第41話 猫人族の荷物運び
私はミリア、猫人族の荷物運びです。一〇歳の頃から荷物運びを始め、もう二年になります。
迷宮都市に住む猫人族は、ハンターになるか、力仕事で雇って貰うかのどちらかで生計を立てている者がほとんど。中には商売をしている者もいますが、少数派です。
父親は五年前に魔物に殺され、母親は二ヶ月前に病死しました。家族で残ったのは六歳になる妹だけ。可愛い妹ですが、母親が死んでからは、私の傍から離れようとしません。正直困っています。
今日も妹と一緒に迷宮に来ています。妹には家で待っているように言うのですが、言うことを聞きません。無理に家に置いて仕事に出ると、一人で迷宮へ行こうとするので一緒に連れて行くしかないようです。
でも、幼女と一緒に荷運びの仕事で雇ってくれるような物好きは中々居ません。三日連続で雇って貰えないと泣きたくなります。
馬車から五人組のパーティと三人組のパーティが降りて来ました。五人組の方は手慣れた様子で逞しい男の荷物運びを三人雇うと迷宮へ入って行きました。
三人組の方は初心者だと判り、荷物運びの仲間たちが離れていきます。これは当然なんです。初心者のハンターは慣れていないので無茶をします。
その結果、魔物に殺されたりもします。ハンターたちが殺されると荷物運びの者たちは悲惨です。魔物に怯えながら迷宮を彷徨い、いずれは死ぬのです。
誰でもそんな目に遭いたくないので初心者ハンターは不人気なのです。もう一つ不人気な理由があります。荷物運びの報酬は、迷宮で得た利益の二〇分の一という慣習があり、稼げるハンターに雇って貰わないと報酬が期待出来ないのです。迷宮に潜って倒したのはゴブリン四匹とかだと銅貨一枚程度の報酬にしかなりません。
初心者だと判っても、私は声を掛けました。妹のお腹がキュルキュルと音を立てているからです。
「私たちを雇って下しゃい」
友達のマポスがやめるように忠告してくれました。でも、私たちには後が無いのです。綺麗な人族のお姉さんが雇うと言ってくれました。本当に嬉しかったです。
迷宮の第一階層に入ると、若いハンターが地図を広げて進行ルートの確認を始めました。私は自分の知っている知識を教えました。その人がリーダーらしいです。もう一人の歳上のハンターさんがリーダーだと思っていたのでびっくりです。また、妹のお腹が可愛い音を立てました。
リーダーさんは変わった背負い袋から干し芋を取り出し、私と妹にくれました。私は恥ずかしくて顔がほてるのを感じました。妹は嬉しそうに貰った干し芋を食べ始めています。
「ミリアも食べなさい。仕事をして貰うんだから、食べないと力が出ないぞ」
恥ずかしいけど食欲には敵いません。美味しく頂きました。
それからすぐに、ゴブリンに遭遇しました。妹を
私が戸惑っている内に、パーティは奥へと進み、遭遇するゴブリンやスライムを瞬殺し、手早く魔晶管を剥ぎ取っていきます。既にゴブリン十二匹を倒しています。
そして、私が忠告した危険地点に到着しました。リーダー格のミコトさんが<魔力感知>で索敵すると、
「ゴブリンが二十一匹だな」
その瞬間、私の尻尾の毛がすべて逆立ちました。これは恐怖によるものです。でも、カオルさんはちょっと困った顔をして。
「少し多いかな」
全然、少しじゃありません。滅茶苦茶多いです。
「閃光弾で行けるんじゃないか」
剣士のイタミさんが言います。閃光弾? 魔法でしょうか?
