第40話 初めての迷宮

 魔導寺院で新たな神紋を授かってから二日が過ぎた。この二日の間に残りの通常依頼を一件ずつ達成した。これで三段目8級ランクアップとなる条件は揃った。


 もちろん、魔法の練習も行う。迷宮でぶっつけ本番など論外だから、念入りに練習した。魔力変現に関しては、薫と伊丹は問題なく使えるようになった。リアルワールドの日本人が持つ情報ポテンシャルはイメージの確立という点で卓越していた為だろう。


 一人ディンだけが壁にぶつかった。イメージを確立出来ず魔系元素を一つも作り出せず苦労していた。俺は物質に関する科学的概念について説明しようかと考えた。


 それが出来ないと気付く。雇い主から、科学知識を始めとするリアルワールドの情報を異世界に広めることを禁じられていたのを思い出したのだ。


 仕方ないので、ディンと徹底的な議論を行う方法で、対象生成物についてのイメージを確立させるように務めた。最初は水から議論する。


「水とはどういうものか? 出来る限り説明して」

 ディンは少し考えてから。


「……常温では液体、寒くなると氷、熱すると水蒸気になる」

「水の色は?」

「無色透明」

「違う。微かに青緑色をしている。大量の水が集まると青く見えるだろ」


「海の事を言っておるのか」

 俺は頷いて議論を続ける。

「ああ、次は形だ」

 ディンの顔に疑問符が浮かぶ。


「水に形なんか無いであろう」

「いや、水には小さく纏まろうとする力が有る」

 俺は水筒から数滴の水を手に垂らし、その様子を観察させた。

「水滴が丸くなろうとしている。水にも形が有るんだ」


「よし、次は水の重さだ」

 こういう議論を続け水のイメージを確立し、水の魔系元素を創り出すのに成功した。二日を掛け五つの魔系元素を創り出したディンに、応用魔法の付加神紋術式を覚えさせ、俺の魔法授業は終了した。


 その間に、薫と伊丹は『風刃乱舞の神紋』の<風刃ブリーズブレード>や『治癒回復の神紋』の<回復リカバー>を練習し習得した。

 ディンと別れた後、ハンターギルドへ行き、薫と伊丹のランクアップの手続きを行う。問題なく手続きが終わり、登録証の更新を行った。


 結果は。


【ハンターギルド登録証】

 カオル・サンジョウ ハンターギルド・クラウザ支部所属

 採取・討伐要員 ランク:三段目

 <基本評価>筋力:11 持久力:10 魔力:13 俊敏性:9

 <武技>剣術:2 槍術:2

 <魔法>魔力袋:2 魔力変現:2 風刃乱舞:1

 <特記事項>特に無し


【ハンターギルド登録証】

 モトハル・イタミ ハンターギルド・クラウザ支部所属

 採取・討伐要員 ランク:三段目

 <基本評価>筋力:20 持久力:17 魔力:11 俊敏性:16

 <武技>剣術:2 槍術:3

 <魔法>魔力袋:2 魔力変現:2 治癒回復:1

 <特記事項>特に無し


 薫も伊丹も基本能力が着実に伸びている。薫は筋力+7、持久力+5、魔力+12、俊敏性+4と伸びており、特に魔力の伸びが凄い。


 伊丹は筋力+8、持久力+8、魔力+10、俊敏性+5と伸びている。伊丹の場合、槍術が3になっているのは、俺と二人で虹色大剣甲虫を倒したのが評価されたらしい。


 ついでに俺も登録証を更新した。


【ハンターギルド登録証】

 ミコト・キジマ ハンターギルド・クラウザ支部所属

 採取・討伐要員 ランク:三段目

 <基本評価>筋力:23 持久力:20 魔力:30 俊敏性:22

 <武技>鉈術:3 槍術:2

 <魔法>魔力袋:3 魔力変現:3 魔導眼:2 流体統御:1

 <特記事項>特に無し


 あれだけの魔物を倒したので基本能力は伸びている。筋力+2、持久力+3、魔力+2、俊敏性+3である。ただ数値が低かった頃に比べると伸び方が緩やかになっている。これ以上強化するには、強い魔物を倒す必要があるようだ。


