FILE092:ひみつ基地へご招待!

 その頃、テイラーグループの日本支社。

 同社が誇るラボの内部――そのSF映画さながらの内装と設備が取り揃えられた一室を借りて、社長の虎姫・T・テイラーが椅子に座ってキーボードに向かい、秘書の磯村や部下の研究員たちと協力し合い、懸命に何らかのデータを打ち込んでいる最中だった。


「もう少し、もう少しで完成しそうなんだ。あとはこのデータをアロンソさんたちに――」


 黒いメッシュ入りの銀髪が自慢の彼女が口にしたアロンソとは、アデリーン・クラリティアナの父親である。

 アデリーンとは血は繋がっていないが、実の親子も同然の絆と愛情で結ばれていた。


「うっ……」


「社長、ここは片桐さんたちに任せてご休憩なさったほうが……。昨晩から夜通しでやられていたのでは、お身体がもちませんよ」


「わたしなら大丈夫だ……。磯村君」


 著しい精神・肉体的疲労から崩れかかったため、秘書の磯村含む周囲の者たちから心配を寄せられるも、虎姫は目をつむって笑顔を作りやせ我慢する。

 彼女が会社のために健闘してくれるのは嬉しいのだが無理をしてまで働いてほしくない磯村としては、複雑な胸中であった。


「あとは私どもでやりますから、虎姫社長はどうかお休みを取られて――」


 目尻を下げて不安げに声をかけてきた研究員の1人の肩に手を置き、睡魔に抵抗する素振りを見せながら虎姫は笑顔のままで、「だから大丈夫」と、語りかけた。


「【ネクサス】は、わたしが責任を持って必ず完成させます」


 丁寧に、自信を持って彼女は部下たちの前でそう誓う。



 ☆★☆★



「……で……」


 同時刻――。

 一時休息をとるため、アデリーンは蜜月を連れて自宅であるクラリティアナ邸へと戻ってリビングでくつろいでいた。

 母・マーサも妹・エリスもおおむね好意的ではあったが、父・アロンソだけはモヤモヤしている。

 理由は、娘が仲良くしている蜜月がアウトローだったからにほかならない。

 テーブルを囲む彼女たちがどこに座っているかだが、アデリーンは蜜月とエリスの間に挟まる形で座っており、彼女の向かいにいるアロンソとマーサは隣同士だ。


「なんで蜂須賀さんをウチに入れたんだい!?」


「お父さん、そろそろ警戒しなくても……」


 アデリーンからなだめられたアロンソは、腕を組んでそっぽを向く。

 妻からも「まあまあ」とは言われたものの、「えー……」と、蜜月に引いている様子を見せた。

 彼のそんな姿を目の当たりにした蜜月は、ばつが悪そうに後頭部をかく。


「そうですよ、ミヅキさんは悪くないもの。ですよね?」


「エリたそ、あんたのほうから、もっと旦那様に言ってあげて……」


 困った笑みをエリスに向けると、蜜月は彼女に頼み込む。

 自分からアロンソに言っても多分認めてくれないからだろう。


「それにしても、まさかそんなことになっていたなんてね……。母さんたちはお家の中にいたから気付かなかったわ」


「奥様方に何も起こらなくて本当に良かった」


 シケーダガイストが発生させる殺人音波が広い範囲に及ぶのは火を見るよりも明らか。

 なので、これ以上被害が拡大してしまう前に倒して、正気に戻す必要がある。

 最悪の事態も起こりうると想定していた蜜月にとっては、クラリティアナ家の面々が無事でホッとしたところもあった。


「きっかけは、リュウヘイが友達が通う高校の先生の様子が変だと知らせてくれたことでした。それで街に行ったら、その先生がセミみたいなディスガイストに変身して暴れていて――」


「その竜平っち……げふんげふん、竜平君と葵っ……ゲホッ! ゲホッ! 葵ちゃんが新手のディスガイストにさらわれてしまったのです」


 まじめに事情を話すアデリーンはともかく、ついいつものノリになってしまった蜜月は慌てて取り繕う。

 そういう配慮はしなくても、クラリティアナ夫妻とエリスは、蜜月の気さくで飄々としつつも誠実な人柄についてはもう知っていたのだが、せめて彼らの前では丁寧に、慇懃に振る舞いたかったのであろう。

 もう手遅れだが――。


「怪人にさらわれてしまったなんて、お2人とももう助からないんでしょうか。私、エリスはリュウヘイくんともアオイとももっとお話ししたかったのですけど……」


「勝手にあきらめないの。私とミヅキで必ず助け出してみせるから、ね?」


 右隣にいたエリスが心配そうにしていたので、「よしよし」と、アデリーンは慰める。

 元々、1人っ子である蜜月はそんな姉妹の姿を見て、「姉妹愛。尊いもんだね……」と、感傷に浸る笑みをこぼした。


「旦那様、奥様。改めてこの子は独りぼっちなんかじゃないんだって、そう思えました。ワタシもずっと一緒にいられるわけじゃないですから、もし孤立するようなことがあったらどうしようかと――」