「よし、三人で閃光弾を投げて実戦経験を積もう」
私の不安に関係なく、正面突破するようです。非常に不安です。
目を瞑って手で目を覆うように言われました。火属性の魔法でも使うのかもしれません。言われたように私と妹は目を手で覆います。
次の瞬間、手の隙間から強い光が目を刺激しました。
「成功だ!」
目を開けて周りを見ると、ミコトさんたちが魔物のたまり場に駆け込み、眼を押さえて苦しんでいるゴブリンに止めを刺しています。
二十一匹のゴブリンを倒すまで一分も掛かっていません。
「おっ、こいつはゴブリンメイジだったようだ」
ミコトさんの嬉しそうな声が迷宮に響きます。ゴブリンメイジ……もしかして。
「魔晶玉が有ったぞ」
「ヤッター、凄いな」
「にゃは、しゅごいにゃ」
妹はミコトさんたちが喜んでいるので、自分も嬉しそうにしています。
うっそー、魔晶玉を採取すると、少なくとも銀貨一枚が報酬として貰えます。
ゴブリンの血の臭いを嗅ぎつけたのか。スライムが集まり始めたので休憩もせず出発します。少し進むと下へ降りる階段に到着しました。その横には安全に休める小部屋が有りました。ここで休憩です。
◆◆◇--◆◆◇--◆◆◇
迷宮一日目、出だしは順調だ。第一階層でゴブリンメイジから魔晶玉を手に入れられたのは幸運だった。薫と伊丹さんも疲れてはいないようだ。
「体力的に問題ないようなら、第二階層へ降りるつもりだけど良いかな」
「拙者は問題ない」
「私も」
「ミリアとルキはどうだ?」
「はい、大丈夫でしゅ」「ルキもぉ~」
俺たちは第二階層への階段を降る。第二階層は第一階層と同じような構造をしていたが、植物が全く生えていなかった。迷宮ギルドで買った地図で確認する。
下へ繋がる階段へのルートは、中央付近の階段から北へ行き周囲をぐるっと回り東側に有る階段へ至るのが最短ルートらしい。
北へ向かい突き当りを西へ方向転換しようとした時、<魔力感知>に反応が有った。俺は立ち止まり周りを見回す。両脇が石の壁で囲まれた幅六メートルほどの通路で、地面は仄かに輝いている。
「どうしたの?」
俺が突然立ち止まったので、薫が尋ねてきた。
「魔物が四匹、進行方向から近付いて来る」
周りに緊張が走る。シーンと静まった薄暗がりの中に、『ガチャガチャ』という独特の足音が響いてくる。アンデッド系魔物との遭遇は初めてだった。不気味なドクロと白く光る骨、黒い炎を宿した
『魔導眼の神紋』に魔力を込める。<魔力感知>ではなく、魔導眼を覚醒させるやり方で、通常は見えないものが見えるようになる。この方法は<魔力感知>の訓練中に発見したものだ。
スケルトンの全身を黒い魔力が覆っているのが見えた。この魔力がスケルトンを動かしているのだろう。ドロドロとした情念と魔力が混ざった気持ち悪いシロモノだ。
スケルトンは円盾と剣を装備していた。死んだハンターたちの置き土産なのだろう。
「俺が左の二体を片付ける。残りを頼む」
ホーングレイブを投げ出し、竜爪鉈を抜く。スケルトンの動きはそれほど速くない。じっくり観察しながら、間合いを詰める。それに反応したのは左端のスケルトン、俺を目掛け剣を振り下ろてくる。
ステップして躱し、振り上げた竜爪鉈で首の骨を断つ、頭蓋骨がポトッと転がり落ちた。ホッとする暇もなく、もう一体が盾を掲げて体当たりをして来る。滑るように躱すと同時にローキックで膝を薙ぎ払う。
倒れたスケルトンが起き上がろうとするので、頭蓋骨に竜爪鉈を振り下ろす。スケルトンが素早く円盾で鉈の一撃を防いだ。
「ありゃ、スケルトンごときに一撃を防がれるとは」
だが、その一撃は円盾を両断していた。スケルトンは盾の使い方が上手いらしい。冷静にもう一度竜爪鉈を振り下ろす。鉈の刃が頭蓋骨をかち割り、中の核を切り裂く。
最初に首を切ったスケルトンを確かめる。頭を失くした胴体が、地面を這い回るように頭を探している。
「スケルトンは首を切っただけでは仕留められないのか」
骨だけの手が段々と頭蓋骨に近づいていく。もう少しで頭蓋骨に届くという時、急いで落ちている頭蓋骨を全力で踏み潰す。グシャという音がしてスケルトンが動きを止めた。
伊丹が相手をしたスケルトンは、頭蓋骨を真っ二つにされ倒れていた。薫の方はまだ戦っている。何回か突きを繰り出すが、円盾で防がれている。俺は後ろから忍び寄り頭蓋骨に竜爪鉈を叩き込む。スケルトンはクタッと倒れた。
「ミコトさん、ありがとう。……でも、悔しい、盾が
