第61話 盗賊のアジト

 気が付いた時、目の前は真っ白な世界に変わっていた。その空間は、青白い光と白い布のようなもので覆い尽くされていた。うっ、頭に激痛が走る。手を動かそうとしたが、何かに縛られていて動かせない。


 記憶がはっきりしない、何が起きたんだ? 

 そうだ、大鬼蜘蛛だ。

 伊丹さんはどうした。


 意識をはっきりさせようと深呼吸する。また、頭に激痛が走った。ぼんやりしている視界は変わらなかったが、やっと自分が陥っている状況が分かった。


 大鬼蜘蛛の糸でまゆのように包まれ、蜘蛛の巣らしい空間の天井から吊るされているのだ。白いカーテンで包まれているような状態だが呼吸は可能だった。それにぼんやりとだが繭の外側の様子も見える。


 俺の魔力は完全回復しているようだ。その事から五時間以上は気を失っていたと推測出来る。


 魔力量は魔導細胞の量に比例して増える。そして、魔導細胞の量は魔力袋の神紋レベルと全身の筋肉量から、おおよその見当が付けられる。


 俺の場合、体重六十二キロで筋肉量はおよそ二十八キロ、魔力袋の神紋レベル4なので、レベル数を二乗した数値の半分に筋肉量を掛けた数値二百二十四が魔力量となる。


 但し、この数値はレベル4になったばかりの時の数値で、レベル5の場合である三百五十との間の数値が実際の魔力量となる。


 経験から、俺の魔力回復量は一時間当り五〇ほどと判明している。魔力の八割を消費していたので、その回復には五時間ほど掛るはずなのだ。


 俺は<魔力感知>を使って索敵を開始し、少しずつ探査の範囲を広げてゆく。まず、人の魔力を感知する。間違いなく伊丹だろう。ひとまず安心する。探索範囲を五十メートルほどまで広げても魔物の魔力は感知出来なかった。ここには魔物は居ないようだ。


「伊丹さん……」

「ミコト殿、気がつかれたか」

「身体はどう?」

「麻痺は解けもうした。治癒魔法で怪我も治したので大丈夫でござる」


 全力を込めて纏わり付いている蜘蛛の糸を引き千切ろうと全身に力を込める。

「……んんん……ヌオーッ」


 駄目だった。次に躯豪術を使って試すが幾分伸びたが千切れることはなかった。呆れるほど丈夫な糸だ。<水刃アクアブレード>なら切れるだろうか。試してみると切断に成功した。繭から抜けだした俺は、すぐに伊丹を救い出す。


 周りを見回すと、まず魔道具の照明が天井からぶら下げられているのが目に付いた。大鬼蜘蛛の巣だと思っていたが違うようだ。魔物の巣に魔道具が置いてあるはずなどない。


 高さ二メートル、幅三メートルのトンネルがかなりの長さで続いている。ここが人工的に掘られたものだと言うのは壁や天井の堀跡を見て気付いた。


 取り敢えず、索敵しながら調査することにした。所々に鉱石らしきものが落ちていたので、ここが坑道であると判明した。


 坑道の中を三時間ほど彷徨ったが出口は見付けられなかった。そして、少し草臥くたびれて来た時、何者かが戦った痕跡を見付けた。武器や血が地面に落ちており、壁に出来たばかりの傷を発見する。


 正体不明の何者かと大鬼蜘蛛が戦った痕跡なら、死骸などが有りそうなものだ。だが、そのようなものはなく大鬼蜘蛛に食べられたのかもと推測出来た。


 もし、彼らを食べた事で大鬼蜘蛛が満腹になり、俺たちを食べずにいたのだとしたら、物凄く幸運だったと言える。


 その地点の周りを探すと、ここで暮らしていたと思われる四つの部屋、たぶん鉱夫たちが休憩場として使っていたと思われる採掘跡の小空間を見付けた。各部屋には魔道具の照明が有り、真っ暗では無かった。


