FILE111:震える獄門山・前編

 敵の追跡は激しく、背後で何度も爆炎が噴きあがり、機銃の掃射は止むことはない。

 そんな中でもアデリーンはロザリアを抱きかかえ、蜜月に援護してもらいながら必死で逃げていた。

 基地内の廊下や坑道を抜け、追っ手のうちいくつかのグループを撃破したところで専用バイクを召喚し、アデリーンのほうのマシンにロザリアを乗せて一気に加速する。

 基地の壁を破壊して外部に飛び出すと、舗装された道を抜けて渓流のほとりに差し掛かる。


「一応は巻けたわね。あとはワープドライブで街のほうまで――!?」


 いったんバイクを降りて、ヘッドパーツを外して髪を梳くなどして一安心、小休憩――しようとしたところで、すぐそこの河原にあった石や向かいの木々や茂みが歪んで見えた。

 アデリーンの視覚に異常が出たわけではなく、それは蜜月にもロザリアにも見えていたのだ。

 その原因は――。


「今ねじれたのはいったい……」


「ウワーッハハハハハハハハ! 我々からは逃げられないぞ」


 周囲の空間が激しく歪んだその刹那、赤色をベースとする極彩色の光の中から白地に赤いラインの入ったジャケット姿の男性が、毒蛾の怪人とショベルカーの怪人を連れて現れた。

 アデリーンと蜜月はとっさにヘッドパーツを被って完全武装体制をとる。


「エンジ……。まだあきらめていなかったの!?」


「その娘を連れ出そうとしても無駄だ。人は、善と悪の2つの心がなくては


 黒い輝きを放つロザリアの悪の心が取り込まれた【心の聖杯】を片手に、兜円次は彼女たちを指差して悪辣に笑う。

 その目は冷酷で、アデリーンとロザリアをだと決めつけて見下し、蜜月のことは薄汚れた裏社会の人間だとして軽蔑の意を向けていた。


「誰が信じるものかよ! そんなオカルトッ!」


「かわいくないヤツ! いいか……No.0よ。お前と同じく不死性を発現させていると言っても、悪の心を失くして精神のバランスを崩したことで、じきにNo.13はずっと寝たきりとなろう。生きたまま死ぬようなものさ」


 アデリーンは、ロザリアを抱えて彼女を少しでも兜たちから遠ざけようとする。

 これ以上、妹である彼女が泣いているところを見たくはない。

 蜜月は愛銃であるキルショットヴァイザーを両手で構えて、隙あらばいつでも相手を撃って、逃げるための時間を稼がんとしていた。


「ウソおっしゃい。この子は死んだりなんかしないわ、私がそうであるように」


「……っ!!」


「ダメよ、しっかり!」


 ロザリアが喉を押さえて苦しみ出す。心配かけさせまいと笑顔を作ってはいたが、逆効果であり、かえってアデリーンと蜜月を不安にさせてしまう。


「弱るのも無理はなかろう。No.13ことロザリアは、我らがずーっと研究材料としてあらゆる実験で利用してきたのだからな」


 ≪タキプレウス……≫


 右手の中で転がしていた緋色のジーンスフィアを親指と人差し指でつまんだ兜円次は、ねじって変身する。

 全身を振るわせて、激しい振動により生じた衝撃波で周囲を攻撃する!

 アデリーンも蜜月もその場に踏みとどまったが、兜の部下の2大怪人は思わず膝を突きそうになった。


「さあ、おとなしくNo.13を返すんだ。この愚か者どもめ」


 心の聖杯をしまってから、額に第3の目を持つカブトガニの上級怪人・タキプレウスガイストが両腕を広げて迫る。


「お断りよ。あなたたちの非道な実験もここで終わりにする!」


「ほざくなよッ!」


 片腕でロザリアを抱えたまま、アデリーンはブリザラスターを撃ち蜜月もKSヴァイザーで援護射撃をするが、敵の装甲の強度はすさまじくほとんど通じていない。

 構わず蜜月が撃ち続ける中で、アデリーンは向こう岸の岩場までジャンプして、比較的平らな岩の上にロザリアを置く。

 マスク越しに姉が笑ったのを、妹であるロザリアはしっかりとわかっていた。


「エクスプロードレイ!」


「ホリイイイイ!」


 第3の目から放たれた破壊光線が周囲を薙ぎ払い、大爆発を発生させる。爆風と水しぶきが上がる中でアデリーンと蜜月は吹っ飛び、更にショベルガイストが巨大な右腕を伸ばして振り払い、あるいはバケットでつかんで地面に叩きつけた。


「ガガガガガガ!」


「ッ!」


「こんな鱗粉……!」


 更にモスガイストは空を飛び、空中で光る粉を散布する。言うまでもなく毒を持つ鱗粉だ。

 それにより、2人の体が一時的に痺れる。


「姉様! ミヅキお姉さーん!?」


 自分を助けに来てくれた2人がいいようにやられてしまう姿を見せつけられて、ロザリアは耐えられずに叫ぶ。

 それを見てタキプレウスガイストは薄ら笑いした。


「作り物ごときが何を感情的になっている……。お前も、お前の妹も、人間になったつもりか? 気味が悪いッ!」


 罵倒してから、タキプレウスガイストは第3の目から破壊エネルギー弾をばらまいて周囲を爆破し、アデリーンと蜜月を川のほうへとぶっ飛ばして着水させた。


「No.0ォ……! お前は妹を助けられると思っているんだろうが、それは叶わぬ話だ。善の心だけが残ったヤツの体は結局長くはもたないんだ」


「騙されないわよ。ウソをつくならもっとましなウソをつくのね」


 同時に起き上がって、アデリーンと蜜月はパンチを繰り出すがどちらも受け止められてしまう。

 エルボーと足払いをかけたあと、タキプレウスガイストは不敵に笑って、その右手にカブトガニのしっぽのごとく鋭くギザギザの突起がついた剣・【キングクラブテール】を、左手にはカブトガニの甲羅を思わせる形状の盾・【トリデンタガード】を装備した。

