FILE170:タコ狩り行こうぜ

 蜜月がワーカービーを放ってからしばらく経ち――、一同は近くのベンチで休憩中だ。


「いやね。うちの子らを行かせはしたけど……あんたホントに決行する気?」


「大丈夫よ。カメレオンガイストの事件の時も同じようなことをやったし、囮を引き受ける以上は責任をもって成功させてみせる」


「嫌な事件でしたね……。でも、アデリーンさんや蜜月さんに会えたのもあの前後の時だったな」


 氷を別の物質へ変換する固有の能力【スノーメイキャップ】によって、女子アナが着ていそうな装いに着替えたアデリーンは蜜月や葵らの前で誓いを立てる。

 衣装に影響を受けてか、妙にきゃぴきゃぴ・・・・・・していたが、彼女はやると言ったらやる女だ。軽々しく言ったのではない。


「あー! やめやめ! しんみりさせすぎないでくれ……。そんだけ自信があるなら、行ってこい! アデリーン・・・・・!」


 葵たちを騙すようなマネをした時のことは、あまり思い出したくなかった蜜月はその場の空気を変えてアデリーンを送り出す。

 彼女のほうは、勢いに押されながらも意を決して、凛々しくも快く移動した先で、敵を上手におびき出そうと画策し出した。

 適当なベンチに座り、「これから一仕事するぞ」という意図が込められたかけ声とともに大きく伸びをすると、相手のほうからやってくるのを待つ――。

 あらかじめ買ったボトル入りの緑茶でも飲みながら。


「チュパチュパチュパ……お! お、お……エロそうなチャンネーみっけ! オイラとトゥギャザーしようぜぇ~~~~~~~~~~」


 それから少し経ってからのことだ、怪人と化した影響で頭がゆるくなっていそうな語り口とともに、問題のオクトパスガイストがやってきたのは。

 タコの顔を縦割りして間にドクロを挟んだような不気味で個性的な容姿をしていたが、ボディにはホットプレートとその部品と関連する調理器具――コンセントやヘラなどの意匠も見られた。

 焼かれる側ではなく焼く側だという皮肉なのか?