 迷宮ギルドへ行き、薫と伊丹の迷宮カードを作成する。俺の物と全く同じだった。


 最後の準備として、作成を依頼していた装備品を取りに行く。向かった先は『カリス工房』。ウェルデア市で世話になったドルジ親方の弟弟子がやっている工房である。


 この工房では武器だけでなく防具も作製しており、革細工の職人も働いていた。

 素材として大剣甲虫の外殻を渡し、スケイルメイルの製作と俺の革鎧の修理を頼んでいた。スケイルメイルというのは、鱗状に切り取った金属の板を布や革に貼り付けた鎧である。


 スケイルメイルとは別に虹色大剣甲虫の剣角を使った剣と通常の剣角を使ったホーングレイブ三本も製作を依頼しており、本日受け取り予定になっていた。


 『カリス工房』はギルド通りの一番端に有り、工房としては中規模で、三人の職人とカリス親方が仕事をしていた。カリス親方は引き締まった肉体と器用そうな指を持つ職人である。いつも無精髭を生やしていたドルジ親方とは違い、頭も顔もツルツルだった。


「カリス親方、頼んだ品は出来ていますか」

 俺が工房の入り口で声を上げると、奥からカリス親方が現れた。黒く染められた作務衣みたいな服を着ている。ここの作業着なのだろう。


「おう、出来とるぞ」

 カリス親方が鎧と剣、ホーングレイブを取り出し、部屋の中央にあるテーブルに置いた。伊丹が剣を手に取り、重さを確かめる。


「普通の日本刀よりは重い。それでも何故かしっくり来る重さだ」

 剣は茶色の革を巻かれた鞘に収まっている。黒い革を巻かれた柄を握りゆっくりと剣を抜く。長さ八〇センチほどで虹色に輝く刀身が現れた。厚みのある両刃の剣である。


 伊丹は素振りをして感触を確かめる。

「うむ、いいな。親方、感謝致す」

 その一言でカリス親方が笑顔になる。

「こちとら一流の職人だぜ。当然のことよ」


 俺と薫は、ホーングレイブを手に取った。こちらは栗色の革で作られた袋が刀身に被せられていた。その袋を取ると長さ五〇センチの刀身が顔を覗かせる。黒光りする刀身は『突くも良し斬るも良し』という仕上がりとなっている。


 カリス親方に剣角を渡し、槍の作成を頼んだ時、

「こいつは槍じゃねえな。グレイブに属する武器だ」

 と言われた。実際に手に持ち振り回してみる。突くよりも斬る方がしっくりする武器だ。迷宮で使う武器なので柄の長さは一メートルほどと短く。狭い場所でも邪魔にならないように作られていた。


 俺の革鎧は綺麗に修理されていた。

 新たに作ったスケイルメイルは黒く重そうな見た目に反して軽かった。大剣甲虫の外殻の丈夫で軽いという特性が生かされている為だ。


 金属で作ったスケイルメイルは動くと音がするんだが、大剣甲虫の外殻を使った鎧は微かに音がする程度であった。


「うわーっ、凄く軽い。それに動きやすい!」

 薫はスケイルメイルに満足したようだ。伊丹もスケイルメイルを装備する。顔を見ると満足しているようだ。ただ、その格好は、武士というよりも中世ヨーロッパの兵士という方が近い。


 俺は代金として金貨十二枚を支払った。

「毎度あり、今後もご贔屓にしてくれ」

 カリス親方に見送られて外に出ると、暗くなっていた。その日は宿に戻り早めに寝る。


 翌日、朝練と朝食の後、装備を整え迷宮ギルドへ向かう。迷宮ギルドの受付で『勇者の迷宮』へ入る申請をする。受付にいたのは、ルリアさんという可愛い女性だった。


「初めて『勇者の迷宮』へ挑戦されるのですか。それなら一階層と二階層の地図を販売していますが、どうされますか」


 勧められるまま購入した。一階層と二階層なら楽勝だと思っていたので一瞬必要ないかとも考えた。だが、案内人としては万全を期さなければと銀貨一枚を出す。


 金髪黒眼のルリアさんから許可札を受け取ると、乗合馬車が停まる馬車停に向かう。『勇者の迷宮』は馬車で二〇分ほどの場所にあり、歩いても行けるが馬車を利用するのが普通だ。


