FILE093:葵に危機が!?

 その晩、とある廃校舎――。

 取り壊されるのを待つその場所の、机がすべて隅に追いやられた教室の1つに、竜平と葵は縄で縛られて囚われていた。

 彼らのほかにも竜平に油田蝉丸の異変を知らせた高校生・柳沢や、一時的に元の姿に戻ったその蝉丸らが捕まっており、彼らの前にデリンジャーが現れて嫌味ったらしく笑う。

 人質にされた竜平たちのことは、フリックガイストことフリッツが見張っている。

 設立者も、よもやこのような形で旧校舎が使われることになろうとは思わなかっただろう。


「ちょ……。キツイ……」


 彼女をさらったデリンジャーの趣味なのか、葵は胸の辺りを強調するように縛られており、少し窮屈そうにしていた。

 葵をあられもない姿にして鼻の下を伸ばしたデリンジャーは、品の無い薄ら笑いをしてから竜平へと詰め寄る。


「ハッハッハッハッ!!」


 すでに勝った気でいるデリンジャーが、品性に欠けた笑い声を上げて竜平を蹴る。

 左耳にはインカムをつけていたが、これは所属する組織の本部――ヘリックスシティへと連絡を取る用である。


「や、やめろ! まだ子どもだぞ!?」


「うるさい! 逆らっても無駄だぞ。ぼくがお前にジーンスフィアを使ったら、また言いなりになるんだ」


 抗議してきた蝉丸にも暴力を振るって黙らせたデリンジャーが、改めて竜平のほうを向き足蹴にする。

 葵は、ボーイフレンドがひどい目に遭わされているところを見せられて心を痛めていた。


「さあ吐け! 吐くんだ! ぼくらの最終兵器・ビッグガイスターの設計図をどこに隠したッ!」


「知らないって言ってんだろ!?」


「そうかい。知らないなら知らないで、かまいやしないよ。お前んちのお姉ちゃんか、お母ちゃんにでも聞けばいいだけだからなァ……」


 ニチャア、と、デリンジャーが浮かべた歪みきった気色悪い笑みは、竜平や葵たちを引かせるには十分すぎた。

 彼の腹を蹴って、今度は強引に起こして掴み上げると、机が並べられている方向に投げ飛ばして痛めつける。

 葵と竜平の友人の柳沢はそのむごすぎる仕打ちに目をつむった。


「やめて! 竜平君に乱暴しないで!」


 苛立つデリンジャーだったが、表面上だけでも紳士的に振る舞おうと考えその通りにして葵に振り向く。

 だが、ゲスでちっぽけな本心はとっくに見透かされていた。


「そう心配するなよォ、お嬢ちゃんのことは、このヘタレ彼氏に代わってぼくが慰めてあげるからねぇ……」


「……自分より弱い者をいじめて、男として、人としてカッコ悪いって思わないのか!」


「このクソガキがァァァアア」


 痛いところを突かれたデリンジャーはまた竜平のほうを向き、顔をグシャグシャにしてから胸ぐらをつかんでぶん殴る。

 竜平から言われた通り、自身がみっともないと思っていた自覚があったことの裏返しだ。


「本当に設計図のことは知らないんだな……!?」


『何をしておるかデリンジャー!』


 デリンジャーのつけたインカムから大音量で響くは、ヘリックスの総裁ギルモアからの罵声だ。

 なまじ、デリンジャーが軽率な行動を取ったばかりに、ヘリックスという闇組織のトップの声がこの場にいた人質にも知られてしまったというわけだ。

 ――大失態である。


『今は設計図の捜索よりも、裏切り者の蜂須賀蜜月を処刑することが先決じゃ。我々の機密情報を知っているあの女狐を野放しにしてはならぬ!』


「くッ……も、申し訳ございません、総裁ギルモア!」


(ギルモア……って、アデリーンや蜜月さんが言ってた諸悪の根源の……?)


(こんなに怒りっぽいなんて、かなりのお年みたい……)


 叱責されておびえてしまったところを全員に見られた上、一応は目下の者のはずのフリッツにさえ笑われて――その腹いせに、デリンジャーは竜平の顔面を殴る。

 繰り返される彼への暴行に憤りを感じた葵だったが、ここは抑えて冷静さを取り戻す。

 感情のままに罵声を浴びせてしまったら、デリンジャーのようなゲスでみっともない人間と同レベルに成り下がると察したからだ。


「……カッコ悪いの。ボスに怒られてムカついたからって、竜平君に八つ当たりするなんて。あなたみたいな大人にだけはなりたくない」


「お、おい、梶原……!? やばいって、あんまりあの悪党を刺激しちゃあ……」


 葵が殺されると心配した柳沢が縛られたままで彼女を止めようとするが、葵は顔を険しくしたまま柳沢を見て首を横に振る。

 「心配しないで」、と、伝えたいのだろう。


「こ……こんなヘボ彼氏のどこがいいんだ。少なくともぼくのほうがお前を幸せにできるぞ。このボンクラに代わってぼくが養ってやる」


「イキってるだけのコウモリ野郎め。葵が、お前なんかになびくもんか。それにアデリーンたちはきっと助けに来る」


「そうだよ、あなたの思い通りになんかならない。世の中悪いことは出来ないようになってるの」


「なんだとォ!?」


 人質にした竜平と葵から煽られ続け、ヒステリックに怒鳴った彼が振り上げた拳をフリッツが止めに入る。

 今頃は恐怖に引きつらせる――はずだったのに、と、デリンジャーはますますいきり立ち、余裕のない顔でフリッツをにらむ。


「無闇に人質を傷つけてはマズい。やつら・・・がこいつらを助けに来た時に怒りを買うだけだ」


「ぼくに指図するなァ!」


 フリッツの手を払ってから、デリンジャーは彼の胸倉をつかんで歯ぎしりする。

 だがフリッツは動じてすらいない。

 それどころか、矮小な彼を見下してさえいた。


「どちらにせよこれ以上はご自分の首を絞めるだけ」


「この野郎、下っ端の分際で……!!」


「置かれた立場をお分かりでないらしい? そんなだから禍津様たちから見くびられるんですよ。ハハハハハハ……!」


 嘲笑するフリッツの言葉は、デリンジャーにとっては「お前は組織のお荷物」だと宣言されてしまったようなもので、デリンジャーは一転してガックリと肩を落とした。

 竜平に葵、そして柳沢は見たくもない人間社会の闇を見せつけられてしまったも同然で、げんなりしていた。

 しかし竜平と葵は、そんな状況に立たされようともアデリーンたちが助けに来てくれるという希望を、捨ててはいなかったのである。

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