第28話 樹海の魔物

 準備が整うと俺は街を出て、ココス街道を北西へ向かう。迷宮都市や王都に行く気は無く、あの洞窟を探しだそうと思う。ノスバック村の手前で樹海に入る。入った地点の大木に目印となる傷を残す。


 広葉樹と針葉樹が適度に混ざり、膝までしかない下草が生い茂っている。そこを掻き分けて進み、小山を探す。一時間ほど進んだ時、最初の魔物と遭遇した。


 ご存知、我らがゴブリンである。緑色の小さな化け物、お馴染みの悪臭が周りに漂っている。全部で五匹、持っている得物は棍棒三匹、ショートソード一匹、槍一匹である。


 ドリルスピアを構え油断なく待っていると一斉に攻撃して来た。先頭の二匹にドリルスピアを繰り出す。ゴブリンの体に当たる寸前に回転を与えられたドリル刃はゴブリンの胸に減り込み心臓を破壊する。


 躯豪術は使っていない。純粋な槍術技だけでゴブリンを倒せると分かった。残り三匹を素早く仕留め剥ぎ取りを行う。小粒な角と魔晶管を剥ぎ取り専用の袋に入れる。

 魔晶管は保存性が高く一ヶ月ほど放置しても腐ったりしない。魔粒子が何か関係しているらしい。


 俺は魔物を倒しながら樹海の奥へと進んだ。スライム、小刀甲虫、巨大芋虫、足軽蟷螂、長爪狼を蹴散らし、あの洞窟を探す。


 魔物の中で躯豪術が必要だったのは、ダチョウサイズの足軽蟷螂だけ。他の魔物はドリルスピアの貫通力だけでサクッと仕留めた。


 ドリルスピアは思った以上に使える武器だ。他のハンターは馬鹿にするが、鉄製の槍に比べて劣っているとは思えない。確かに捻りを加えるタイミングなどは難しいが、少し訓練すれば出来るようになる。


 しかし、本来の性能を発揮させるには魔力を込める必要がある。魔力を込めるという技術は、『魔力発移の神紋』を取得するか、躯豪術のような技術を身に着けるしかない。これがネックとなってドリルスピアや強化剣といった武器は廃れてしまったのだろう。


 足切りバッタの群れに遭遇した。数十匹の巨大バッタが樹海の雑草を根刮ぎ食べる。その勢いなら樹海の雑草は食べ尽くされそうだが、このバッタを好んで食べる魔物も居るので樹海の生態系は保たれる。俺に範囲攻撃出来るような魔法はないので、バッタの群れは避けて進む。


   ◆◆◇--◆◆◇--◆◆◇


 ミコトが樹海に入った頃、クエル村の村長がエンバタシュト子爵の弟であるミナステス・エンバタシュト太守に面会を申し込んだ。


 エンバタシュト領で二番目に大きな町クゼラムの太守であり、死んだブッガの父親であるミナステスは、この国の典型的な貴族の一人だった。


 一言で言うと領民は貴族の為に存在するという考えの持主だ。領主により決められた税金に、勝手な理由を付け加え増税。反抗的な領民は闇に葬り知らん顔。

 時代劇であれば絶対に必○仕事人が走り回るような町の主は、町の東側にある太守屋敷で寛いでいた。


 大きな椅子に座り昼間から酒を飲んでいたミナステスの元に使用人が来客を告げる。煩そうに顔を顰めてから連れて来るように命令する。三〇畳以上在る豪華な部屋に通された村長はオドオドしていた。


「何の用だ?」

 ブクブクと太りヒキガエルのような太守は不機嫌な気配を振りまいている。

「ご子息のブッガ様がお亡くなりになりました」

「な、何だと!」


 ミナステスが驚く、三人居る息子の中では不出来な方に属する子供だった。それほど愛している訳ではなかったが、息子は息子だ。村長から事情を聞き、息子を殺したのは歩兵蟻らしいと聞かされるとガックリと肩を落とす。


「何故、そんな事になった?」

 村長がブッガがリーダーを務める『金剛戦士』パーティの非道な行いを恐る恐る伝える。普通の親なら、教育や躾を誤ったと後悔する処だが、ミナステスはきっかけとなったミコトというハンターに憎悪の念を向けた。


