第74話 帰還と新しい依頼

 俺たちがニジェスの姿を確認した夜、ニジェスが何者かに殺された。言っておくが、俺や伊丹の仕業ではない。王都から聞こえて来る情報から推測すると第一王子の配下が手を下したらしい。


 確かな情報ではないが、王都は第一王子の手により粛清の嵐が吹き荒れているようだ。第二王子派の貴族が次々に惨殺され、貴族たちは恐慌状態に陥っていると聞く。


 ウラガル王は王都の状況を憂い、息子を説得しようとした。王の執務室に呼び出されたモルガート王子に粛清を止めるように言い聞かせる。


「陛下、これは正義の裁きです。王家の権威を踏みにじり、王族を暗殺しようとする奸賊に鉄槌を下している我に、非が有ると仰せですか」


「そうは言っておらん、だが、そちのやり方では王都が荒廃する。貴族の一部が王都を離れ、自領に戻ったり他の都市へ住居を移したりしておると聞くぞ」


 王は眼前に立つやせ細った息子の眼に暗い狂気が宿っているのを感じ、怒りが湧き上がる。理知的で爽やかな笑顔が似合う息子だった。それが……


やましい事が無ければ、恐れる必要はないはず。そのような貴族は徹底的に調査する必要が有ると思うのですが、陛下はどうお考えか」


 冷たい目をしたまま、自分の意志を曲げない王子に、王は疲れを感じた。

 時間が解決してくれるかもしれない。迷いが生じた国王は息子の心が静まるのを待つ事にした。


 モルガートが退室した後、一人になった国王の胸中に、再び暗殺を企てた貴族共に対する怒りが生まれた。


「力尽くで王位を奪おうとした馬鹿な貴族も、今回の事で思い知るであろう。自分たちがどれほど危険なものに手を出したか……しかし、余も予想外であった。後継者として相応しいと思っていたモルガートが、あのように変わってしまうとは……」


 王国の行く末を憂いた国王ウラガル二世は非常な決意を持って、王族と貴族に試練を課す決心をした。


 現国王は平凡な王だと言われている。諸外国の評価や臣民からの評判もそれを裏付けている。だが、実際に国王の手腕を知る重臣たちは、第一王子の仕打ちを放置する国王の態度に不審を覚えた。


 国王が静観を決めた時から、王都に暗雲が立ち籠める。その結果、王都から脱出する貴族が増え、港湾都市モントハルや迷宮都市クラウザへ貴族の子弟が流れ込んだ。


 貴族の当主は自領へ戻ると言う選択も多かったが、学生である子弟はちゃんとした教育機関の有る大きな都市を選択する者が多かった。


 迷宮都市にも貴族たちが流入し始め、王都の状況がギルドに集まっているハンターたちにも広まった。



 迷宮都市のハンターギルド。

「王都にも行ってみたかったんだが、当分先になりそうだな」

「王都の前に、迷宮都市の拠点整備が先でござろう」

「まあ、そうだな。留守中、伊丹さんにお願いするしかないのでよろしく」


「出来るだけの事はいたそう」

 伊丹の力強い言葉に、俺は頷く。

「うん、頼りにしてるよ」

「ミコト殿は道中気を付けて行かれよ」


 俺は伊丹に見送られ、大きな背負い袋を背負ってギルドを出た。中身は依頼人用の服や履物・保存食料などだ。エヴァソン遺跡の転移門に備蓄して置く為に買っておいたものである。


 途中問題もなくエヴァソン遺跡へ到着した。

 段々畑を拡大したような階段状地形の二段目から三段目の境界となる崖に転移門へ続く洞窟の入口があった。


 常世の森から入れるのは一段目の場所で、これを一階テラス区と命名する。この命名法則に基づくと、遺跡は一階テラス区から十二階テラス区までが存在する。


 一つのテラス区が五ヘクタールほどの広さになるだろうか。大昔は建物が建ち並び、大勢の人々が生活していたのだろう。


 今は見る陰もなく、雑草の陰や無秩序に伸びた木々の隙間に、建物の土台だったであろう痕跡や崩れた石壁などが物悲しい姿を晒している。


「魔物から遺跡を守る防壁や水路なんかを整備しなおせば、ここに住めるようになるだろうか?」


 地上を駆け回る魔物が相手なら、しっかりした防壁を築けば大丈夫だと思われるが、空を飛ぶ魔物も居る。通常の村や町では、周辺の森や林に住む魔物を定期的に討伐し安全を確保する。

