FILE115:あこがれのアノ人に笑顔を取り戻せるなら

 


 梶原葵がアデリーンから天国に旅立った姉妹たちや浦和博士に関することを聞かせてもらい、帰宅してからのことだ。


「どうしたもんか……」


 1階のリビングにいた葵は一瞬、唇の上に鉛筆を乗せた後に左手に戻して考え事をしていた。

 この梶原家は外観・内装ともに庶民の範疇ではあったものの、割と裕福でもあった。


「みんなには元気になってほしい。でもあの身の上話を聞いた後だからなー……」


 アデリーンの悲しい目が頭から離れない。知らぬところでずっと、あんなつらい思いをしながら戦ってきたのだろう。

 こんな自分でも力になれるのであればなりたい。

 だからこうして彼女は、今もどこかで落ち込んでいると思われるアデリーンたちを笑顔にしたいと望んでおり、こうして思案中というわけだ。


「葵ー、さっきから何難しい顔してるの? アデリーンさんのこと?」


「な、なんでわかったの!?」


「やーね。私が何年あんたのお母さんやってると思ってるのよ」


 そこに洗濯物を取り込むのを終えたところだった母親の春子が入ってきて、なんと娘が何を悩んでいたかをズバリ言い当てた。

 この鋭さも親子だからこそであろう。

 手慣れた動きでテキパキと乾いた洗濯物を収納した春子は、ニンマリ笑って葵に寄り添い、娘である彼女の顔を自分に向かせる。

 少しくたびれた雰囲気ながらも年齢を感じさせず、近所でも評判になるほど美貌の持ち主であるため、葵も思わずドキッとした。


「わたしね、嫌なことを忘れて楽しく、パーっと盛り上がれそうなのを考えてたんだよね」


「カラオケとか、ゲーセンとか、ボウリング場とか?」


「そーなんだけどぉ……。その辺は行こうと思えばいつでも行けるから、普段行けないようなね。もっとこう刺激的で、日頃のストレスも発散できそうなやつがいい。そういうのとは逆に図書館みたいな静かなところでリラックスも良さそうかなとは、思ったんだけどさー」


「こないだみたいに、小百合ちゃんトコの綾ちゃんの舞台は行かないの? あれも盛り上がれる系じゃない?」


「お義姉さんの次の公開リハか公演いつだったかなあ……そもそもアポとって見学させてもらえるのか……」


 母子仲良く、首をかしげて腕を組み何かいいアイデアがないものか絞り出さんとする。


「ともかくね。アデリーンさんはわたしが見たところ、他の人にあんまり弱みを見せない人なんだって思ってるの。プライドが高いからって言うより、アレだよ。自分のために余計な心配をかけさせたくないって感じなの」


「そう言えばあんた、さっき言ってたわね。アデリーンさんのご家族に不幸があったとか――。詳しくは知らないけど、その辺の事情も関係してるんじゃない」


 以前、娘ともどもカメレオンガイストに襲われた時に助けてもらったことをはじめアデリーンには何度も守ってもらっていて、江村一家らヘリックスの被害者が組織のことをメディアに公表して世間に知られたこともあり、ヘリックスという邪悪な組織のことは春子も知っていたものの、葵はアデリーンから聞いた話はある程度ぼかして母に伝えていた。

 アデリーンに負担をかけてしまうかもしれないことを恐れてだ。

 これは母・春子のためでもあったのだ。

 アデリーンが人造人間である点などはもちろん彼女も聞かされていたが、彼女に関するあれこれを知りすぎたら、把握しすぎたならばいつか母が消されるかもしれない――という不安が、葵の中にあったためだ。

 そんな根拠もないのに、とは、葵自身も思ってはいたが。


「わたしだったら耐えられないよ。妹がたくさんいても長生きできずに死んじゃうんだよ、そんなの……」


 1人っ子であることをさみしく思ったことは数あれど、幸運に思ったことは今日がはじめてだ。

 『』や姉妹を失うことの怖さや辛苦は――計り知れない。

 あこがれと尊敬を抱いている対象であるアデリーンのためを想うゆえに、うつむいて目も背けた娘を見て、母は不憫に思って葵の背中を優しくなでる。


「って、わたしまでこうなってどうすんだ! アデリーンさんは同じような思いを何度も繰り返して乗り越えてきたはずだし、だからまた笑顔になれて喜んでもらえるような……」


 なんとか立ち直れた葵は奮起して考えるのを再開する。

 そして――当てになりそうなものをひとつだけ思い出し、目を見開いた。


「……これだ……!」


「これって言うと?」


 珍しく浮き沈みが激しい娘を前に、呆気にとられた春子を二度見した葵がその手を握って、こう告げる。


「ライブハウスだよ! ちょうど軽音部のナルちゃんがチケット買いすぎて困ってたんだった!!」


「それだわ葵!!」


 どうやらアデリーンがあずかり知らぬところで、交友関係の広さに偶然――救われてしまったようだ。

 いや、これも、必然だったのかもしれない。


「でもわたしも竜平君も、アデリーンさんたちも別にバンドもジャズもやってるわけじゃないしなー。大丈夫かな」


「しらん」

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