 事が事だけに公にミコトを探すよう命じる事は出来ない。密かに繋がりの有る闇の者に周辺の町にそれらしいハンターが居ないか探すよう命じた。


「探しだし殺せ。殺した者には金貨二〇枚を与える」

 ミコトは裏社会で指名手配され、盗賊や無法者がミコトを探し始める。だが、ミコトは見つからなかった。


 一ヶ月も過ぎると、ミコトは既に死んだという噂が流れミコトの姿を探す者たちは減り、ミナステスの憎悪だけが益々肥大化していく。


   ◆◆◇--◆◆◇--◆◆◇


 俺は無計画に樹海を彷徨っていたのではない。あの洞窟からココス街道まで歩いた時間を六時間だとして、逆に樹海の入り口から北へ六時間歩き、その地点から周囲の小山を調べる事にする。


 基点とする場所に一際大きな針葉樹があり、これを目印にしようと考えた。高さ一〇〇メートルを超える世界ランクに入りそうな巨木で直径が四メートルはありそうだ。


 その巨木をベースツリーと名付けた。まず、休憩し食事を摂る。干し肉とパンだけの食事は侘しいものだ。食事の後、ベースツリーを調べる。高さ十二メートルほどに最初の枝が有る。直径が百二十センチほどで普通に歩けそうだ。ロープを使って枝まで登り、周囲を見回す。


「ここで夜を過ごすか。下より安全だろう」

 日が暮れるまで、もう少し時間が有るのでベースツリーの周囲を調査した。五分ほど歩いた場所で湧き水を見付ける。

 ラッキー、調査初日から縁起がいいな。この調子で洞窟が発見出来ればいいんだが。


 水筒に水を補給して調査を続けた。途中で跳兎を仕留めたので、今晩は兎肉の串焼きに決定する。その日はベースツリーの上で眠った。もちろん、グッスリ眠れる訳もなくちょっとした物音で目を覚ます。


 翌日、ベースツリーから東の方角へ調査に向かう。見通しの悪い樹海で小山と言えど探しだすのは難しい。二時間ほど探してやり方を変える事にする。

 ベースツリーに戻り、ロープや竜爪鉈を使って巨木の上へと登る。五〇メートルほど登ると樹海の上に出た。


「おっ、よく見える」

 視界を遮る何本かの巨木が有ったが、それ以外は遠くまで見通せた。あの洞窟は、ちょっとした山の麓に有った。その小山を見つければ、あの洞窟に辿り着ける。


 東の方角には二つ、北には三つ、南は一つ、西には二つの小山が存在する。購入した筆記用具を使い簡単な地図を作成する。真ん中にベースツリー、小山の位置と他の巨木、特徴的な地形などを書き込んだ。


 ベースツリーから下り、地図を頼りに東の小山に向かう。大体の方角が分かるので一直線に歩く。三時間ほどで一つ目の小山に辿り着いた。


 調査の為に山の裾野沿いに歩き始めてすぐに、ブーンという音が聞こえ始めた。音源は一つではなくかなりの数が有るようだ。


 慎重に歩みを進め、灌木の茂みを抜けた所で魔物を発見する。昆虫型の魔物で体長三〇センチほどの大きな蜂、しかも尻にはアイスピックのような針が付いている。黒と黄色の縞模様は普通の蜂と同じ、透き通った羽や強靭そうな大顎も同じであるが、サイズが違い過ぎる。


 そんな巨大蜂が十数匹飛んでいる。よく見ると直径二メートルを超える洞穴を利用して巨大蜂の巣が構築されていた。巣の中には外の数倍、数十倍の巨大蜂が居るかもしれない。


「……逃げよう」

 俺は静かに、そして素早く巨大蜂の巣から離れ、遠回りして山の周辺に戻り調査を続ける。調査した結果、この小山は目的の山では無かったようだ。


 次の小山に向け出発しようとした時、あの巨大蜂が二匹現れた。蜂たちは目前の茂みを飛び越え樹海の奥へと消える。ちょっとした好奇心から、その後を追った俺は、甘い匂いに気付いた。


 五〇メートル先に赤い花が咲き乱れる巨大なチューリップの群生地があるのを発見する。形はチューリップなのだが、全長五メートルを超えている。蜂のサイズと比べると「なるほど」と思える大きさだ。


