FILE084:あッ!温泉街は地獄に変わる!?
【福ノ湯】は、終戦より代々続く老舗旅館である。
規模も大きく、今日も心温まる温泉と幸福をもたらす食事を目当てに多くの人々が訪れていた。
真北に点在する【こよみ屋】とは長年に渡って、「どちらがより、お客様をおもてなしできているか?」を争うライバル関係にあった。
「はぁ……」
「ため息ついちゃって。もうバテたの、ミヅキ?」
「ちゃうちゃう。息を呑むような見事な建築だ……って、感動してたのよワタシゃ」
中に入って、玄関に上がろうとするとそこにはアデリーンと蜜月にとって見慣れた姿があった。
黒いメッシュ入りのシルバーホワイトの髪を有し、浅葱色またはアイスブルーの瞳の凛々しい女性が、受付している最中だったのだ。
和服の似合う受付嬢とほがらかに世間話でもしていたところ、彼女は後ろから来ていた2人に気付く。
「君たちは!」
「誰かと思ったら、ヒメちゃんじゃない。こんなところで会うなんて」
そう、虎姫・セオレム・テイラーだ。
普段のスーツ姿とは違う、気品がありながらもかわいらしく、大人っぽさもある洋服を着ていた。
セピア色のブラウスに落ち着いたブラウンのロングスカート、そしてローファーというコーデだったが、ファッションについても彼女はぬからない。
「今日はおひとりさまで?」
「そうなるね蜂須賀さん。本当はテイラージャパンのみんなと慰安旅行と行きたかったんだけど、支社長たちからは忙しいからとお断りされてしまってね……でも磯村くんも一緒だから、厳密にはおひとりさまではないな」
「ははーん」、と、アゴに指を添えて話を伺っていた蜜月は納得。
アデリーンはなぜか視線をそらして口笛を吹く。
「急に無理なお願いをして申し訳ないのですが、その……もう2人追加で4人部屋に変更してていただけませんでしょうか」
「かしこまりました」
カウンターの受付嬢は少し困ったが、「お客様に幸せになっていただけるならそのほうがいいに決まっている」、と、頭を柔軟に働かせ、虎姫からのお願いを拒まずに受けた。
◆◆◆◆◆
ベランダ付きの大部屋に案内された4人。
そこは和室なので、当たり前だが畳みが敷かれていたし、部屋の隅には掛け軸や花瓶もあった。
そして、気になるベランダからはこの【朝潮区】が誇る温泉街だけでなく、ビル街や山に森も見えるし、視点を変えれば海のほうも見える。
急な予定変更ではあったが、そこは【こよみ屋】ともタメを張れるほどの旅館である。
アデリーンと蜜月にもまかないが振るわれ、2人とも虎姫や磯村と古くから代々伝わるレシピによって作られた、【福ノ湯】自慢の海鮮料理を堪能した。
海の幸も山の幸もふんだんに使われていおり、船盛はもちろん、イセエビの天ぷらや、カレイ1匹をまるまる使ったからあげ、また、キノコ料理なども出されたという。
「ゴチになりましたッッッッ」
手を合わせて、キリッとしたキザな笑みとともに蜜月が礼を言う。
続けてアデリーンも、「私たちの分もわざわざ追加で用意させてもらって……」と、微笑んで虎姫にお辞儀した。
「いいってことですよ。日頃からお世話になっているほんのお礼……。さて、磯村くん」
磯村がタブレットを起動し、資料を展開するとアデリーンと蜜月に見せる。
黒いミディアムヘアーをくくっており、切れ長の茶色の瞳やまつ毛から鼻に、唇まで整った顔立ちの彼女も私服姿で着ており、スポーツブランドのロゴTシャツに黒い水玉模様のロングスカートという組み合わせであった。
「お2人とも申し訳ございません。あれから研究と解析を進めてはいたのですが、ご覧になられたとおり……例の女王バチのスフィアについては未だにわかっていないのです」
「そ、そんな」
かつて壊滅させた香港マフィアのボス、【ダイサン・ゲーン】の捨て台詞通りになったということなのか。
――蜜月は少し歯がゆい思いをしていた。
「テイラーの技術力なら作られた意味を
「わたしもテイラージャパンのみんなもベストを尽くしてはいたのだ。君たちには本当に申し訳ないことをした」
「社長は悪くありません」、「そうよ、ヒメちゃんに非はないわ」、「悪いのはそんなもん作ったヘリックスだ」、と、それぞれが声をかけて、虎姫を励ます。
少し曇っていた彼女が笑顔を取り戻して、磯村が感慨深そうにしつつタブレットをしまったその時――。
「――なんですって? アオハルさんや七種亭に、ヒノワさんが……!?」
廊下のほうからだ。
焦燥に駆られた男性の声が聞こえてきた。
そのやりとりを聞いて、感覚に優れているアデリーンだけでなく、蜜月も、虎姫も、磯村も、「何かあったのだ」ということを察する。
誰かと話していた男性が挙げていた名を、アデリーンはガイドブックを開いて調べる。
【アオハル温泉】に【温泉宿 七種亭】、【スーパー銭湯 ヒノワ】、いずれも朝潮区内に点在する旅館または銭湯の名だった。
「どういうことだ……?」、と、彼女らの胸のうちに疑問が生じたその瞬間、声の主である男性がスマートフォンを片手にふすまを開けて入って来た。
「あなたは総支配人の!」
虎姫が彼の名を呼ぶ。
――この【福ノ湯】という旅館の総支配人だったようだ。
まだ若いのにこの老舗旅館を背負って支えて生きているほどの男だ。