 【一つ目の部屋】


「ミコト殿、これは寝台ではないですか?」

 枯れ草を敷き詰めた上に粗末な布を被せただけのものだったが、そこに寝ていた形跡が有る。そんな寝台が九つほど、およそ二〇畳の空間に並んでいた。


 寝台の他にも色々な雑貨が散らばっている。そして、大小様々な木箱に服が放り込まれていた。俺たちは、その木箱の中から厚手のシャツやズボン、サンダルを見付け身に着けた。

 久しぶりにマトモな格好になった。ここに有る衣服は、あの遺跡に運び込もうかな。


 【二つ目の部屋】


 六畳ほどの部屋に小麦粉や保存が効く野菜、干し肉などが積まれていた。どうやらここは食料庫らしい。

「これだけ多いと一〇人が一ヶ月ほど暮らせるな」

「ここで何人が暮らしていたのでござろう?」


 【三つ目の部屋】


 その部屋の扉は頑丈で、他の部屋とは異なっていた。中に入ると雑多な品物が木箱に入れられ置かれていた。俺たちは、これらの品物が盗賊の略奪品だと分かった。品物の中に血で汚れたものが有ったからだ。


 魔道具や高級な布、装飾品や高価な調味料、それに真新まあたしい剣や槍などの武器も見付かった。新品の剣や槍だったが、唯の鉄製で大鬼蜘蛛と戦えるようなものではなかった。


 と言っても、武器は必要なので、俺は鉄製のショートソードと短槍とナイフ、伊丹は鉄製のロングソードとナイフを選んで身に着けた。

 丁度いい大きさの背負い袋も見付けたので、それも頂戴した。


 【四つ目の部屋】


 一〇畳ほどの広さ部屋に寝台が一つと机と椅子、木箱が三つ有った。もしかすると首領の部屋だったのかもしれない。机の上には地図が有った。


「ここはミスリル鉱山の廃鉱跡らしい。坑道が迷路のようになっているな」

 木箱二つには衣服や酒、生活雑貨などが入っていた。そして、最後の一つは南京錠でしっかり施錠され、作りも頑丈な箱だった。


「宝箱でござろうか?」

「中身は何だろ……宝石とか、金の延べ棒とか」

「貴重な魔道具という可能性も」


 二人で色んな財宝を想像し、最後に俺が冗談を言う。

「分かんないぞ。エッチな本とか入っているかもしれない」

 俺たちは期待に胸を膨らませながら、入り口に有った心張り棒で南京錠を叩き壊し中身を見た。


 箱の中には、ぎっしりと本が詰まっていた。


「ま、まさか……」

「ミ、ミコト殿、くだらない本を厳重に隠すはずはござらん。貴重な書籍なのでは?」

「そうだよな」


 中の一冊を取り出し書籍名を読む。

『若き伯爵と美少年の危険な一夜』

 俺は手に持つ本を放り投げ、別の一冊を取り出した。


『学院男子寮の禁断の恋』

 俺のこめかみに青筋が浮かび上がり、持っていた本を地面に叩きつける。怒りと失望感から、右の掌を本が詰まっている箱に向け、<炎杖フレームワンド>の呪文を詠唱し始める。


「ミコト殿、冷静に!」

「でも、期待したのに……」

 大鬼蜘蛛との戦いで敗北した事が、俺の精神を疲弊させていたようだ。情緒不安定になっていた精神に気合を入れ直す。


 取り敢えず、呪文は取り止めて、全部の本をチェックすることになった。だが、次々と取り出す本は、男性同士の恋愛を題材にしたものか、下ネタ関係の本だった。


 伊丹が最後の本を取り上げ調べようとしたが首を傾げる。

「これはミトア語ではござらんぞ」

 俺は伊丹が手に持つ本を確認する。


「ん!……エトワ語か」

 エトワ語は、古代魔導帝国エリュシスの公用語である。すでに消滅した国の言語で書かれた古書と言うのには興味が湧き起こる。


 その本は『源紋の構築と魔導武器への応用』とタイトルが記されていた。パラパラとめくって中身を斜め読みする。その内容は驚異的なものだった。


 魔物の牙や爪に宿る源紋を金属製の武器に転写する方法や源紋を補強する神紋などが書かれていた。それには専用の魔道具が必要だが、その魔道具に使われている神紋は、『魔力変現の神紋』と『時空結界術の神紋』で代用可能だと分かった。


