第137話 魔光石の秘密
ムアトル公爵がアカネの料理に満足してくれたようなので、同席していた俺はホッとした。公爵の相手はヤロシュとダルバル爺さんがしてくれるようなので、俺と伊丹は気楽に食事を楽しみ始めた。
ヤロシュはムアトル公爵に酒を勧め、自らもよく飲んだ。二時間ほど過ぎた頃には、ムアトル公爵がベロベロに酔っていた。
その時、ヤロシュが怪しい動きをするのを俺は見た。ムアトル公爵が使っている杯の中に何か薬みたいなものを入れたのだ。
テーブルの東側の真ん中にムアトル公爵が座り、その両隣にヤロシュとダルバル爺さん。俺と伊丹が向かい側の席に座っていたので、ヤロシュが薬を入れたのに気付いたのは俺だけだったかもしれない。
ヤロシュがムアトル公爵の杯に太守館から持って来た酒を並々と注ぐ。俺が止める暇もなく公爵はグイッと飲んでしまった。
俺は肝を冷やしたが、公爵は苦しむ様子もなく一層陽気になったようだ。
「公爵様、どんな用が有って迷宮都市に来られたのです?」
ヤロシュが尋ねる。
「買い物だと言ったであろう。魔光石を買いに来たのだ。知っているか、魔光石は魔導飛行船を動かす
ヤロシュが酒に盛ったのは自白剤のようなものだったらしい。ムアトル公爵は自制心を失くしたようでべらべらと機密事項を喋った。
その話を纏めると、魔光石は迷宮に生えている苔が魔粒子を吸収し特殊な粘液と混ぜて結晶化させたものらしく。魔粒子が薄い場所だと魔粒子が抜けて崩壊するのだと言う。
その崩壊を止めるのがカザイル王国でも極秘扱いになっている特殊金属で、その正体に興味がなかったらしい公爵は詳細を知らなかった。そして、更に重要な情報を公爵から聞き出した。
魔光石の兵器化である。ある補助神紋図を刻んだ魔晶玉を使って攻撃魔法を発動させる兵器のようである。
カザイル王国では幾つか試作品が完成しており、『紅炎爆火の神紋』の応用魔法に有る<
それを聞いたダルバル爺さんとヤロシュは顔を青褪めさせていた。
そして、何故、態々迷宮都市に来て魔光石を買うのかと訊く。カザイル王国にも迷宮は存在し、そこでなら魔光石を採掘出来るからだ。
答えは簡単だった。需要に供給が追い付かなくなっているそうなのだ。様々な魔導機関に動力源として使われている魔光石は今までも不足気味であった。それが兵器転用が可能だと知った国は管理を厳しくしたらしい。だが、それを知った近隣諸国が怪しみ出し、兵器化の秘密を探り出した隣国は魔光石を禁輸品に指定した。
結果、益々魔光石が不足したのを憂慮したカザイル王国の重臣は、魔導に関して後進国である国々から魔光石を密輸する事を計画しているらしい。
正式に輸入すればいいと思うだろうが、そうすれば他国にも知られ奪い合いになるのは必定だろう。
魔光石について喋り尽くした公爵は、完全に酔い潰れてしまった。
俺はダルバル爺さんが沈痛な様子で考え込んでいるのに気付いた。同盟国とはいえ他国が強力な兵器を開発したと知ったのだ。気楽に酒を飲んでいる場合では無いのだろう。
ヤロシュも酔い潰れて寝てしまった公爵に冷たい視線を向けている。
「新兵器を開発したカザイル王国はどうすると思いますか?」
ヤロシュがダルバル爺さんに尋ねた。
「同盟国であるカザイル王国は密輸くらいだが、他の魔導先進国はどうであろう。魔光石が戦略上重要な物なら、それを産出する土地を支配したくなるだろうな」
ダルバル爺さんの答えに、ヤロシュが考え。
「迷宮は数多く有るが、古い迷宮でしか魔光石は産出しないと聞いているぞ。そうすると我が国では迷宮都市の近くに在る三つの迷宮とモルガート殿下が選士府の宣言をされたミュムルの近くに在る『虫の迷宮』だけじゃないかな」
俺はよく知ってるなと感心する。ただ、カザイル王国との国境に近い交易都市ミュムルの傍に魔光石を産出する迷宮が在るという情報に不安を覚えた。