 どちらもタキプレウス本体と同じく緋色や銀色だ。


「虫ケラどもがいつまでも刃向かいおって! カッシース!!」


「ッ! イィィィイヤアアアアアアッ!」


「うおおおおおおおおおおお!!」


 どれほど激しい攻撃を受けようと決して意志を曲げず、勇気を失わない2人のヒーローに、タキプレウスガイストは容赦なくその魔剣を振るって蹂躙する。

 そして、極めつけは第3の目から放たれるビームと――。


「テンセコンドキル!」


 ――その時、アデリーンたちの身に何が起こったかは当人たちは知る由もない。

 ショベルガイストとモスガイストもだ。

 動きが完全に、止まってしまっていたのだ。


「クックックッ……! 。カッシース!!」


 そう勝ち誇るように笑うと、タキプレウスは第3の目から強力な破壊光線を放って周囲を薙ぎ払って、更には炸裂光弾も大量にばらまく。

 しかし火花が弾け飛ぶことはあっても、大きな爆発などは起きない。

 そのうち10が経過して、すべては――


「くっ! うああああああああああああああ!!」


「きゃあああああああああ!?」


「おびえろ! すくめ! そのメタル・コンバットスーツの性能を活かせぬまま死んでゆけッ!」


 大爆発、そして大炎上。この川の周辺にある森は炎が激しく燃え盛り、川辺では次から次に爆発が起きて、アデリーンと蜜月は爆発に煽られて吹っ飛ばされる。

 兜円次/タキプレウスガイストの部下たちも巻き添えにされており、その中でロザリアが恐怖と困惑から、頭を両手で抱えて叫ぶという、阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられていた。


「くッ!」


 冷たい川の水に叩きつけられた2人のヒーローは著しいダメージから変身が解除され、それでもなお立ち上がろうとした時にタキプレウスガイストが不気味に笑って、ギザギザの鋭い剣と盾を持って接近する。


「あきらめろ! お前のカワイイ妹は、もはや我らが専用の医療設備と技術を用意しなければ回復は見込めぬ。そのようになっているのだよ……。ウワーッハハハハハハハハハハハハ!!」


「どこまでも汚いわね……。エンジッ!!」


「フン! 何とでも言うがいいさ。ルール無用がこの俺の騎士道よ!」


 ロザリアに近寄って回収しようとするタキプレウスにしがみついてでも、アデリーンは彼を止めようとしたが、その彼は苛立ちながら振り払おうとする。

 そこに蜜月も加わって2人で取り押さえようとしたが、その時、タキプレウスこと兜円次は怒りを爆発させた。


「うっとうしい愚か者ども! いつまでもウジャウジャと……! カッシース!!」


 そして、放り投げられた2人のヒーローはおびえているロザリアのもとに着地。

 宙で体勢を立て直すだけの余力はまだあったし、アデリーンはロザリアに寄り添ってその身を抱え上げ、蜜月は片目をつむってKSヴァイザーを握る。


「ともかくだ! お前たちも大人の女なら聞き分けろ。No.13を救いたくば、素直にそいつの身柄を我々に返してもらおう! そしてお前たちには我らに忠誠を誓うか、あるいは死か……。その2つの道しかない!!」


「冗談じゃないわ! 私たちは私たちなりにこの子を救う方法を見つける。あなたたちの思い通りになんて――」


「まだそんなことを言うかッ! そいつを救える手立ても無いくせに、この人間もどきめが!!」


 タキプレウスは右手に持った剣を振るってアデリーンの顔を傷つける。それに憤った蜜月が銃を連射するも、彼女も足蹴にされてしまう。


「兜ッ! やめろッ!」


「……じゃあ、なに? 私たちが何も成し遂げられていないって、あなたはそう言いたいわけ?」


「ああ、そうさ。お前たちがNo.13を助けようとしているその姿勢が、かえってNo.13を追い詰めているというのに、わかろうともしないではないか」


「理解者面して! 散々ロザリアのことをいたぶって、楽しんでいたんでしょう。その邪悪な目つきを見ていたらわかるのよ」


「ね、姉様……」


 苦しそうに喘ぎ、目もあまり開けられないロザリアの様子を見たら、現実を突きつけられたような気分になった。

 実際、騙すために適当にでっち上げたにしても真実味がありすぎる。

 ――だからといって、アデリーンとしてはそう簡単に兜円次からの要求を呑みたくはない。


「信じちゃダメだ、そいつの言葉を――!」


 蜜月はタキプレウスに銃を向けながら、そう気にかけたもののアデリーンは葛藤し始めている。

 このままクラリティアナ邸に戻っても彼女の治療ができる機材や設備が整っているとは言いきれないし、もちろん市民病院に容易に預けてしまうわけにもいかない。

 なら、相手の言う通りにするフリをして、治療を受けさせた上で逃亡を図るほうがいいのではないか?

 どうあっても【妹】を救いたいというのは、【姉】としてのエゴがそうさせるのか――と、アデリーンはこの現状を憂う。


(こんな、世界中の人々を脅かしているヤツらの言いなりにはなりたくないわ。けれど、ロザリアを助けたい。どちらにしてもロザリアが確実に助かるという保証はない……)


 絶望したのではない、希望を捨ててはいない。

 そんな顔だ。

 しかし、ここからふとしたきっかけで戦意を失くしてしまいそうな――。

 決断を迫られている今、そういった危うさがアデリーンにはあった。

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