 けれど、人材不足の俺たちには無理だ。


「地下街みたいなものが建設出来ないか検討するのも面白いかもしれない」

 この遺跡に存在する地下施設を整備し、生活出来るように考えてみよう。


 転移門の有る部屋に入ると、荷物から照明の魔道具を取り出して明かりを点けた。百人ほどの集会が開けるだけの広さが有る。


 瓦礫を片付け、部屋の隅に荷物を隠して置ける場所を作った。バジリスクを倒した時に使った軽自動車ほどの大岩を圧縮結界を使って持って来ていたのだ。


 その大岩を部屋の角で元の大きさに戻し三角形の空間を作り、大岩の前に瓦礫を積み上げただけのものだ。

 取り敢えずは、それで十分だろう。大岩と瓦礫により背後の空間が隠れ、何かが隠して有るようには見えない。


 荷物を隠し、俺はその時を静かに待った。日が沈み二つの月が夜空に昇った。


 そして、お馴染みの震動が起こり、転移門が輝き始める。覚悟を決めて転移門に進み意識が途絶えた。



   ◆◆◇――◆◆◇――◆◆◇


 リアルワールドに戻った俺は検査と報告を済ませ、久しぶりのアパートへ戻った。

 パソコンを立ち上げると結構な数のメールが届いていた。ほとんどはゴミ箱へ直行させ、薫からのメールと数少ない友人からのメールをチェックする。

 返事が必要そうなものは薫からのものだけだった。


「何ッ! 加護神紋を改造する方法を発見しただと。本当かよ?」

 人間の精神に刻み込まれた加護神紋を改造するのは、危険なんじゃないだろうか。まさか俺に実験しろとか言って来るんじゃないだろうな。


「兎に角、詳しい情報を聞いとかないと」

 カオル宛に確認のメールを送った。


 次の日、東條管理官に呼ばれ管理官執務室に出向くと、そのドアをノックした。聞き慣れた野太い声で返事があり部屋に入る。


 あまり飾り気のない質素な部屋だが、重そうな机と座り心地の良さそうな椅子は、俺のものより2ランクぐらい高価なもののようだ。


 その椅子に座って、デスクの上に広げた書類をチェックしている管理官の姿は、気苦労の多い中間管理職の典型のようで涙を誘う。


「おい……失礼な事を考えてなかったか?」

 東條管理官が不機嫌そうな声で言い放つ。

「トンデモナイ……」

 このオヤジ、テレパシーでも使えるのか。気をつけよう。


「ふん、まあいい。それより呼び出したのは、お前が提出した報告書について聞きたい事が有ったからだ」

 何だろう? 管理官が興味を持ちそうな事は無かったはずだ。バジリスクを倒した一件やロレンたちを返り討ちにした事は秘密にしてあるのに。


「拠点とする土地を購入し宿泊施設を建設中と有るが、資金はどうした?」

「ああ、その事ですか。資金は大鬼蜘蛛により皆殺しとなった盗賊団から手に入れました」


「チッ、報告書には記述がないぞ。盗賊団についても詳細に報告しろ!」

「分かりました」

 報告書の書き直しか。面倒だな。事務専門の助手とか雇ってくれないかな。


「それから、宇田川君が案内人となるそうだ。研修が終わったら、お前の下で見習いとして働かせる。異世界で死なないように鍛えてくれ」


「了解しました……加藤は?」

 東條管理官が苦虫を噛み潰したような顔になり、怒りを含んだ声で答える。

「奴は幹部候補生として、JTG本部でお勉強中だ」


「ええっ! あんな奴が幹部……」

 管理官の不機嫌そうな顔を見て、それ以上言うのを止めた。大物代議士である親父から圧力を受けたのだろう。


「まさか、そのお勉強というのが終わったら、ここに幹部として戻って来るんじゃないでしょうね」


 ここと言うのは第二地区転移門管理支部の事だ。俺の所属する第二地区転移門管理課は、使用可能転移門四基、使用不能転移門六基を管理している。

 使用不能転移門とは、ゲートマスターが未帰還か死亡した為に機能しなくなった転移門だ。


 この支部には、俺以外の案内人が三人居る。もちろん、宇田川を除いての話だ。迷宮都市の属するマウセリア王国の北にあるパルサ帝国で活動している連中である。


 パルサ帝国の樹海近い転移門のゲートマスターである髭面ひげづらの熊のようなオッさんと首都近くにある転移門のゲートマスターである大学生男女の二人。

 あまり付き合いはないが、異世界で生き抜く知恵と技量を持つ有能な者たちだ。


「それから、私は支部長に昇進した。使える転移門を入手した功績が評価されたらしい」

 という事は、俺と伊丹の功績でもあるんじゃないか。給料アップとか……。


「何か不満そうな顔をしているな。お前がやりたいと言っていた依頼を折角取って来てやったのに」

「えっ、本当ですか。ありがとうございます」


 俺が望んだ依頼というのは、ある病院から依頼されたものである。三人の患者を異世界の魔法と魔法薬で治療出来ないか研究するというものだ。


 魔法に関しては伊丹も居るので都合がいいし、患者に適した治療方法を見付けると言う依頼は、俺の可愛い幼女いもうとオリガの眼を治すのにも役立つのではと思ったのだ。


 異世界から生還して以来、あそこならオリガの眼を治せるんじゃないかと考え始めた。


 だが、それは簡単な事じゃないと気付かされた。オリガを異世界に連れて行くにはJTGの許可が要る。それには多額の費用が必要である。他にも有効な治療方法を見付けるにはどうすればいいのか。

 その二点を解決しなければ、オリガの眼を治療するという俺の願いは叶えられない。


 第一王子モルガートが使った万能薬はほとんどの毒や病気に効果が有ると言われているが、オリガの目に効果があるか疑わしい。オリガの眼は生まれつきの障害だからだ。


 医学知識に乏しい自分が、闇雲に探し回ってもオリガの治療方法は見付からないだろう。だが、専門知識の有る医者が異世界に行き協力してくれるなら、治せるかもしれない。


 東條管理官との話が終わり、急いで報告書を書き直した。

 その後、仕事を終えた俺は、オリガの待つ児童養護施設へと向かった。


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