で十四匹の小さな爆裂砂蛇を狩り胃袋を手に入れた。胃袋は中型リュックほどの容量は有るが、魔導バッグにした場合ベルトポーチ程度に折り畳めそうである。
俺たちは砂漠エリアを抜け、第十二階の岩山がある階層へと下りた。この階層で、薫が張り切った。『
そして、第十三階層へ下りる階段を発見した。第十三階層は、熱帯のジャングルのようなエリアだった。背の低い樹木と名も知らぬ草が壁のようになって生い茂っている。しかも全部が緑ではなく紫色なので違和感が強烈である。
ギルドの資料に依ると、ここには様々な虫系魔物が生息しているとあった。特に危険なのが金剛蜘蛛である。ルーク級上位の魔物であるが防御力だけならナイト級中位に匹敵する魔物であり、全長四メートルもある巨大蜘蛛で全身が金色の毛で覆われている。
その毛が厄介で金色の美しい毛なのだが、鋼鉄の刃をも撥ね返す強靭な毛で威力の有る武器を使わないと仕留められない。
俺たちは下へと続く階段を探して密林に分け入る。ここでは突撃バッタや足軽蟷螂と遭遇したが幸運にも金剛蜘蛛と遭遇する事なく階段を見付け第十四階層へと下りる。
階段を下りる時、薫が背後の密林を振り返り。
「最後まで金剛蜘蛛とは遭わなかった。私に恐れをなして逃げたのね」
冗談だとは思うが、そう
「これでフラグが立ったな」
俺が告げると薫がまさかと言う顔をする。
第十四階層に下りた。ここも紫色の密林エリアで嫌な予感がした。密林を進み始めてすぐに金剛蜘蛛二匹と遭遇した。俺は非難するような視線を薫に向ける。
「偶然よ。私の所為じゃないわよ」
慌てて否定する薫を見て、伊丹が笑う。
四メートルもある化け物蜘蛛二匹は脅威である。この蜘蛛は大きいのに素早い動きをした。
二匹の蜘蛛は俺たちの周りを素早く回りながら、襲い掛かる機会を窺っている。一匹が伊丹に襲い掛かる。その毒牙を素早く避けた伊丹が豪竜刀の斬撃を放つ。だが金色の毛が邪魔で大きなダメージを与えられない。
「ムムッ、あの金毛は厄介でござる」
伊丹が珍しく愚痴のような言葉を零す。
薫が精神を集中し<
躯豪術で魔力の循環を始め邪爪鉈にも魔力を流し込んだ俺は、蜘蛛の足に鉈の刃を撃ち込んだ。だが関節部分も金毛に覆われている為ダメージが分散される。
金毛には魔力を打ち消す力も有るらしく邪爪鉈に秘められている源紋の力も大部分は無効にされているようだ。
蜘蛛の足が俺の身体を薙ぎ払おうとする。ステップして躱すが、足の突起が横腹を掠める。バジリスクの革鎧が防いだので無傷だったが危なかった。
「下がって!」
薫の声に俺と伊丹は飛び下がる。次の瞬間、頭上のエアハンマーが大気を切り裂いて落ちた。エアハンマーは金剛蜘蛛に命中した途端、魔法が打ち消され圧縮されていた空気が爆発するように膨張する。
エアハンマー本来の威力ではないが、急激に膨張する空気の塊は金剛蜘蛛にダメージを与えた。薫が用意したエアハンマーは九個、それぞれが交互に二匹の魔物に向け隕石のように落下する。かなりのダメージを与えたが、致命傷にはなっていない。
それから少しずつ金剛蜘蛛の体力を削り、一時間ほどして二匹の金剛蜘蛛に止めを刺した。
「ハアハア……きつかった」
「本当よ。こっちが死にそうになった」
俺も薫もバテバテである。伊丹も息を荒げている。少し休憩してから魔晶管を剥ぎ取ると大きな魔晶玉が見付かった。最後に金剛蜘蛛の金毛を刈り取り魔導バッグに仕舞う。この魔力を打ち消す金毛は何かに使えそうだ。
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