第39話 新たな魔法

 翌日、『ラッキーお宝亭』の食堂で朝食を摂ってから、三人揃って魔道具屋を探しに出掛ける。鎧豚の森へ向かう前に考えていた事が有り、それを実現するには特殊な魔道具が必要だった。


 ハンターギルドや迷宮ギルドの近くに在るギルド通りに魔道具屋が三軒有った。俺たちは最も大きな魔道具屋『迷宮ダンズ』を選んで入る。宝石店のような店内には、盗難防止用の柵で仕切られた向こう側に様々な魔道具が飾られていた。


 最も種類が多いのは照明魔道具、その他に火付け具、浄水魔道具、魔導コンロなどの生活関連道具、そして、神紋を持ってなくとも攻撃魔法が使える魔導武器などである。


「すみません、ちょっといいですか」

 店主らしいオッさんに呼び掛けた。小太りで口ひげを生やした店主は、愛想笑いを浮かべながら応対する。この世界の商人は、コタルディと呼ばれる上着を着ている。丈が短く身体にぴったりフィットしたもので、鮮やかな糸で芸術的な刺繍が施されている。


「何でございましょうか」

「この店に知識の宝珠はあるか?」

「もちろんでございます。攻撃魔法の神紋から鑑定眼用知識群まで数多く揃えております」


 知識の宝珠は、言語知識の他に各種神紋や『魔導眼の神紋』の<記憶眼メモリーアイ>で集めた知識群などが収められたものが有る。俺は鑑定眼用知識群というのに興味を惹かれた。


「魔物の知識を持つ宝珠はいくらになる?」

「魔物の知識でございますか……あれはお求めになる方が多いものですから金貨一六〇枚になります」

 高過ぎる。ミトア語の宝珠も高いんじゃないだろうな。


「ミトア語の宝珠はいくらです?」

「えっ……ミトア語でございますか。残念ながら、当店では扱っておりません」

 ノスバック村で出会った魔導師カステアから聞いた情報では、ミトア語の宝珠は需要がないと聞いていたんだが、違うのだろうか。


「ミトア語の宝珠は少ないのですか?」

「いえ、知識の宝珠の一〇個に一個は、ミトア語の宝珠です。しかし、需要が全くないので、当店では買取を断っております」


 日本であれば、外国人が競って購入するんだが、異世界では遠い外国から来る人がほとんどいないからな。


 『迷宮ダンズ』を出ると、他の魔道具屋を回った。最後に入った『アモダ魔導具』でミトア語の宝珠が見つかった。『アモダ魔導具』は昔懐かしい駄菓子屋並みの広さで、安物の照明魔道具や火付け具を中心に販売している店だった。

 店主は六〇過ぎの婆さんで、白髪を綺麗に結い上げているのが印象的だ。


「うちに有るのは、この三個だけよ。むか~し、試しに買い取ったんじゃが、全然売れんかった」

「いくらです?」

「ほうじゃなぁ、売れ残りじゃから金貨一枚でええわ」


「分かりました。三個とも買います。もし売りに来る者が居れば、俺が買い取りますから、仕入れて貰えますか」

「それは構わんが、そんなに集めてどうするんじゃ?」


「外国人に欲しいという客が居るんですよ」

「ふう~ん」

 アモダ婆さんは、曖昧に頷くが納得していないようだった。


 三個のミトア語の宝珠が手に入ったので、早速調べてみる。水晶の珠のような宝珠を魔導眼を使って見ると神意文字が頭に浮かぶ。宝珠に封印されている知識の内容と宝珠を使う為の呪文を読み取った。


 一つ目の宝珠には、ミトア語とゴブリン語が封印されており、二つ目にはミトア語のみ、三つ目にはミトア語と古代魔導帝国エリュシスの公用語であるエトワ語が封印されていた。

 エトワ語の知識とかは貴重だと思うのだが、現在使われていない言語知識には価値を認められないようだ。


「カオルンは、どれにする?」

 俺がカオルンと呼ぶのを認めてくれたらしい薫は三つの宝珠を見比べる。

「ゴブリン語はちょっとだけ興味があるけど、三つ目にする」


「オーケー、伊丹さんは?」

「拙者はゴブリン語を頼む」

「おっ、なかなか挑戦者だね」


 まず、伊丹が宝珠を使う。額に宝珠を押し当て、ミコトから教えられた呪文を呟く。伊丹の口から意味の分からない言葉が紡ぎだされ宝珠が淡く光る。伊丹の身体が硬直したように見えた。

