FILE143:たのしい水族館へ
そして翌朝。
参加者は誰もが朝食と身支度を済ませ、既に観光バスに乗り込んでいた。中には、シャワーを浴びた者や健啖家、上着やズボンなどを使い回す者もいたようだが――。
「そうでしたか……」
バス内の先頭の席で、虎姫の秘書である
通話を終えた彼女は、顔を見ただけでわかるほど心から安堵していた。
「【博多・九州センター】からはなんと?」
「先日保護した、徳山駿さんの容態がすっかり良くなったとのことでした」
「本当かい? それは良かった……」
そうした報せを聞けただけでもどれほど、ありがたいことか。
あの時とったのは、軽率な行動・判断だったのではないかと、内心気がかりだった虎姫からすれば、嬉しいとしか言いようがない。
「それにしても朝から驚きですよ、アデリーンさんってば朝からもりもり食べてて……」
「昨日のディナーの時と遜色ないくらい。すごかったよね」
さて、引率も務めるテイラーグループの社長とその秘書以外のメンバーを見てみよう。
――このように至って平常運転である。
今朝のバイキングでの、周りから見て下品に映らない程度のアデリーンの快食ぶりは葵にとっては未だにインパクトを残しており、それを聞いて綾女は本人をからかうような口調で振り返っている。
「なんというかね。私、体が大きいから維持するには……仕方ないのよ! やんなっちゃう♪」
「なんで嬉しそうなんですかー!」
「向こうに着いたら混んでて食べられないかもしれないでしょ? だからね……」
席順は昨日と同じであり、座席の距離こそ違えど、構わずとぼけてみせたアデリーンを見て葵たちが笑みをこぼす。
言い訳くさかったが、しかし間違ってはいない。
予約を済ませていなかった場合はアデリーンが述べた通りの状況に、なってしまうことも多々あるためだ。
「なーに、今回はレストランの予約をしてあるから大丈夫だ。心配することは無い」
「まあ、どうせ歩き回るんだし?」
後部座席でのやり取りをバッチリ聞いていた虎姫からの返答を耳にして、アデリーンは腕を組んで開き直る。
人間味たっぷりな仕草と表情だが、人造人間である。
繰り返す、こう見えて彼女は人造人間である。
「あんまり食べすぎないほうが……。それ以上ムチムチになっても、知りませんからね」
「サキ先生まで。やんなっちゃう……」
「今度はしょんぼりだ」
「けど、そんなアデリーンちゃんには親しみが持てて、おばさんとしてはイエスだわ!」
梶原親子らからいじられた直後に彼女がまた笑ったのを機に、またまた車内は笑いの渦に包まれる。
やがてバスは問題の水族館へと辿り着く。
モダンな外見で多くの人々が行き交うそここそは、福岡が誇るマリンワールドだ!
「ついにやって来た
「よっしゃあ! ここと周辺で一日中遊んでいいなんて、最高かよ!」
降車後、先頭を社長&秘書コンビが行き、その後ろを参加者たちがついて行く中、黄色を基調としたパーカーを着ている蜜月がはしゃぐ。
下はズボンとエンジニアブーツだ。
なお、アデリーンは以前北関東の突針町を訪問したときと同じく、ついつい言い間違いをしてしまった。
「またお財布をいじめ抜かれてしまいそう。気を付けなくちゃね、アオイちゃん」
ユニオンジャック柄で、胸ポケットに王冠マークの刺繍が入った紺色の上着と黒いジーンズを穿いたアデリーンが、ピンクの長袖シャツとオーバーオール姿の葵へと問う。
急に話題を振られ、確認を取られても葵としては困りもの。
「わ、わたしそんなにお金使いませんよ!?」
「甘いわね! クリアファイル、ぬいぐるみ、ボールペンにシャーペン、カレンダー、食器、ステッカー、定番のチョコクランチにおせんべい、まんじゅう、ジグソーパズル、限定Tシャツ、アクセサリー、ペナント……って今はそんな売ってないか。そして小中学生が好きそうなアレ! エトセトラ……とにかく、お土産っていうのは、悪魔のように誘惑してくるんだから!」
移動を続けながら、アデリーンは自身の欲望をさらけ出しながら長々と注意事項を語る。
これでも、正義のスーパーヒロインなのだ。
まくし立てられて何とも言えない顔をしている葵と竜平の心情は、察してほしい。
「あ、アデリンさん? あんまり怖がらせちゃ……」
「失敬!」
「わかったか。竜と剣のアレを見つけても、早まるな弟よ!」
「ひどいよ姉ちゃん!」
コントじみたやりとりをしながらも、彼らはその歩みを止めない。
着々と人気の観光スポットだけあって、早くも盛り上がっている一行の周りには花畑をはじめとする華やかで美しい景色が広がっている。
海もすぐ近くで潮風が心地良い。
「めっちゃノリノリね。それも、今日だけで何周も見て回る気満々じゃないのよさ」
そう言っている蜜月も童心に帰って楽しまんとしている。
記者として記事のネタになりそうな魚や生き物たちを撮影するのか、それとも、ワイワイガヤガヤとどんちゃん騒ぎをしたいのか。
「さ、ぼちぼち入りましょうか。みなさん。しっかり着いて来てください」
先頭の虎姫が入口で手続きを行ない、一行はめでたくマリンワールドの中へと入って行く。
「グワッ……」
「ショッキーング」
周辺施設の屋上から、彼女らを見下ろす怪人たち。
手前にいる個体は水色のカモノハシのサイボーグのような見た目で、両手が巨大な熊手のようになっている。
もう片方はフォークやスプーンにナイフといったカトラリーを彷彿させ、裏地の赤い黒マントを羽織っていたほか、その下には銀色の刺々しいボディを持っていた。
「……お前が何をするべきかは、わかっているな? 【ダックビルガイスト】よ」
カトラリーの要素を持つ銀色のロボットのような姿をした怪人は、カモノハシの怪人よりも上の立場にいるようだ。
後者が跪いていることに加え、前者のボディにHの字が螺旋を描いた金色のエンブレムが刻まれていることから、その事実がうかがえる。
「抜かりはありませんよ。おおせのままに……。【カトラリーガイスト】様」
命令をくだした
「クククク……ショッキーング!」
与えられた任務を遂行せんと動き出した部下を見届けて、カトラリーガイストと――そう呼ばれた上位クラスの怪人は不敵に笑う。
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