 全員で装備の点検をする。薫はスケイルメイルにホーングレイブ、背負い袋の中には治癒系魔法薬二本と魔力回復薬一本と採取袋などの小物が入っていた。


 伊丹は同じような格好だが、武器は虹色剣。背負い袋には魔法薬の他に大型の水筒が入っている。俺はいつもの革鎧に、竜爪鉈、ホーングレイブとリュックには水筒、サラシ、保存食、照明具などが入れてあった。


 乗合馬車が到着すると俺たち三人の他に五人組のパーティが乗る。男三人と女二人のパーティで二十歳前くらいの若いハンターたちだった。


「お前らも『勇者の迷宮』へ行くのか?」

 パーティのリーダー格らしい男が話し掛けてきた。『コーゲル戦士団』というパーティで、コーゲル村から一旗揚げようと出てきた若者たちらしい。三ヶ月ほど前から迷宮に潜り始めたそうだ。


「何処まで攻略したんですか?」

 俺が気になった事を尋ねた。

「十一階層を攻略している処だ。お前たちは?」

 俺は正直に答えた。

「俺たちは初めてです」


「だったら、二階層のスケルトンには注意しろ。奴らの急所は頭蓋骨の中にある核か、心臓の位置にある魔晶管だ。危なくなったら躊躇わずに魔晶管を狙え。換金部位だからって躊躇っていると死んじまうぞ」

 太い腕をした斧戦士のベェインが忠告してくれた。『コーゲル戦士団』というのは気のいい連中の集まりらしい。


 『勇者の迷宮』へ馬車が到着した。丘の麓に迷宮の入り口は有った。入り口は高さ三メートル、幅五メートルほどある。その入口を迷宮ギルドの職員三人が管理しているようだ。責任者らしい中年のオッさん一人と若い下っ端らしい青年二人である。


 入口付近には汚い格好の子供たちがたむろしていた。年齢は十八歳から五歳位まで、人種も人間と猫人族が半々くらいである。


 俺たちが入り口に近づくと、子供たちが寄って来る。

 『コーゲル戦士団』が迷宮ギルドの職員に許可札を渡し、迷宮カードを提示する。それを見た子供たちが大騒ぎする。


「おっ、レベル11だ」

 子供たちの目がギラギラと輝く。少しでもレベルの高いハンターに雇って貰った方が実入りがいいのだろう。

「荷物運びさせて下さい。俺は力持ちです」

 体格のいい少年が申し出ると次々に子供たちが荷物運びを志願する。


「私、足が一番速いよ。絶対に魔物なんかには捕まんないよ」

「この力こぶを見てくれよ」

 『コーゲル戦士団』は慣れた様子で三人ほど力の有りそうな子供を雇って、迷宮に入っていった。


 俺たちが迷宮ギルドの職員に近付き許可札を渡し、迷宮カードを提示する。それを見た子供たちがガッカリする。中には舌打ちする子供も居た。


「チッ、駄目だ。初心者かよ」

 俺たちの周りから子供たちが離れていく。ここまで露骨にされると腹が立つ。その様子を見ていた迷宮ギルドのオッさんが苦笑しながら言う。


「勘弁してやってくれ。この子供たちにとっては死活問題なんだ。少しでもレベルの高いハンターに雇われないと餓死しちまうからな」

 怒る事も出来ずに溜息を吐く。薫と伊丹も憮然とした表情をしている。


 俺たちの周りに二人の子供が残っていた。猫人族の子供で姉妹らしい。姉は一〇歳を少し越えたくらいで、妹は五、六歳に見える。但し、猫人族の年齢は分かり難いので違うかもしれない。


「私たちを雇って下しゃい」

 姉の方が荷物運びを頼んできた。妹の方は姉の後ろに隠れている。灰色の毛並みをした猫人族で、二人共やせ細っている。姉は身長一二〇センチほど、妹の方は小学校一年生ほどの体格だ。着ている服はボロボロのワンピースのような服だ。