「娘たちのことをそこまで思っていてくださったんですね。その、疑ってばかりで本当に」


 暖かい目をアロンソに向けたとき、彼は唐突に机に向かって頭を下げ始める。

 勢いが強いので頭も打ってしまった。


「申し訳なかったッ」


「「「「えぇ~~……」」」」


 ――これには妻のマーサも、2人いる娘も、来客の蜜月も呆気にとられた。


「ま、まあ……信じてもらえたみたいで何よりだわ。父は今までミヅキに対して素直になれなかっただけだから、気にしないで」


「え? う、うん……」


 父親についてあらぬ方向に誤解されたらまずいと思ったアデリーンが、少し困った顔をしながらもすかさずフォローを入れる。

 彼女から教えられたとおりの人柄であることは、蜜月も何となくわかってはいたことではあるが。


「それよりメンテナンスに付き合ってもらえる? この家の地下に秘密基地があるんだけどね――」


「メンテ? 地下? 秘密基地? ……マジか?」


「マジ」


 エリスと触れ合いながら彼女が言ったことが素っ頓狂に思えた蜜月は、最初はそれが信じられなかった。

 実際にその目で見て、触れるまでは。


「こっちよ」


「どうぞついて来てください」


 事前に両親から許可を得てから、にっこりした様子のアデリーンとエリスに連れられて、蜜月は地下への階段をゆっくりと降りる。

 その先には――SF映画や特撮番組で実際に出てきそうな秘密基地が、確かに点在していた。


「か……科学の力って、スゲーッ!」


「それ、まだ早いわよ」


 周りに響くほどの声量で叫んでしまった蜜月は注意を受け、引き続き姉妹について行く。

 クラリティアナ邸には何度か訪問している蜜月だが、地下の基地に入ったのは今日がはじめてである。

 メンテナンスルームへと行く間に、研究室も兼ねたモニタールーム、装備開発用の工房、居住スペース、と、基地内をざっくりと見せてもらったところで、件のメンテナンスルームへと辿り着く。

 ガラス張りの向こうには、アデリーンがボディチェックを行なうための培養槽が置かれていた。

 仰向けやうつ伏せになって中に入る形状と方向だ。


「ほかにもいろいろあったけど、ここがメンテナンスルームです。あなたがまだ入院していた時、エリスもここであれこれ傷を癒したり調整したりしてたのよ。もちろんお風呂にも一緒に入って、体を洗ってあげたこともあったわ」


「姉妹で一緒にお風呂――!?」


 うっとりして、秘密基地内部に取り揃えられた近未来的な設備の数々にも驚かされて、蜜月は様々なリアクションをとる必要があったのでひたすらに忙しかった。

 そのうち、アデリーンは慣れた手つきで壁にあるスイッチを押して電源を入れると、カゴを持ってガラスの向こうにあるメンテ用の培養槽へと向かっていく。

 これはもちろん服を脱いで入れるためだ。


「エリスもアレやったんだよね……」


「ひんやりして結構気持ちいいんです」


『お帰りなさい。これよりチェックを開始します』


 エリスと話しているうちに、この基地を管理するスーパーコンピューター・【ナンシー】によるボディチェックが開始された。


「今の誰!?」


「ナンシーです。優秀な人工知能で……」


 カゴに衣服を入れて、すました顔をして一糸まとわぬ姿で培養槽に入ったアデリーンを培養槽に付属されたスキャナーが透析し、1つ1つ細かくチェックする。

 今回はとくに念入りだったらしく、はじめて見た蜜月はともかく、エリスまでもが驚きを隠せなかったほどだ。


『チェックワン、精神状態に少し乱れが見られます。ご不安がおありでしたら、ご家族やご友人に遠慮せず打ち明けてください』


「ヒューッ! いいこと言うね~。未来ずら……」


 おおよそ機械とは思えぬ人間味と気配りの上手さ。

 エリスとともに感銘を受けて喜ぶ蜜月――だったが、その刹那、期待も感動もサイテーな形で裏切られることとなる。


『チェックツー、せっかくなのでそのご友人にも、このあとメンテナンスしてもらって行ってはいかがでしょうか?』


「言い方に気を付けろよな。……この……へんたいふしんしゃAIがああああああああああああ!!」


 ――前言撤回。

 そこは蜜月も乙女ゆえか、ナンシーからセクハラまがいのことをアナウンスされたせいでブチギレて興奮し出すも、「ミヅキさん、どうかここは穏便に……」と、エリスが必死になって制止したことで落ち着いた。