 数分後、伊丹の硬直が解け、大きく深呼吸する。伊丹の顔は青褪めていた。


「どうだった?」

 薫が心配そうに訊く。伊丹は大丈夫だというように頷き、俺に宝珠を返した。宝珠は使い捨ての魔道具で、使用されると中身の知識が消えてしまう。俺の魔導眼で読もうとしても、何も感じられなくなっていた。


 ミトア語で伊丹に話し掛ける。

「伊丹さん、俺が話している言葉は理解出来るかな」

「らいじょぶ、りしゃいれきる」


 理解は出来ても、上手く喋れないようだ。これは俺も体験した事なので、時間が解決するだろう。次は薫だ。宝珠を薫に渡す。

 同じように薫も宝珠を使う。青い顔をした薫は、懸命にミトア語を話そうとするが、まだまだ練習が必要なようだ。


 昼は、魔導寺院近くの公園で商売をしている屋台の雑炊を食べる。この国には雑炊の屋台が多い。雑穀と豆を煮込んだもので、素朴な味だが豆の食感が心地いい。


 公園で少し待っていると、ディンが現れた。

「済まぬ。遅くなってしまった」

 ディンは厚手の黒いズボンを履き、絹のシャツに金糸や青い糸の刺繍で彩られたベスト、その上に白いコートを羽織っていた。貴族の子弟だとすぐに分かる姿だ。着替える暇がなかったのだろう。


「昼食が終わった処だから丁度いい」

「まとう寺院へいきませう」

 薫のミトア語に、ディンがオヤッという顔をする。今まで薫がミトア語を喋った事はほとんど無かったからだろう。俺が知識の宝珠を使ったと話すと。

「ミトア語の宝珠など売っているのか。知らなかった」


 魔導寺院に到着し、まず神紋の扉を試す。この魔導寺院には三十二の神紋の扉が存在する。第一階梯の神紋が十二、第二階梯の神紋が十四、第三階梯の神紋が六である。


 長い廊下に並んでいる扉を一つずつ試しながら歩く。薫が反応させた扉は『魔力変現の神紋』『灯火術の神紋』『湧水術の神紋』『土砂導術の神紋』『疾風術の神紋』『念話術の神紋』『風刃乱舞の神紋』であった。


 一方、伊丹は『魔力変現の神紋』『灯火術の神紋』『土砂導術の神紋』『疾風術の神紋』『念動術の神紋』『治癒回復の神紋』を反応させた。


 ディンも神紋の扉を試すが、反応したのは『灯火術の神紋』『湧水術の神紋』『土砂導術の神紋』『疾風術の神紋』『魔力変現の神紋』で第一階梯神紋のみだった。


 まだ魔粒子の蓄積が足りないようだ。それでもディンは嬉しそうにしている。ハンターになって一ヶ月も経っていない若造が、これだけの神紋を手に入れられるほどに成長したのだ。幸運としか言いようがない。


「感謝する。ここまで魔法の素養を伸ばせたのは、そなたたちのお陰である」

「いいよ。ディンが幸運だっただけさ」


 ついでに、俺も神紋の扉をチェックした。新たに反応したのは、『念話術の神紋』『念動術の神紋』『幻影夢の神紋』『凍牙氷陣の神紋』『流体統御の神紋』である。

 

 新たに色んな加護神紋が反応するようになったが、詳しく調べていないのは六つ。それらを魔導師ギルドの資料室で詳しく調べた。


【加護神紋】

・念話術……第一階梯神紋:風の下級神オリオルの神紋=>心と心を繋げ話をする神紋

・念動術……第一階梯神紋:大地の下級神ボノビアスの神紋=>魔力により物体を移動させる神紋

・幻影夢……第一階梯神紋:闇の下級神グレムゴルの神紋=>相手を眠らせ幻影を見せる神紋

・風刃乱舞…第二階梯神紋:風の中級神ファルゴの神紋=>空気の刃を作り出し制御する神紋

・凍牙氷陣…第二階梯神紋:水の中級神シトアの神紋=>冷気や氷を作り出し制御する神紋

・流体統御…第二階梯神紋:大海の中級神ティアスの神紋=>液体と気体を操作する神紋


 薫と伊丹は、取り敢えず『魔力変現の神紋』は授かるつもりのようだ。後少ししか異世界に居られないので取れる時に取るという方針で行くようだ。……当然だろう、俺のように記憶域の枠を残していてもリアルワールドに帰ってしまえば使い道がないのだから。