そんな彼は憔悴しきった顔をして、呼吸まで乱しており、いかにも、「ただ事ではない事態が起きている」……と、伝えたいようだった。
「……福田ユキトです。皆様、大変なことが起こってしまいました。この【朝潮区】でお湯に浸かられた人々が次から次へと体調不良を訴えて、病院に搬送されたと……!」
「えっ!?」
本来なら、従業員や女将がやるべき役目を、彼は自ら率先して行なった。
それにアデリーンたちは感心する。
だがそれどころではない――。
アデリーンは立ち上がり、福田ユキトと視線を合わせる。
彼女のほうがユキトよりも若干背が高かった。
「総支配人さん、何があったか詳しくお聞かせください」
「そ、それが、お風呂を利用されたお客様がいずれも毒に冒されたと、先ほど連絡があって……!」
一同に戦慄と悪寒が走った。
アデリーンは落ち着いていながらも眉をひそめ、蜜月は親指の爪を口元に向けて唇を噛みしめ、虎姫は「なんだって……」と目を見開き、磯村はそんな彼女をなだめる。
「私は素人なので、何が原因でそうなったかはわかりかねますが……。このままでは朝潮どころか、熱海そのものにまで被害が拡大しかねません。私、原因を探ってみます」
「ちょ、待てよ。ワタシも行く」
口約束をしてしまったアデリーンを見かねたか、蜜月も立ち上がってその隣に並ぶ。
「はッ!? ……噂をすれば」
――その時、アデリーンは自身の超感覚で何かキャッチした。
この付近にディスガイストが発生しているという反応だ。
「私行ってきます」
「アデリーン、蜂須賀さん、わたしは安全のためここに残る。移動することがあればまた連絡するよ」
「お気を付けて……」
そうして、アデリーンは蜜月を連れて急いで部屋から出る。
呆気にとられた福田ユキト総支配人は、虎姫のほうを向いた。
「て、テイラーさん。彼女たちはいったい」
そこで、「しーっ」と、虎姫は人差し指を顔の前で立てた。
「ヒーローですよ。わたしたちを救ってくれる……」
◆◆
「でぃ、ディスガイストだ! ヘリックスの怪人だぁー!?」
ディスガイストの反応が出たのは、朝潮区のうちの港の付近かつ、ビルが立ち並ぶ区画の交差点だ。
「サァーシィー!」
「フッ! ハッ! 早く逃げてください!」
体はオレンジ色で全身トゲだらけ、トラフグのような姿をしているディスガイストが、料亭に務めていると思われる服装をした男性に襲いかかり両腕についたヒレ状のナタを振り上げたところ、駆け付けた2人がそれを徒手空拳で阻止。
敵がうめき声を上げて、ひるんでいる間に男性を逃がした。
「報道されちゃったもんね。もうみんなに知られちゃってる」
「……なんて、のんきなことは言ってられないわよ?」
茶化した後、アデリーンから指摘されずともすぐ表情を引きしめた蜜月はトラフグ怪人に回し蹴りを叩き込む。
「サーシー」と、うめいて転倒した怪人の前で2人はそれぞれポーズを取り始めた。
対して、トラフグ怪人はたどたどしく起き上がるも、すぐに姿勢を正す。
アデリーンはその動きから、変身者の【
「グッフッフッフー……。小娘どもめ。ワシの姿を見てしまったからには、生かしてはおかんぞぉ」
「そんなことはどうでもいい、ひとつ聞かせろ。この街のお風呂屋さんに
「だったら! ワシをどうすると言うのかね」
「ニブいなぁ、ワタシらのこと見てわかんないの?」
蜜月がため息まじりに悪態をついた後、アデリーンがこう言葉を突きつける。
「容赦も手加減もしない。お風呂で疲れを癒したかった人々の無念を晴らすためにも、罪を償ってもらいます。【氷晶】」
「右に同じだ。【新生減殺】……」
そうして2人は変身。
先にポージングはとっていたが簡易的なもので、すぐさま青と白や、金と黒のメタル・コンバットスーツを装着した。
そのさまを見てようやくトラフグ怪人こと、【パッファーガイスト】は気付く。
「げえ! アブソリュートゼロにゴールドハネムーンだったのか!?」
「その通りよ、この悪党。ご覚悟はよろしくて?」
おびえて後ずさりしたパッファーに距離を詰めて、2人はパンチやキックを浴びせる。
2人とも素早くラッシュを浴びせたため、身を守るか回避しようとしたパッファーガイストは対処が追いつかず、またもダウンさせられる。
――が、根性を見せたか突然起き上がると2人を両手で突き飛ばし、両腕に付属したヒレの形状をしたナタを振り回して暴れ出す。
ナタによる反撃はかすったものの、それも止められて、後退させられた。
「く、くそー! 強化テトロドトキシンを食らえ! サーシー!」
「まずいわ、避けて!」
息を大きく吸い込んでから、パッファーガイストは口から白い毒液を勢いよく吐き出す。
2人とも回避したが、付近にあったアスファルトやコンクリートが音を立ててあっさりと溶けた。
「こ、このフグ野郎。こんなブッソーなもん温泉に入れてたのか……」
「今のとは、ちょっと違うんじゃよなァ。もったいないが、知られたからにはお前たちを毒でドロドロに溶かしてから海に捨ててやる! グッフッフー」
ますますこのモンスターを放っておくわけには行かなくなった。
2人とも、マスクの下で目つきを鋭く、表情もより険しいものへと変える。
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