「そうすると、鉄製の強化剣や強化槍が製作可能になるのでござるか?」

「そうだ。『切断』や『斬撃』の源紋を持つ魔物の素材が有れば、それを元に鉄製や鋼鉄製の強化武器が作れる」


 ちなみに『切断』の源紋は切断力増加の効力のみで、『斬撃』の源紋は切断力増加と武器加速の効力を持つ。武器として考えると『斬撃』の方が優れているが、剥ぎ取り用のナイフとかなら『切断』の方が相応しい。


「強化武器が廃れた原因は、威力が微妙な事と『魔力発移の神紋』を持っていなければ使えない事だ。源紋の補強が可能になれば、威力は増す。売り物になるかな?」


「ミコト殿は、商売にするつもりでござるか」

「東條管理官が拠点を作れと言っていた。それには資金が必要だからな」

「そうすると、問題は『魔力発移の神紋』でござるな」


「それは解決出来る。魔力発移と同じ機能を持つ魔道具を作ればいいんだ」

「強化剣と魔道具のセット販売でござるか。魔導剣のように高価なものになるのでは?」


「魔道具には魔晶玉が必要だから安くはない。でも、魔導剣のように金貨一〇〇枚以上とかにはならないよ。精々、金貨十数枚程度だな」


 現在でも強化武器を製作する技術は残っている。しかし、源紋を使ったものではない。魔導武器を製作する技術から生まれた派生技術で、威力としてはポーン級上位の魔物の素材に宿る源紋と同程度のものを再現出来るようだ。武器防具工房のカリス親方が昔研究していたと言うのは、こちらの派生技術を利用して製作したものだろう。


 その技術で製作する武器には、素材として魔力伝導率の高いミスリルを利用するので、どうしても製作費が高くなる。もし鉄製の強化武器が作成可能なら、製作費は劇的に安くなるはずだ。



 四つの部屋を調査し終えた俺たちは、西の出口へと向かった。

「盗賊たちは、大鬼蜘蛛に皆殺しされたのでござろうか?」

「皆殺し? いや、俺たちに大鬼蜘蛛を擦り抜けた連中は生きている。それ以外の連中は大鬼蜘蛛の腹の中かな」


「大鬼蜘蛛はつがいで行動すると聞きます。二匹程度で殺した盗賊すべてを食べきれるものでござろうか?」


「ふむ……伊丹さんは大鬼蜘蛛から逃げのびた盗賊が居ると考えているのか?」

「盗賊のアジトで金貨一枚も見付けられないと言うのも腑に落ちぬのでござる」

「なるほど、生き残りか」


 俺たちは地図を頼りに出口を見付け外へ出た。久しぶりに気持ち良い風を感じた。目前には薄暗い森が広がっている。


 その場で<魔力感知>を駆使し、近くに大鬼蜘蛛が居るのを確認した。それだけではない、かなり強烈な魔力を垂れ流している正体不明の魔物が居た。ついでに盗賊の生き残りも発見したが、それはどうでもいい。


 大鬼蜘蛛と正体不明の魔物は、出入口から北へ七〇メートルほどの位置に居た。俺と伊丹は気配を殺して静かに近づく。常世の森と岩山地帯の境目で、大鬼蜘蛛と巨大蜥蜴が対峙していた。


 およそ全長一〇メートル、肩までの高さが三メートルほどで、その巨体を六本の脚で支えていた。体表は群青色の強靭そうな皮で覆われ、蛇に似た頭部には真っ赤な鶏冠とさかが有った。

 ビショップ級下位の魔物バジリスクである。


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