 俺は不注意にもチューリップの群生地に近づき過ぎた。ここは巨大蜂の餌場に違いない、それに気付いていたのに不用意に近付くという失敗を犯した。


 巨大蜂がチューリップの花びらから顔を出し俺を睨む。飛び上がった巨大蜂は急速に俺目掛けて翔んでくる。俺は荷物を放り出し竜爪鉈を取り出した。


 ドリルスピアを放り出し竜爪鉈を構えたのは、スピードのある巨大蜂に対して切り払う鉈の方が戦い易いと判断したからだ。


 向かって来る巨大蜂を竜爪鉈で払う。蜂がホバーリングして攻撃を避ける。巨大蜂が威嚇するようにアイスピックのような針を俺に向ける。


 羽音が急激に高まった直後、針の先から青白い稲妻が走った。稲妻は竜爪鉈に落ち、一部は弾かれたが柄を伝わって俺の身体に流れ込んだ。


「ホゲッ!」

 強い衝撃が全身を走り、変な悲鳴が口から漏れ、竜爪鉈がポトリと手から滑り落ちる。筋肉が痙攣し身体中に痛みが走る。ピクピクしながら倒れた俺に、ゆっくりと針を突き出した蜂が近付いて来る。俺は逃げようとするが、体が動かない。……こ、殺される。何とかしなきゃ……


 ……どうすれば


 ……身体は動かない。


 ……逃げられない。


 ……どうすれば


 ……畜生


 ……


 ……


 そ、そうだ。


 『魔力変現の神紋』により<変現域>を起動し<炎杖>の魔法を放つ。激しい炎が立ち上り巨大蜂を威嚇する。万全の体勢ではなかったので命中はしなかった。


 それでも蜂は炎を恐れて距離を取る。その間に藻掻いていた俺は、体の痺れが薄れてくるのを感じた。それから二度<炎杖>で巨大蜂を遠ざけ、回復の為の貴重な時間を稼いだ。


 漸く動けるようになった俺は、まだ少し震える手でパチンコを取り出し鉛玉をセットする。パチンコに魔力を込め魔導ゴムを引き絞る。


 巨大蜂に狙いを付けようとするが、手が細かく震えている。四メートル先でホバーリングする巨大蜂から聞こえる羽音が、またも高まる。鉛玉を放ち後ろに飛び退く。


 巨大蜂から放たれた稲妻と鉛玉が交差し爆発が生じる。鉛玉に残っていた僅かな魔力と魔法の雷が反応して爆発したらしい。


 爆発が収束すると同時に、急いで鉛玉をパチンコにセットし狙いを巨大蜂に向ける。手の震えは治まっており、しっかりと狙いを付けた鉛玉が蜂に向けて放たれた。


 鉛玉が巨大蜂の胸に減り込み突き抜けた。力を失った羽は羽ばたくのを止め、蜂が草叢に落下する。ホッとして座り込みそうになった。だが、巨大蜂は二匹居たのを思い出す。耳をすますが羽音は聞こえない。


「ふっ、酷い目に遭った。こいつが雷の魔法を使うとは思わなかった」

 後で知ったが、この巨大蜂は雷蜂カミナリバチという名の魔物らしい。雷蜂を解体し魔晶管を取り出す。身体は小さいが、魔晶管のサイズはゴブリン並みで売れると思われる。


 剥ぎ取りが終わり、急いで放り出した荷物を拾い集める。立ち去ろうとした時、微かな音が聞こえる。音源に目を向けると雷蜂の死骸に蔦のようなものが巻き付き地面の中に引き込まれようとしている。


「うわっ!」

 俺の足元にも蔦が忍び寄り足首に絡みつく。剥がそうとして引っ張ると地面に隠れていた蔦が持ち上がり、巨大チューリップの根本まで伸びている。 

「クソッ、お化けチューリップも魔物なのか」

 

 鉈を手に取り蔦を切り払う。チューリップもどきは痛がる様子はない、痛覚はないのだろう。それでも敵は分かるのか、地面に隠れていた触手のような蔦が敵を求めてうねり始める。


「お化けチューリップが群生している辺り一面がもぞもぞしてやがる。気持ち悪い、逃げよ」

 植物型の魔物は珍しかったが、それを調べる余裕は無かった。俺はさっさと逃げ出し、次の小山へ向かう。


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