FILE117:盛り上がってこ〜!
「もしもしお姉? 俺たちもう中に入ってあれこれやったあとだからね!」
『お? そっか、早かったわねー。それじゃー終わったらまた連絡して』
「あいよ、またあとで!」
ライブハウスの中にて。
付近で買い物中の姉と母へ電話でそう伝えた竜平は、観客席のほうへ移動する。
左から、仙崎、葵、間を空けてアデリーン、蜜月という順に並んでいた。
その列に入った竜平は葵のほうに視線をやる。
彼女は首にヘッドホンをかけていて、すっかりご機嫌な様子。
「葵それ、いつの間に?」
「ああ、これね。雰囲気づくりになるかなーと思って」
葵がにんまり笑って自慢したヘッドホンはロゴ入りで、青と黒のツートンカラーの、クールな色合いだった。
「あっ、そろそろはじまるッスよ! ごちゅうもーく……」
ニヤつく那留のその言葉を合図に静まり返って、アデリーンたちは真正面の舞台上に目を向ける。
本日の主役であるバンドのメンバーたちが続々と入ってきた。
「す、すごーい! 【チリペッパーズ】のケンヂにテツヤにキヨヒコにソラアキが目の前に! まさか彼らを生で見られるなんてね……」
「驚くにはまだ早いッスよーアデリーンさん。著名なアーティストの皆さんが演奏してくれるんスから……!」
リーダーにしてギタリスト兼ボーカルのケンヂ、ベースのテツヤ、ドラマーのキヨヒコ、キーボードのソラアキ。
その筋では有名な伝説的バンド・チリペッパーズのメンバーたちを前に葵たちを差し置き目を輝かせているのは、アデリーンと蜜月だ。
そのチリペッパーズは全員アラフィフなのだが、2人が彼らを知っているのはアデリーンの場合は両親がもともとファンだった影響で、蜜月の場合は幼い頃から好きだった……という事情があったのだ。
そして空気を読んだのか、チリペッパーズの登壇とともに、先ほどまで観客たちを退屈させまいとしきりに演奏していたDJが、スクラッチするのをやめる。
「えー、お待たせしました! こんな朝早くから集まってくれてありがとーッ! みんな! ノッてるかーい!?」
長髪で紫の唇、左目には稲妻型の傷といった派手なメイクのリーダー・ケンヂがマイクを手に持った時、一瞬ノイズが入ったが……気を取り直してファンたちに呼びかける。
毎回細部は異なるのだが、彼らチリペッパーズがライブを始める前に必ず行なう定番のやりとりだ。
「ねーねー! ケンヂがこっち見てくれたよ! あのケンヂがだよ!? テツヤもだ!」
「しッ!」
周りの観客=ファンと同じくサイリウムを握っていた蜜月がはしゃぐ子どもめいたテンションでアデリーンに報告したが、当の彼女は指を立てて蜜月を静かにさせる。
「はーい!」
「はいは1回?」
「イェーイ! は何回でも!!」
「オッケーオーライ! よっしゃ、まずは1曲行くぜコノヤロー! ミューズィック! スッタァ〜〜〜〜ッ!!」
ギターとベースがかき鳴らされ、ドラムは激しくビートを刻み、キーボードは荒々しくも軽やかに弾かれて――ライブ演奏が始まった。
これは、チリペッパーズの楽曲の中でもナンバーワンのヒット曲にして代表曲だ。
いきなりこれをやることに意味があるのだ。
バンドと観客が一体になって楽しく、大きく盛り上がれるのが、ライブハウスの魅力にして醍醐味。
「まだまだこれからだぜ! 行くぞ! お次は……このナンバー!」
今回はヒット曲メドレーとなっていて、キヨヒコがドラムを鳴らしたのを合図に、また次のライブがスタートした。
盛り上げ上手なケンヂたちの手腕もあり、観客席は大興奮。会場内で黄色い声がこれでもかと上がった。
その中にはもちろんアデリーンたちも含まれており、中でも葵は竜平そっちのけで那留やアデリーンと肩まで組み合ったほど。
アデリーンもその時は葵と那留の身長に合わせて少ししゃがんだ。
「ケンヂかっこいいなあ〜!!」
「テツヤ! キヨヒコ! ソラアキ〜〜!!」
ファンからの熱い声援を受け、チリペッパーズは全員さらにヒートアップする。
ケンヂはアドリブでシャウトして、さらにギターを激しく唸らせる。
張り合うつもりかキヨヒコもドラムを鳴らしまくった。
それでいて元の曲調は崩してはおらず、プロフェッショナルであることを感じさせる。
「フーッ、フーッ! お前ら熱くなりすぎだぜ……!」
ケンヂがそう言ってクールダウンしようとしたが、やはり続行しようとしたその矢先のことだった。
「ありゃ? て、停電か?」
突然、会場内の電気が消えて真っ暗闇に閉ざされたのだ。
当然のようにライブは中断され、明かりとなるものは観客たちが握っているサイリウムだけ。
「みなさま、申し訳ございません! 我々の不手際でブレーカーが落ちてしまいました。電力が復旧するまで、もうしばらくお待ちください」
「ごめんよーっ! 悪いけどそういうことだから、ライブが再開できるまでちょいと待っててくれ」
会場は騒然となったが、スタッフの1人とケンヂが暗い中でなんとか呼びかけたこともあり、ひとまず落ち着きを取り戻す。しかし不安なものは不安だし、不満も当然沸く。
「えーっ、そんな。アデリーンさんに元気になってもらいたくてナルちゃんにもお願いしたのに……」
「いや、その気持ちだけでも嬉しいのよ。しかし何か引っかかるわね……」
那留も葵も竜平もオロオロしていた中で、最初からもう冷静だったアデリーンの中で疑念が生じていた。
停電になるタイミングが妙に「出来すぎている」、「わざとらしい」……と。
「ちょっとスタッフゥ〜〜! どこにいんの! 何やってんのよ! お金返してよ!」
「み、ミヅキ! よしなさいってば! 恥ずかしいわよ!」
楽しみを踏みにじられたと思って目を吊り上げてまで怒り出し、抗議しようとスタッフを探し出そうとしていた蜜月をアデリーンが止めたところで、ようやく照明が点く。
「やったぞ!」、「ライブ再開だ!」、「よかったわ……」と、安堵の声が続々と上がったが、次の瞬間彼らは恐ろしいものを目にする。
「キャーッ!?」
「な、なんだあれ!?」
「モンスターだあああああ!?」
一転して、まるで絶頂から突き落とされたような阿鼻叫喚の叫びが会場内に響く。
異常なものを感じたアデリーンと蜜月が血相を変えて、自分たちがいる列から視点を変えて前を向くと――。
「スクウォークッ!」
「バクオーン!!」
なんと、舞台上に緑色のオウムのサイボーグとも言うべき怪人と、叫ぶ顔と腕が上半身にいくつも生え、真ん中の顔にはヘッドホンがついているというグロテスクな容姿のショッキングピンクの体のロボットのような怪人が立ち、チリペッパーズのメンバー全員を縛り付けていたのだ!
「なんじゃとて!?」
「……あっちょんぶりけ!?」
驚いたアデリーンによって肩をつかまれ、頰を押し付けられた蜜月は変な顔をして変な声を出してしまった。
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