ヤロシュとダルバル爺さんが公爵を抱えて帰ると俺はエヴァソン遺跡の整備を早める事にした。この国が戦争に巻き込まれた時、逃げ場所を確保しておこうと思ったのだ。
まずはダルバル爺さんと約束した製塩所を作り、エヴァソン遺跡の所有権を確保しよう。
翌日、リカヤたちと一緒にエヴァソン遺跡へ向かう。リカヤたちは烏賊釣りに行くらしい。オリガも一緒に来た。友達となったルキが行くので行きたいとお願いされたのだ。
シーフ坑道を通ってエヴァソン遺跡に到着すると、犬人族たちは頼んでいた塩田候補地の整備に出掛ける所だった。俺も同行する事にした。オリガはルキと一緒に烏賊釣りに参加すると言うのでリカヤに世話を頼んだ。
二〇人近い犬人族たちはツルハシやシャベル、斧などの道具を持って海岸沿いに南下する。道具は俺が迷宮都市で買って運んで来たものだ。三〇分ほど歩いて昨日見付けた塩田の候補地に到着する。
俺は海岸近くの平地を指差しムジェックに告げる。その場所は樹が疎らに生い茂り、草が地面を覆い尽くしている場所だった。
「里長、ここなら良い塩田が出来ると思うんだ」
ムジェックは海との距離を目測し頷いた。
「問題は海から来る魔物をどうするかですな」
「それは考えた。近くの岩場から岩を持って来て石垣を作るつもりだ」
それを聞いたムジェックは、「う~ん」と唸って考え込む。岩をここまで運ぶのにどれほどの時間と労力が必要か考えているのだろう。
「心配するな。俺が岩を運んで来るから、皆は疎らに生えている樹を切り倒して根っ子を引っこ抜き整地しといてくれ」
「判りました。整地するだけでよろしいのですな」
「後、三人ほど出して粘土を掘ってくれ。場所は教える」
塩田予定地の近くに粘土の出る地層があり、そこから粘土を持って来るように頼んだ。整地した土地に粘土を一〇センチほど敷いて海水を撒いた時に漏れ出さないようにする為だ。犬人族は手早く樹を切り倒し、雑草を引っこ抜いて積み上げる。
犬人族の身体能力は人を凌駕する。野生動物並みの体力や耐久力、筋力に物を言わせ瞬く間に広い面積を整地していく。昼を過ぎた頃には海岸に沿って一五メートル、奥へ六〇メートルの土地が整地されていた。俺はこの広さの塩田を一区画として整備しようと考えている。
その後の作業として、一区画の土地の海岸側一五メートルと南側六〇メートルに『L』字型の深さ七〇センチほどの溝を掘り、掘り出して来た粘土で溝をコーティングする。溝は海水を貯め、そこから塩田に海水を撒く為のものだ。
塩田にも粘土を敷き詰め突き固めて堅い地盤を作り出す。
後は、海岸の砂浜から細かい砂を持って来て塩田に敷き詰め、『
犬人族が作業している途中、蟹の魔物が一匹だけ浜から現れ塩田の方へ近付いて来た。これが有るから海は危険なのだ。巨大蟹は甲羅の大きさだけでも一メートル近くあった。
「ミコト様、カニです。大きなハサミを持ったカニが来ます」
見張りをしていた犬人族が大声を上げた。見張りが見付けたのはワタリ大蟹と呼ばれる巨大蟹でルーク級下位の魔物だった。今日は一匹だけだったが、集団で行動する場合が有り海辺に住む者からは恐れられている。
この魔物の特徴は堅い甲羅で、鉄の剣でも跳ね返すほどの強度を持っている。そして、巨大なハサミは人間の腕などパチリと切断してしまう威力を持つ。
犬人族は勇敢な戦士であるが、それでも神紋や魔導武器を使わずに魔物相手に戦うのは厳しいものがあった。
但し、それは今までの事。現在は多くの犬人族がエヴァソン遺跡に有った『魔力袋の神紋』を授かっている。見張り役をしていた犬人族も神紋の持ち主で『魔力発移の神紋』も授かっていた。
俺は邪爪鉈を抜き巨大蟹にそろりと足を進めるが、先に見張り役をしていた犬人族が巨大蟹の前に進み出た。俺は見張り役を見て巨大蟹の相手を譲る事にした。彼の手には試験的に提供した剛雷槌槍が握られていた。
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