 それよりも、内心では動じていない彼女だが、表向きは思い切りおびえてみる。

 突然の怪物の出現に戦慄し、逃げ惑う人々を救うために必要なことなのだ。


「きゃああ~~~~~~~~~~~~、き、気持ち悪っ、はなしなさーい」


 どこかわざとらしいが、しかし顔は迫真の表情で敵の触手に捕まる。

 非力なふりをして欺き、敵地へと飛び込むための芝居だ。

 綾女の舞台をたびたび見に行ったり、練習を見学させてもらったことがこういう形で役立ったといえよう。


「蜜月ちゃん、敵のアジト見つかるまでどうする?」


「当然……遊ぶ!」


 アデリーンが捕まっていた一方でその頃、蜜月のふざけた返答に対し「ギロッ……」と、冷たく鋭い視線が向けられ深く突き刺さる。

 ばつの悪そうな顔をして綾女たちを見つめ返した――。


「うそうそ、ワタシらも捜索するのよ~~ん……ってもう帰ってきた!?」


 彼女がそう言って取り繕ったたそばから、すっかり見慣れた子バチ型のガジェットが飛んできて手の甲に止まる。

 本物ではなくてよかった――、そう胸をなでおろした者ばかりである。


「どうだ様子は」


 帰還してすぐに、ワーカービーがプロジェクターのごとく電子映像を表示する。

 どこかの廃屋とおぼしき建物と、その中に捕まっている女性たち、そしてタコのバケモノが映し出された。

 目を丸くした蜜月らだったが、同時に確信を得る。


『たいちょ……Yes.mom.どうやら、亀手かめのて港付近の廃モーテルに――』


「ご苦労。あとはワタシがやる」


 この緊急事態だからこそ少し気取って周りを和ませてみた蜜月だが、電子頭脳に異常をきたしたロボットを処分する精鋭部隊の隊長にでもなったつもりなのだろうか。


「蜜月さん自らが?」


「これ以上あんたたちに犠牲が出ては困るのでな」


「さすがだぁ……」


 竜平は竜平で、同部隊の隊長を慕う部下の気持ちになりきっていたようだ。

 これ以上続けるとその隊長のように頭頂部がハゲて、アゴも2つに割れて俗にいうケツアゴになってしまいかねなかったので――蜜月は猿芝居を打つのをやめた。

 なお、綾女と葵は終始冷めた……というより渋い顔をして見守っており、心中察するに余りある。


「いいか、ぜって~避難するんだぞ! ワタシと指切りな!!」


 専用バイクに乗り込んだ蜜月は、護衛としてワーカービーのうち1機を残して【亀手港】付近へと突っ走る。


「行っちゃいました」


「私たちも安全そうなところに逃げよう!」


 キョロキョロした弟を諌めた綾女は、そわそわしている彼と不安そうな葵に笑顔を向けてその場から離れる。

 身を隠すのに良さそうなところを探して――。



 ◆



 わざと捕まったアデリーンが連れて来られた廃モーテルの内部には、10代から20代を中心におびただしい人数の女性が拘束され自由を奪われていた。

 まるでオクトパスガイストが一方的に彼女たちをもてあそび、楽しむために――。

 黙って見過ごすわけにはいかなかったアデリーンだが、ここは敵を出し抜く機会をうかがうことに決める。


「チュパチュパチュパチュパ……チュパァ」


 触手についた吸盤と全身を覆うヌメヌメとした粘液の肌触りは、とても良いものとは言えない。

 捕まった女たちの仲間に入れられたアデリーンは、真っ黒な欲望をむき出しにした敵に嫌そうな顔を向けつつ、絶対に屈しない姿勢を見せた。


「こんなにたくさん女の子ばかりをさらって、何するつもり?」


「そりゃあーもちろんー、オイラ自身があーんなこと・・・・・・や、こーんなこと・・・・・・して楽しむためだぁ。チュパチュパチュパチュパ!」


「そのためには男の子たちが邪魔だったっていうのね。……呆れた」


「文句あっかぁ!!」


 抗議を受け、「君みたいな意地の悪い子ははじめてだ!」、と言わんばかりに、オクトパスガイストはその辺に転がっていた一斗缶を蹴飛ばして当たり散らす。

 素人目に見ても大変情けなかった。

 直後、せせら笑う声とともにゴシックな衣装をまとう少女が現れる。


「いいじゃなァ――――い。そいつがあたしのおもちゃ・・・・と化して欲望のままに動き、悪事を働く姿、見ててオモシロいんですよ」


「あなたの仕業ね。ダーク・ロザリア」


「いいえ、お姉様? 厳密には」


「俺が考案したのだッ。はははははははは!!」


「マガツ!」


 両目に見られる意味深な涙のメイクは何を表すのか――、アデリーンが深読みしかけたところ、更にもう1人やってきた。

 赤黒いレザーファッションを着た茶髪の男だ。


「この哀れな男は元々、不埒にも客の1人に惚れこんでいたが、その客は既に違う男と付き合っていてな。内心、嫉妬と僻みにまみれていたのだ。こいつに目を付けた俺は、闇のリトル・レディに洗脳させたってわけだぁ!」


 作戦が上手くいって舞い上がっていたらしく、禍津は上機嫌かつ歪んだ表情をして芝居がかった動作でネタばらしを行なう。

 どうせこのあと始末するか洗脳するかしたらよい――という、アデリーンに勝つことを前提とした考えのもとにだ。


「そしてリトル・レディは、己の手を汚すことなく、何十人もの人間を間接的にッ! 殺戮することに成功したのさっ……! ふぁーははははははッ!!」


「どぉーう? 妹と同じ顔でこんなことされて、嫌な気持ちになったでしょう」


「あなたこそ本当は嫌がってるんじゃないの」


 それっぽいことで煽って、こちらを惑わそうとしているだけだ。

 真に受けたりなどするもんか。

 ダーク・ロザリアはそう思っているのであろうが、自身も気付かぬうちに心が悪しきほうではなく、正しき方向へと傾きかけている。

 頬に手を当て、我に返った彼女はアデリーンを強くにらんだ。


「はあ!? あたしはあの子の悪の心なんだけど!」


「何度も言わせないでちょうだい。私の知っているロザリアはね、こんなバカなマネばかりするような子じゃなかったもの。悪いことなんてね、できないようになっているのよ。……それに、手を汚さず人を殺せて悦に浸っているのは、マガツ! あなたのほうじゃなくて?」