「それと『風刃乱舞の神紋』も授かりたいです」

 薫が希望を告げる。風刃乱舞の神紋術式だけで可能な魔法は<風刃>で、空気の刃を作り出し敵に放つ魔法である。射程は一〇メートルほどでゴブリン位なら倒せるという初歩の攻撃魔法だ。レベル2になると<豪風刃ゲールブレード><三連風刃トリプルゲール>という応用魔法が使えるようになるが、残りの日数でレベル2になれるか分からない。


「いいんじゃないか。迷宮でも使えそうだ。伊丹さんはどうします?」

 伊丹は真剣に考えていたが、漸く決めたようだ。

「拙者は『治癒回復の神紋』に致す」


 治癒回復の神紋術式だけで可能な魔法は<回復>、体力を回復する魔法である。レベル2になると<治癒キュア>の応用魔法が使えるようになる。


「攻撃魔法じゃないけど、いいんですか?」

「魔物は剣で倒す。それには剣をにぶる事無く振るだけの体力が欲しい」

 納得だ。疲れたら<回復>で体力を回復するのか。


 さて、俺はどうしよう。この前、魔導眼を授かったばかりだが、攻撃魔法か防御魔法が欲しい。凍牙氷陣は<凍結>を基本として、応用魔法はレベル2で<氷弾アイスブリット><氷槍アイススピア>、レベル3で<氷帝刀アイスソード>がある。熟練すれば強力な武器となるだろう。


 流体統御は<風の盾>を基本とする根源魔導である。応用魔法に<水盾アクアシールド><風障壁ゲールバリア>がある。流体統御の基本機能から考えると防御魔法だけというのはおかしい。空気や水を制御出来るなら、<風刃>や<水弾>みたいな魔法を使えそうだが。……ん!、よく考えると<風刃>はともかく<水弾>ではゴブリンさえ倒せないような気がする。


 こいつのレベル3応用魔法に<飲水製造ウォーター>が有った。飲水が作れるのは便利だけど、貴重な記憶域枠を一つ使うほどでもない。やっぱり凍牙氷陣にするべきだろうか。その時、一つのアイデアが浮かんだ。


 ウォータージェット切断という加工技術である。水を強力に加圧し直径一ミリ以下の穴から吹き出させ、素材を切断する技術である。この時の水流の速度が秒速五〇〇メートル以上になると言われている。音速を超える水が物質を切る。これだけでも強力な武器となるが、本命はアブレシブジェット加工と呼ばれる加工技術だ。


 この技術は、ウォータージェットに研磨剤を混ぜる事で切断力を大幅に増すものだ。こいつは凶悪で鉄筋コンクリートから鋼鉄、ダイヤモンドまでも切断可能である。


「流体統御に決めた」

 俺が『流体統御の神紋』に決めたと告げると、他の三人は防御魔法として流体統御を選んだと思ったようだ。


 ディンは、薫と伊丹が『風刃乱舞の神紋』や『治癒回復の神紋』を選んだのは理解出来たが、それらに加え『魔力変現の神紋』を選んだのには驚いたようだ。


「何故、『魔力変現の神紋』なのだ?」

「魔力変現は、一番魔法らしいと思わないか。何もない所からポンと物が現れるんだぞ」


「そうかもしれん。だが、<発火イグナイト><湧水ファウンティン><明かりライト>なんかに記憶域枠を一つ潰す奴は少ないと思うぞ」

 俺が判っていないなという風に首を振る。


「そこは工夫次第さ。『灯火術の神紋』の<炎槍>と同じような魔法や強力な攻撃魔法も熟練すれば使えるようになる。あの閃光弾も『魔力変現の神紋』の<変現域>で創り出したものなんだぞ」


 ディンは驚いた。大剣甲虫を一網打尽にした魔法が、魔力変現だったとは思いもしなかったのだ。

「僕も『魔力変現の神紋』を選ぶよ。だから、魔法を教えて」

 これには、ちょっと困った。今は案内の仕事中であるし、この世界の人間にどう教えたらよいか分からなかったからだ。


「ミコトさん、教えて上げたら」

 薫が、何故か誇らしげに言う。しかもミトア語で。

「これから迷宮に潜るんだぞ。時間がない」

「時間がある時で構わない」

 俺は渋々引き受けた。


 その日、俺たちは選んだ神紋を授かった。『魔力変現の神紋』は金貨三枚、『風刃乱舞の神紋』は八枚、『治癒回復の神紋』は金貨一〇枚、『流体統御の神紋』は金貨一〇枚だった。俺は魔導師ギルドの職員に金貨三十四枚を払う。


 相変わらず、この世界の魔法は貧乏人に優しくない。


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