「止めとけ、ミリア。そいつら初心者にゃんだぞ」

 同じ猫人族の少年が、姉妹を止めようと忠告する。

「でも、昨日は一回も雇って貰えにゃかった」

 妹が姉の陰に隠れながら、泣きそうな顔をしている。

「ふみゃ~、お姉ちゃんお腹すいた」


 薫は俺と猫人族とのやり取りを黙って見ていた。その目線は猫人族姉妹に釘付けになっていた。ワンピースの下からピョコッと飛び出した尻尾、頭の上でピコピコ動く三角耳、何よりも可愛らしい丸い目が、薫の目を惹き付けて離さない。


「雇って上げる」

 薫の声が響く。その声を聞いた伊丹が忠告する。

「薫会長、ここは冷静に考えた方がいい」

 薫は頑として譲らなかった。俺はやれやれと思いながら、これで良いのかもと考え直す。今日は下見程度と考えていたからだ。


「分かりました。二人を雇うよ」

「ありがとうございましゅ」「ありがと」

 猫人族姉妹のミリアとルキが感謝する。


「それじゃあ、行こうか」

 俺たちは迷宮へ潜る。初心者である俺たちは、入り口から一番近い階段を下る。第一ゲートと呼ばれる階段で迷宮の第一階層へ繋がっている。この迷宮には第一から第四ゲートまで存在し、それぞれが第一階層、第六階層、第十一階層、第十六階層へと繋がっていた。


 俺たちの迷宮レベルは0なので、第一ゲートしか使用出来ないが、迷宮レベルが上がれば他のゲートも使えるようになる。


 五十段ほど階段を降りると開けた巨大空間に出た。迷宮は地下に存在するのに暗くない。迷宮の地面が薄ぼんやりとした光を放っているのが原因だ。もしもの為に照明具も用意して来たが、使う必要は無いだろう。


 天井までの高さが一〇メートルほどで、縦横二キロほどの空間が第一階層と呼ばれるものである。ここには植物も茂っている。さすがに樹木はないが、紫色をした雑草やキノコ類、迷路のようになっている壁は蔦に覆われていた。


「迷宮と言うのは迷路のような場所なんだな」

 ミリアが頷き、第一階層ついて説明する。

「第一階層はそうでしゅ。ここで出て来る魔物は、シュライムとゴブリンでしゅ」

 俺は地図を取り出して地面に広げる。


「地図に拠るとここを北へ行ってから、西に折れて、南に戻ると下に降りる階段か」

「そうでしゅ。でも、ここ危ない。魔物のたまり場」

 ミリアが地図に一点を指す。中央付近に有る広間のような空間だった。


「どうする。回り道する?」

 薫が心配そうに訊く。俺は手を組んで考えながら。

「いや、一回様子を探ろう。殲滅出来そうなら正面突破。駄目なら回り道だ」


 ミリアが荷物を担ぐと言うので、伊丹の背負い袋を渡すと。

「ルキもお仕事しゅる」

 と言い出したので、薫の背負い袋を背負わせる。中身は軽い物だけなのでルキでも大丈夫だろう。


 歩き始めると遠くで甲高い叫び声や物音がした。迷宮には独特な雰囲気が有り、人を興奮させる。五分ほど歩いた時、壁の陰からゴブリン三匹が現れた。<魔力感知>で索敵していたのだが、迷路のような壁が邪魔で索敵に失敗したようだ。


 どのゴブリンも錆びた剣を持っていた。

「よし、一匹ずつ仕留めよう。カオルンは右、伊丹さんは左の奴を頼む」

「オッケー」「お任せあれ」


 薄暗い迷宮ではゴブリンは黒く見える。ギャーギャー騒ぎ始めたゴブリンに走り寄った俺たちは、ほとんど一瞬でゴブリンを仕留める。


 伊丹は居合い抜きの要領で斜め下からゴブリンの首を薙ぎ払った。薫はホーングレイブをゴブリンの首に突き刺し仕留めた。俺はホーングレイブの一閃でゴブリンの胸を切り裂く。


 ゴブリンを瞬殺した俺たちを見て、ミリアとルキは目を丸くしている。

 こうして記念すべき迷宮での一戦目は一瞬で終了した。


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