『以上です。お疲れ様でした』


「ナンシー、あなたねぇ……」


 培養槽から出て体を拭き、服も着てきたアデリーンは、またも余計なことをしゃべったナンシーに注意してから蜜月とエリスのほうを向く。

 肌着とズボンのみで、上着はもう少し乾かしてから着るつもりだったようだが――知ってか知らずかフェロモンを漂わせており、まだしっとりしている金髪と透き通る肌、恵まれた体型という組み合わせは、あまりにもセクシーだ。

 2人とも思わず見とれてしまい、アデリーンは「もうっ」と照れる。


「そうそう。ナンシーは一言多いけど、いつもあんな感じだから気にしないで。それに私たちのことを大切に想ってくれているの」


「うぇ~、ホントかよ~? 信用しちゃって大丈夫?」


「信じてあげて」


「まー……アデレードがそう言うんなら」


 アデリーンに笑顔を見せられたからには、あれこれケチをつけても仕方がないと、蜜月は割り切れた。

 それからメンテナンスルームを出て、一同は次は基地内の居住スペースへと足を踏み入れる。

 そのうちの1室の壁際にソファーがあり、部屋の真ん中には机、テレビのほかにはカラオケ用の機材と冷蔵庫にウォーターサーバー、ドリンクバーなども完備していた。


「わぁ~! 最高じゃんよ……。さっきから子どもの時に何度も夢に思い描いたやつのオンパレード! 素晴らしいッ!!」


「気に入ってくれたみたいで何よりだわ♪ この基地はシェルターも兼ねてるから、もしもの時はここに避難するように決めてるの」


 ドリンクバーにて、アデリーンは乳酸菌が摂れる白いジュースを、蜜月はメロンソーダを、エリスはジンジャエールを注いで、ソファーに腰かけるとそれらを飲んで少し休憩をとる。

 休憩を済ませてから、今度はモニタールームまで移動した。大小様々な画面とコンパネ、会議用のテーブルと椅子が点在し、また、転送する/される用途に使われると思われるカプセル状の装置も置かれていた。


「ウワーッ! こりゃまたすんごいことになってるな! 秘密基地と言えば、こーゆー感じの部屋だよねッ!」


「ここはおもにテイラーグループをはじめとする協力者の皆さんと連絡を取り合う時に使ってるわね。もちろん研究にも使うのよ」


「今まで姉さんが救った人の中で、姉さんが正体を明かした人たちがそうですね」


「そうね。善意の有力者とか、【アンチヘリックス同盟】……と言った風にね」


「【アンチヘリックス同盟】――。確か、その名の通りヘリックス撲滅を目指す正義の組織だったか。そう言えばヘリックスに雇われていた時、聞いたことがあったような無かったような」


 アデリーンとエリスから話を伺っていた中でいかにもな・・・・・団体の名前も出たので、以前の記憶をたぐり寄せて思い出そうとする蜜月だったが――その矢先、モニタールームの中でも一際大きな画面に突然、虎姫の姿が映し出される。

 当たり前のように3人とも大画面のほうを向いた。


「ヒメちゃんじゃない」


『や、やあ……。皆さん、おそろいで。突然だが嬉しいニュースがある。なんとこのたび新発明が完成したのだ!』


 画面の向こうの虎姫は目の下に隈もできていて、いつもの凜とした美人とは少し違う様相を見せていた。

 彼女の隣に立っていた磯村も、少し不安そうな顔で虎姫とアデリーンたちを見ている。


「新発明!?」


『今から転送する』


 カプセル状の転送装置内に閃光が走り、そのまばゆい光が収まると同時にエメラルドグリーンに輝く拡張パーツのようなものが出現した。

 蜜月がそのカプセルを開き、アデリーンへと渡す。


「自然と優しくなれる未知のエネルギーだ。触っただけでも伝わる……」


「見ただけで温かみと優しさを感じるわ。これはいったい」


『それは君たちに更なる力を与える【ネクサスフレーム】だ。ただちに装備したまえ!!』


 意図を理解したアデリーンは、それを右腕にはめたギミック付きの腕時計・【ウォッチングトランサー】へと取り付ける。

 エメラルドグリーンに光るそれは、メタリックブルーを基調とするトランサーにもマッチしていた。


『そのネクサスフレームを使うには、今までの2倍の体力・気力・精神力と、強い信頼関係で結ばれた仲間との絆の力が必要不可欠だ。けれどわたしは、君たちなら可能だと信じている』


「……ふふふ。私たちに使いこなせるかしら?」


 不安がなかったわけではないが、アデリーンは余裕の微笑みを見せている。

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