スケルトンを一人で仕留められなかったからだろう。薫がご機嫌斜めになっている。
「魔法は使わないのか?」
「戦いながら魔法なんて無理」
「取り敢えず、魔法を一発放ってから攻撃したら」
「でも、スケルトンは正面に盾を持ってるじゃない」
「足を狙えばいい。転がせば仕留められる」
薫がちょっと考えるような顔をする。
「そうね、試してみる」
スケルトンから剥ぎ取れるのは魔晶管だけであるが、その魔晶管は高値で売れる。魔力で動いているスケルトンは、強さの割に魔粒子の蓄積量が多いのだ。
剥ぎ取りが終わり進み始める。一〇〇メートルほど進むとスケルトンが一体近付いて来るのに気付いた。薫にとって良い腕試しになりそうだ。
「前から一体来る。魔法の試し撃ちにはいいんじゃないか」
「任して!」
そのスケルトンは円盾とボウイナイフのようなものを装備していた。薫が前に出て眉間にシワを寄せている。精神を集中し強い意志力で魔法のトリガーを引こうとしている。薫の右腕が持ち上がり、その指先がスケルトンに向けられる。
『風刃乱舞の神紋』の<風刃>には呪文は必要ない。薫が小さな気合を発すると、指先から何かが解き放たれた。ヒュンという音がし、魔力によって刃状に固められた空気が一瞬で五メートルを飛翔し、スケルトンの盾を持っている方の肩に当たり、盾を放り投げさせた。
「チャンスだ。行け!」
薫はダッシュし、スケルトンの眼窩に槍を突き立てた。一瞬狂ったように暴れた後、バタリと倒れる。
「お見事でござる」
伊丹がついに『ござる』とか言い始めた。迷宮レベルも上がったが、武士化レベルも上がったようだ。
迷宮カードを取り出し確かめてみる。迷宮に入る前は迷宮レベル0だったのが2に変化していた。迷宮ギルドの職員から、迷宮カードが自動的に変化するとは聞いていたが、どういう仕掛けなのか?
リアルワールドに比べても驚きのハイテク技術である。
薫が倒したスケルトンが装備していたナイフは、錆び付いていたが質は良いようだったので持ち帰る事にする。ミリアに渡し採取袋に仕舞って貰う。
何故か、ミリアがホッとした表情をする。理由を訊いてみると。
スケルトンが持っていた武器や防具をすべて持ち帰るパーティも居るようだ。その為に荷物運びを雇うようなのだが、錆びついた剣やボロボロの盾など二束三文でしか売れないので真似するつもりはない。
「伊丹さんたちの荷物を運んでくれるだけでも助かっているよ」
「本当でしゅか?」
ミリアが少し不安そうに訊いてきた。それに
「本当よ。ミリアちゃんこそ、私たちでよかったの?」
「もちろんでしゅ。しょれこそ専属にして貰いたいぐらいでしゅ」
薫が微笑んで頷いた。猫人族の娘二人を見る目がとても優しい。
「それはいいわね。後一〇日間くらいしか迷宮都市に居られないけど、その間、専属になる?」
「う、嬉しいでしゅ」
「ルキもうれしい!」
小さなルキが薫の周りで飛び跳ねるようにして喜んでいる。最初は人見知りしていたルキも薫には懐いたようだ。薫は俺に視線を向ける。先ほどまで俺の弟子のような顔をしていた薫が、依頼人の顔になっている。
「ミコトさん、宜しいでしょ」
「この娘たちを専属にするくらいなら構わないが、俺たちが居なくなったら元の生活に戻るだけだぞ」
「それは駄目、この娘たちだけでも生きていけるように鍛えてあげて」
久々にキター。依頼人の無茶ぶり。迷宮に入り、やっとゴールが見えて来たと思っていたのに。
ミリアがちょっと困った顔をしている。
「しょんにゃ、私たちは大丈夫でしゅ。一〇日間だけでも専属にして貰えれば十分でしゅ」
「遠慮しなくてもいいのよ。そうでしょ、案内人さん」
うわー、業務命令ですか。はあっ……仕方ありません。
俺は承諾するしかなかった。
その後、スケルトンを倒しながら階段まで到達した俺たちは、休憩してから引き返した。倒したスケルトンの数は合計十七体、持ち帰った武器や防具は、ナイフ二本、剣が一本だけだった。
迷宮の入り口から外に出る。太陽は西に傾き始めていた。乗合馬車で迷宮ギルドまで戻り、受付で報告した後、買取カウンターで魔晶管と魔晶玉を換金する。全部で金貨二枚と銀貨十二枚になった。
剣とナイフは、武器屋に買い取って貰う。銀貨五枚であった。
ミリアとルキは報酬として銀貨二枚と銅貨八五枚を貰い、飛び跳ねながら喜んでいる。
一方、俺はミリアとルキをどうするか悩んだ。はあっ、なんか
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