「――フンッ! その減らず口、二度と聞けなくしてやろうかああ~~!?」


 まったく動じないどころか啖呵を切り煽って来たアデリーンを快く思わず、禍津がいきり立つ。

 話題に着いて行けず蚊帳の外となったオクトパスガイストはまごまごし出し、何をしたらいいのかわからなくなってしまった。


「ちょ、ちょっと、お姉さん……言いすぎだって」


「別に言いすぎなことないわ。このくらいガツンと言ってやらないと。あなたたちを助けなくちゃですから」


「あなたじゃなくてぇ、チエ!」


「それは失礼。チエさん」


 心配してくれた女性たちのうちの1人・派手な髪型と服装をしたチエに、アデリーンは自身に満ち溢れた態度で返す。

 ここで自分まで弱っていてはチエたちに失礼だ、彼女たちを元気づけなくては――という判断のもとに。


「まあいいでしょう。ちょうど、いたぶるのにおあつらえ向きなのがいる。オクトパスガイストよ! このクソ生意気な雪女を触手地獄にでもかけて、メチャクチャにもてあそんでやれ! …………そう、エロ本のように思いきり!! ぶはははははは!!」


 冷徹な言動とは噛み合わぬ狂気に歪んだ顔をするとともに命令を下した禍津は、そのまま哄笑を上げて高みの見物と決め込む。

 直接手を下さず、怪人にアデリーンを痛めつけさせるのがそれほど楽しかったようだ。


「チュパチュパーっ!!」


 そうはならないと変身しようとしたアデリーンは下品に笑うオクトパスの触手に右腕の腕時計型デバイス・ウォッチングトランサーをはたき落とされ、縛り上げられてしまう。


「おっほぉ~、こいつはイイッ。貴様が変身するためのブレスレットぉ、これを持って帰れば……くっくっくっ、イデデデデ!?」


 同デバイスが落ちたのを禍津は見逃さず、すかさず拾うと目の前で吊るされ自由を奪われた金髪美女を見るや否や、筆舌にしがたいほどに下卑た顔をする。

 一緒に笑おうとしたダーク・ロザリアだが、そんな禍津が少し気に入らないのでスネを蹴って悶絶させた。


「くそガキがぁ、オトナの楽しみ・・・・・・・を邪魔しやがって……。ともかく! お前のウォッチングトランサーがあれば、『疑似メタルコンバットスーツ』の開発がはかどるよぉ。くひひひひひひ!!」


「やっぱりね。最近、そんな風な怪人をよく見かけるようになったと思ったら!」


 アデリーンの脳裏に首から上以外が全身プロテクターに覆われた怪人たちや、機械の鎧やパワードスーツでも着込んだような怪人たちの姿がよぎる――。

 やけにねっとりと狂った笑い声を上げている禍津などよりも、そちらの事実のほうが彼女にとっては重要だ。

 触手の縛り方がややキツく感じたがそれがどうした!

 拘束から抜け出してやる!

 ――と言いたいところだが、ギリギリまで我慢する。

 相手を悦に浸らせてから出し抜いてゲスな幸福の絶頂から突き落とし、隙を突くのだ。


「そうやってチューンナップにチューンナップを重ねたディスガイスト開発に成功した暁には、世界征服など我らの手であっという間に成し遂げてみせるわっ! ウワーッハハハハハハハハ!」


「さぞ愉快で残酷なディスガイストたちに仕上がるんでしょうねえ! あっはははははははッ!」


(そうやって笑っていられるのも今のうちよ。ダーク・ロザリア、あなたを倒してロザリアを元気にするんだから!)


 己を過信して酔いしれている敵を前に、アデリーンは苦痛に喘ぐフリをしながら大局を見据え、虎視眈々と勝機を狙って待つ――。

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